限定公開( 2 )

ドイツのカイザースラウテルン・ランダウ工科大学などに所属する研究者らがScience誌に発表した論文「Recent discoveries on the acquisition of the highest levels of human performance」は、科学、音楽、スポーツなど複数分野における世界的トップパフォーマーの発達過程を体系的にレビューした研究報告だ。
研究チームは、ノーベル賞受賞者、オリンピック金メダリスト、著名なクラシック作曲家、世界トップクラスのチェスプレイヤーなど、3万4839人の世界的一流パフォーマーの発達過程を分析した。
従来の才能研究は、主に学生や青少年アスリート、音楽学校の若手演奏家など、若年層や準エリート層を対象としてきた。結果は、幼少期から高い成績を収め、専門分野に特化した訓練を集中的に積むことが成功への道だというものだ。そのため、世界中のエリート養成機関がこの考え方に基づき、早くから頭角を現した子どもを選抜し、専門的なトレーニングを加速させてきた。
しかし今回の研究は、この前提が誤りであることを示している。若くして優秀だった人々と、大人になって世界最高峰に達した人々が、ほとんど重なっていないという事実が示されたのだ。チェスでは世界トップ10の青少年プレイヤーと後に世界トップ10となる成人プレイヤーは約90%が別人であり、学業成績でも中等教育の優等生と大学の優等生は約90%が入れ替わっていた。スポーツでも同様の傾向を確認した。
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さらに、世界最高峰に達した人々の多くが、幼少期には同世代の中で目立った存在ではなかったという点も興味深い。最高レベルの成人パフォーマンスと幼少期の成績には、むしろ負の相関が見られた。
では何が違いを生んだのか。幼少期に高い成績を収める人々は、専門分野に特化した練習を大量にこなし、他分野の活動は少なく、早い段階で急速な上達を見せる傾向があった。
一方、大人になって世界最高峰に達した人々は、幼少期の専門的練習量はむしろ少なく、複数の分野にまたがる活動を多く経験し、上達のペースは緩やかであった。つまり、早期に一つの道を極めようとするアプローチと、幅広い経験を積みながらゆっくり成長するアプローチは、それぞれ異なる結果をもたらすのだ。
研究チームはこの現象を説明する3つの仮説を提示している。1つ目は、複数の分野を経験することで、自分に最も合った領域を見つけられる可能性が高まるというもの。2つ目は、多様な分野での学びが全体的な学習能力を高め、後に選んだ専門分野でさらに上達し続ける力になるという考え方。3つ目は、複数の活動に携わることで、燃え尽き症候群や意欲の喪失、けがといった挫折のリスクが減るというものだ。
この発見は、科学、スポーツ、音楽といった異なる領域で共通して観察されており、人間が卓越した能力を獲得する過程には普遍的な原理が存在する可能性を示唆している。現在の多くのエリート養成プログラムは若い才能の早期選抜と専門特化を重視しているが、そのアプローチは世界最高峰の人材を育てるという観点からは、再考の余地があるのかもしれない。
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Source and Image Credits: Arne Gullich et al. ,Recent discoveries on the acquisition of the highest levels of human performance.Science390,eadt7790(2025).DOI:10.1126/science.adt7790
※Innovative Tech:このコーナーでは、2014年から先端テクノロジーの研究を論文単位で記事にしているWebメディア「Seamless」(シームレス)を主宰する山下裕毅氏が執筆。新規性の高い科学論文を山下氏がピックアップし、解説する。X: @shiropen2
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