
この記事は「ねとらぼ」編集部の担当者とやりとりしている中で、1冊で完結したマンガの話題になったのを受けて書いた記事である。
ジャンル横断エンタメライター。主にマンガ・アニメ・ゲーム・映画を題材に、読者が感じる違和感や評価の分かれ目を言葉にする記事を執筆。最近の仕事は『このマンガがすごい!2025』CLAMP特集、マルハン東日本「ヲトナ基地」連載など。
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わたしが読んでいるだけでも、1巻完結の名作は数多い。最近の例だと公開直後から話題をさらった藤本タツキの『ルックバック』や『さよなら絵梨』などはいうまでもないし、乙一の傑作小説をマンガ化した『GOTH』や『山羊座の友人』なども記憶に新しい。
少女マンガ方面でも萩尾望都や山岸凉子といった巨匠たちがいくつもの名作を生み出している。川原泉の『銀のロマンティック…わはは』なども知る人ぞ知る傑作。清水玲子の『MAGIC』などは、いまでも思い出すたびに唸らされる。
さらには高河ゆんの『You’re My Only Shinin’ Star 君はぼくの輝ける星』やCLAMPの『不思議の国の美幸ちゃん』といった作品もすぐに思い浮かぶところだ。
これらの作品は、必ずしもその作家の最高傑作ではなく、最大のベストセラーでもないかもしれないが、それでいてまさに忘れがたいタイトルたちなのである。
そういったなかで、今回、藤田和日郎の『黒博物館 スプリンガルド』(以下『スプリンガルド』)を選んだのは、すでに「ねとらぼ」でしんざきさんが岩明均『雪の峠・剣の舞』の記事を書いていることに重ねた意味もちょっとあるが(いかにも岩明均らしい名作だ)、単純にこの作品が好きだからである。
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『スプリンガルド』、少し不思議な響きのタイトルを持つこの中編は、その後、看護婦ナイチンゲールとなぞのゴーストを主人公とした『ゴーストアンドレディ』、メアリー・シェリーとフランケンシュタインの物語を女性視点で描いた『三日月よ、怪物と踊れ』と続く〈黒博物館〉シリーズの第1弾である。
物語の舞台は19世紀、まさに繁栄の絶頂を謳歌するかと見える大英帝国の首都ロンドン。しかし、この時代の英国はさまざまな矛盾やあつれきをも抱えているうえに、貧富の格差もきわめて大きい。しかも、この世の法則を無視したかのような妖異な連中がひっそりと暗躍していると来ている……。
『スプリンガルド』の主人公はある秀麗な大貴族の青年。一見して傲慢で鼻持ちならない性格のように見えるし、じっさいそのような一面もあるのだが、その実、繊細で傷ついた心を抱えた人物でもある。
物語はロンドンの某所にあるという「黒博物館」に収められた一品から始まり、その品に秘められた、なぞめいた逸話をひも解いてゆく。
かつて、大ロンドンを混乱させた奇妙な怪人「スプリンガルド」、その背景にある物語は読者を驚かせ、また泣かせるだろう。読む者の関心をまったく逸らさない藤田の語り口は、いつものことながら見事というしかない。
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物語はスピーディに進み、やがてセンチメンタルな大団円を迎える。
先述したように〈黒博物館〉シリーズは『スプリンガルド』の後も続いているものの、このシリーズの各篇はそれぞれ独立しており、英国中の奇異な品を集めた「黒博物館」なる施設が登場するほかに内容的な共通点はない。
だから、何なら『ゴーストアンドレディ』や『三日月よ、怪物と踊れ』から読んでもらっても一向にかまわないわけだが、わたしとしてはやはりまず『スプリンガルド』を読んでみることをおすすめする。
全1巻で綺麗に完結しているうえに、痛快でいてどこか切ない読後感が「何だかすごく良い物語にふれた」と思わせるからだ。そのある種さわやかな読後感は、やはり長大なシリーズを読み終えたときの重厚な満足感とは少し異なる「短い物語」ならではのものだろう。
