
「AIなんて使えない。時間のムダだ……」
ある食品メーカーの営業部長が憤慨していた。生成AIに「来期の営業戦略を考えてくれ」と壁打ちしたらしい。しかし1時間ほどやりとりを繰り返したのに、教科書的な改善案や、どこかで見たような抽象論ばかり。彼は「期待していたけど、AIは役に立たない」と結論づけた。
この使い方には決定的な問題がある。AIはいうなれば、高級車の「フェラーリ」のようなものだからだ。
今回は、なぜ「AIは自分を映す鏡」と言われるのか、について解説する。AIを導入したものの成果が出ないと悩んでいる人は、ぜひ最後まで読んでもらいたい。
|
|
|
|
●機械やデジタルは「能力差を埋める」もの
現在、AIを「機械」や「デジタル」と同じものだと思っている人が少なくない。しかし「AI=便利ツール」という認識は大きな誤解である。
機械やデジタル技術は、基本的に「能力差を埋める」力がある。
自転車の場合を考えてみよう。足が速い人と遅い人がいたとする。この2人が100メートル走で勝負したら、大きな差がつくだろう。しかし自転車に乗れば、その差はほとんどなくなる。自転車は身体能力のギャップを埋めてくれる素晴らしいツールだ。
電卓も同じだ。暗算が得意な人と苦手な人がいる。3桁×3桁の計算をさせれば、その差は歴然だ。しかし電卓を使えば、両者は苦労せずとも同じ計算結果に到達できるだろう。電卓があれば、計算能力の差は大幅に縮小する。
|
|
|
|
デジタル技術もそうだ。交通費精算システムを使えば、手書きよりも圧倒的に効率的で正確になる。アマゾンや楽天で買い物をすれば、店舗を回るよりも短時間で比較検討ができる。地方に住み、車を持たない人にとって、これほど便利なツールはない。
これらはまさに「便利な道具」だ。操作を覚えれば、誰でも一定の成果に到達できる。だからこそ、企業はこぞってデジタル化を進めてきた。システムを導入すれば、個人の能力に依存せずに業務が回るようになるからだ。
●AIは「能力差を広げる」装置である
しかし、AIはそういうものではない。
AIは電卓ではないし、交通費精算システムでもない。ボタンを押せば、誰でも同じレベルに到達できる道具ではない。アウトプットの再現性を高めるためには、工夫や試行錯誤が必要だ。
|
|
|
|
AIは能力差を埋めるのではなく、「能力差を広げる」ツールだといえる。冒頭の営業部長を思い出してほしい。彼の問いはこうだった。
「来期の営業戦略を考えてくれ」
「売り上げを伸ばす施策を出してくれ」
前提条件、自社の強み、競争環境も整理して伝えたが、当たり障りのない答えしか返ってこない。上司はしびれを切らし、
「そんなことは誰だって思いつく」
「過去にトライしたことがある。もっと別の戦略を考えて」
と、対話を繰り返しても、期待通りのアウトプットは返ってこない。だから部長は「使えない」と怒ったのだ。
●若い部下のAIの使い方
一方、AIを使い慣れている若い部下のアプローチは全く違っていた。
部下は戦略を考えさせる前に、まず「効果的な戦略を考えるために何を準備すべきか」を質問した。AIは「3C分析」を勧めてきた。部下は次に、3C分析のためにどのようなデータを準備すればいいかを尋ねた。
必要なデータが明確になると、部下はそれらを収集し、AIに分析させた。そして仮説を立てさせた。どこにリソースを集中させるべきか。AIからは4つの選択肢が提示された。
部下はそのうち3つは現実的にはあり得ないと判断。残った1つの選択肢について、上司や関係者に可能性を尋ねてみた。すると「不可能ではないが、実行するには専務を説得しなければならない」ことが分かった。
そこで部下は、専務の性格や価値観を整理し、どうすれば納得してもらえるかをAIと壁打ちした。説得のシナリオを複数パターン作成し、想定される反論への対応策も準備したのだ。
ここまで、何が違うのか? それは「具体と抽象の往復」である。
部長は抽象的なことばかりをAIに尋ねた。だからAIも抽象的でもっともらしい答えしか出せなかった。一方部下は、抽象的な問いを具体的なタスクに分解し、具体的なデータをもとに分析させた。そして出てきた選択肢を現実の制約条件と照らし合わせた。そしてまた具体的な課題(専務の説得)に落とし込んでいった。
この具体と抽象の往復運動ができるかどうかが、AIを使いこなせるかどうかの分かれ目である。
部長は社歴25年以上のベテランだ。一方部下は入社してまだ3年。経験も知識も、部長のほうが圧倒的に上である。最終的な判断は、部長のようなベテランがすべきだろう。しかし、AIを使いこなす能力は、社歴や経験とは別物なのだ。
●AIはフェラーリに近い
「AIはフェラーリみたいなもの」とは、つまりこういうわけだ。
