
トミー・ジョン手術から再起を期す23年ドラフト1位右腕、阪神下村海翔投手(23)が“逆襲の春”へ1歩を踏み出した。
29日、兵庫・尼崎市の2軍施設SGLの室内練習場でブルペン入り。今年初めて捕手を座らせ、1球1球の感触を確かめながら約20球、5割程度の力感で直球のみを投じた。「感覚を確かめるという感じでフル出力でもない。『めちゃくちゃいい』とかはないですけど、いい感じだと思います」。1月に立ち投げをクリアするなど、明るい表情が順調なステップアップを物語る。
青学大から鳴り物入りでドラフト1位入団したが、1年目の24年4月に右肘を手術。地道なリハビリ生活を送り、昨年8月のシート打撃でようやく、打者相手の実戦形式に初登板できた。最速153キロをマークしてドラフト1位の片鱗を見せたがその1週間後、2度目の実戦形式で異変を訴えて投球を中断。再びノースローを余儀なくされ、このオフもリハビリに明け暮れてきた。
「何回もぶり返すことがよくない。『早く治さないと』っていうのはあるんですけど焦らずに」
ノーモア・オーバーワークを誓う。沖縄春季キャンプは若手やベテランが中心の具志川でスタート。徐々に強度を上げて完璧な戦闘ボディーをつくり、1軍デビューへアピールを重ねる。
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「最後に投げた試合が大学生(青学時代)の時なので。(1軍で)勝負したい気持ちもあるし、投げたいと思ってリハビリを過ごしてきた。投げられた時の喜びは大きいと思います」
藤川監督も大きな期待を寄せる。昨年11月の西宮市民への優勝報告会で「西宮市出身は佐藤もいるけど、下村も頑張っている。そろそろ故障も癒えてくる」と名前を挙げたほどだ。「より一層頑張らないと」と決意を新たにした下村も、今季にかける思いは人一倍強い。
チームメートの才木や高橋らがトミー・ジョン手術を乗り越えて大成した例がある。先輩たちが歩んだ復活ロードは、これ以上ない教科書になる。いよいよ、2年間ため込んだ悔しさを吐き出す時がきた。1軍初登板からの大車輪で、復活ロードを突き進む。【佐藤究】
◆下村海翔(しもむら・かいと)2002年(平14)3月27日生まれ、兵庫・西宮市出身。小学3年時から甲武ライオンズで軟式野球を始め、中学時代は宝塚ボーイズに所属。高校は九州国際大付に進学し、甲子園出場経験はなし。青学大では4年時に計12試合で5勝を挙げるなど、春秋リーグ連覇に大きく貢献。最速155キロ。174センチ、69キロ。右投げ右打ち。今季推定年俸は1100万円。
【阪神下村のTJ手術後の経過】
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◆24年4月11日 右肘内側側副靱帯(じんたい)再建術(通称トミー・ジョン手術)。同日に球団を通じ「入団してから何もできず、もどかしい気持ちもありますが、自分の決断を尊重してくださった球団の方々へ感謝の気持ちを忘れず、1日でも早く復帰しチームの力になれるように」などとコメント。
◆24年8月10日 ボールを使用したリハビリを開始。「順調にきているので」と明るい表情で話していた。
◆24年8月27日 鳴尾浜球場でトレーナーを相手にバッテリー間ほどの距離でキャッチボール再開。時折、笑みも浮かべた。
◆24年10月22日 藤川新監督から秋季キャンプ初日に「同じ手術を俺もしてるから。焦らないでゆっくり調整して」などと甲子園で声をかけられた。「1軍の選手に混ざってできるのはすごく貴重。ここ(1軍)に上がりたい気持ちになりました」と下村。
◆24年11月28日 鳴尾浜球場で強化指定練習に参加。同手術の経験者でもあるチームメートの才木、高橋からトレーニング方法などの金言を授かる。
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◆24年12月16日 2度目のブルペン入り。立ち投げで20球を投じ、同上旬から術後初めてブルペン投球を再開していたことを明かす。
◆25年2月17日 沖縄・具志川キャンプで初のブルペン入り。立ち投げで15球。阪神OBの能見氏らが見守る前で直球のみを投じた。
◆25年8月17日 2軍のシート打撃でプロ入り後初めて実戦形式で登板。計24球を投じ、最速153キロをマーク。「手応えはある」。
◆25年8月下旬 2度目のシート打撃で投球を中断し、再びノースロー生活。
◆26年1月 毎クールに1回以上はブルペンで立ち投げ。球数は20〜最多40球程度で直球のみ。
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