『スプリンガルド』は短編と呼ぶには少し長いが、『うしおととら』や『からくりサーカス』といった超大作と比べると相対的に短くまとまった作品だ。しかし、このマンガの読みごたえはそういった大長編と比較してもいささかも劣らない。
それは作家・藤田和日郎の秀抜な構成力を物語ることであるとともに、「短い物語」にも大長編に比肩する魅力があることを証明するものでもある。否、現実にはむしろ「短い物語」のほうが「非常に長い物語」を完成度で凌駕することも少なくない。
たしかに商業的な意味では短編や中編にうま味はないだろう。たとえば『ONE PIECE』のようなきわめつきに長い物語と比べれば、「短い物語」のビジネスとしてのバリューは少ないに違いない。だが、その作家のストーリーテラーとしての実力がごまかしが効かない形で表れるのは、「短い物語」のほうなのである。
「短い物語」においては、「長い物語」であればある程度まで許されるような無駄は許容されない。一切の冗長性を排除し、物語のすべてをテーマとコンセプトに純粋に奉仕させて初めて、「短い物語」は名作に仕上がる。まさに『スプリンガルド』がそうであるように。
優れた短編を書ける作家は傑出した大長編をも書くことができるが、逆は必ずしも真ではない。故に短い物語を描いたときにこそ、その作家の真価が否応なくあきらかとなる。作劇の極意はまさに短編にあるのである。
じっさい、『スプリンガルド』を読むとき、その事実は瞭然としているように思えてくる。『スプリンガルド』は最初のページから最後の1ページに至るまで、一作の物語としてこれ以上ないほど完成している。
かつて、ロンドンの闇を跳梁したスプリンガルドがあらわれなくなった事実にひそむ謎、切なくもやるせない初恋の秘密、そしてふたたび登場したスプリンガルドの正体――いくつものミステリが重なり合うとき、すべての真相が明かされ、物語は完結を見る。その先に短編が1本追加されているのは、いわば「贅沢なおまけ」でしかない。
見れば見るほど見事なクオリティとしかいいようがなく、やはり短編は良いなあとしみじみ思い知るばかりだ。
そもそも、大いに異論がありえることを承知のうえでいい切るなら、藤田という作家の本領は短編作家なのではないか。
もちろん、少年マンガ史に残る大傑作であるところの『うしおととら』全33巻を初めとして、いままで「長い物語」をいくつも完結させてきた作家ではある。むしろ、大長編作家としての顔のほうが印象に残っているのはたしかであるだろう。
だが、『うしおととら』しかり、『からくりサーカス』しかり、あるいはいま連載している『シルバーマウンテン』にしても、藤田が最高の作品を描くのは、長い連載のなかの短編的な区切りのエピソードの時であるように思える。
『うしおととら』はたしかに、きわめて長いストーリーを一気呵成に読ませるという意味で稀有な作品である。とはいえ、最初から大長編としての骨格を完璧にデザインされているようには思われない。むしろ、きわだって完成度が高い短編をいくつもいくつも重ねていった結果、ふたつとない壮麗な大伽藍ができあがったというのが真実であろう。
作家/評論家の笠井潔は、人間が隅々まで注意して構成することができる物語の長さの限界をドストエフスキーの諸長編に見出し、それ以上の長さの物語を大河小説ならぬ大海小説と呼んだ。
『うしおととら』や『からくりサーカス』、『月光条例』や『双亡亭壊すべし』も、その種の「大海マンガ」であるだろう。そういった広すぎる海へ船出する物語たちは、短編の構成をもって羅針盤とする。そのような事実があるように思われる。
トーマス・マンにせよ、トルストイやドストエフスキーにせよ、山塊のような大長編の書き手であるだけではなく、『ヴェネツィアに死す(ヴェニスに死す)』『白夜』といった美しい中短編の作家でもあったのである。
いずれにせよ、『スプリンガルド』は「短い物語」の楽しさを十全に教えてくれる秀逸な中編である。そこで描かれるのは、シラノ・ド・ベルジュラックよろしく、おのれの恋心を滅して惚れた女のしあわせを願う男伊達。まさに藤田の美学のすべてが込められた作品だ。わずらわしい現実環境のすべてを排してご一読されることをオススメする。
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