フェラーリは高性能車である。加速も操縦性も桁違いである。しかし、運転技術が未熟であれば、その性能は引き出せない。むしろ危険ですらある。アクセルワーク、ブレーキング、ライン取り。すべてが問われる。
普通の車なら、アクセルを踏めばそれなりに走る。運転技術の差は、それほど大きく表れない。しかしフェラーリは違う。上手い人が乗れば圧倒的なパフォーマンスを発揮するが、下手な人が乗れば「宝の持ち腐れ」になる。場合によっては事故を起こす。
AIも同じだ。
浅い問いを投げれば、浅いアウトプットが返ってくる。フェラーリを運転して「遅い」「乗りにくい」という感想を持つべきではない。運転技術が足りないだけなのだ。
●「AIは自分の鏡」という本質
若い部下は「AIは自分の鏡みたいなものです」という。これも本質を突いている。
戦略を深く考えている人が使えば、議論はさらに深まる。構造を理解している人が使えば、整理が加速する。しかし、表面的な言葉でしか問えない人が使えば、表層的な答えしか返らない。
私がコンサルティングで関わっている企業でも、同じ現象が起きている。AIを導入して成果を上げているチームと、「使えない」と放置しているチームがある。その違いを観察すると、AIの使い方ではなく、そもそもの思考の深さに差があることが分かる。
成果を上げているチームは、AIに問いを投げる前に、自分たちで論点を整理している。
「何を明らかにしたいのか」
「前提知識は何か」
「制約条件はどんなものがあるか」
これらを言語化した上でAIに投げるから、返ってくる答えも具体的になる。当然、思考が深い人は、AIが出したアウトプットを正しく検証・評価ができる。
「この選択肢はおかしい。別の視点で問いかけてみるか」
「良い成果物が出た。なるほど、こういう視点で考えさせたらいいのか」
このように、AIと一緒に考えられる謙虚さがある。「対話型AI」なのだから、相手を尊重し、質の高い「対話」ができるチームのほうが圧倒的に有利だ。
一方、成果が出ていないチームは「とりあえずAIに聞いてみよう」というスタンスだ。自分たちで考える前にAIに丸投げする。当然、返ってくるのは一般論である。それを見て「やっぱり使えない」「自分で考えたほうが早い」と結論づける。
●能力差を埋めるのではなく、増幅する
ここで重要なポイントを整理しておこう。
機械やデジタルは、人間の能力差をある程度なら平準化する。電卓を使えば、計算が苦手な人でも正確な答えを出せる。表計算ソフトを使えば、複雑な集計も自動化できる。これらは「能力差を埋める」ツールである。
しかしAIは違う。思考力、言語化力、構造化力をそのまま拡張する。つまり「能力を増幅する」装置なのだ。
増幅するということは、元の能力が高ければ高いほど、出力も大きくなるということだ。逆に、元の能力が低ければ、増幅しても大した出力にはならない。
だからこそ「AIを使えば誰でも優秀になる」という言葉は半分正しいが、半分は誤り。正確には、「AIを使えば、今の自分が増幅される」のである。
「AIは自分を映す鏡である」
と言われるゆえんだ。
●問われているのは「問いを立てる力」
フェラーリに乗る資格は、免許証でなければ、購買力でもない。高性能スポーツカーを操ることができる技量である。AIを使いこなす条件も同じだ。操作方法ではなく、問いを立てる力が問われる。
「AIの使い方を学ぼう」という研修が流行っている。プロンプトの書き方、ツールの操作方法、活用事例の紹介。それ自体は悪くない。しかし、それだけではまったく不十分だ。
本当に必要なのは、問いを立てる力を鍛えることだ。何を明らかにしたいのか。前提条件は何か。どんな構造で整理すべきか。これらを言語化できなければ、AIを使いこなすことはできない。
逆に言えば、問いを立てる力がある人は、AIの操作方法を知らなくても、すぐに使いこなせるようになる。なぜなら、AIに何を聞けばいいかが分かっているからだ。
著者プロフィール・横山信弘(よこやまのぶひろ)
企業の現場に入り、営業目標を「絶対達成」させるコンサルタント。最低でも目標を達成させる「予材管理」の考案者として知られる。15年間で3000回以上のセミナーや書籍やコラムを通じ「予材管理」の普及に力を注いできた。現在YouTubeチャンネル「予材管理大学」が人気を博し、経営者、営業マネジャーが視聴する。『絶対達成バイブル』など「絶対達成」シリーズの著者であり、多くはアジアを中心に翻訳版が発売されている。
|
|
|
|
|
|
|
|
Copyright(C) 2026 ITmedia Inc. All rights reserved. 記事・写真の無断転載を禁じます。
掲載情報の著作権は提供元企業に帰属します。

高木菜那さん シャワー問題解決(写真:日刊スポーツ)18

Xに対抗するSNS「W」とは何か(写真:ITmedia ビジネスオンライン)66