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資生堂の株価が絶好調だ。
注目すべきは、同社の売上高は2%の減収であったのに加えて、最終損益も406億円と過去最高レベルの赤字であったことだろう。
市場がこれを「好材料」とみなしたのはなぜか。
●売上額ではなく、利益の質を追求へ
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通常、これほど巨額の最終赤字を出せば株価は大幅に下落するはずだが、今回に関しては、その赤字の「質」が評価されるかたちとなった。
同社は2020年に入り、ゼロコロナ政策による混乱や不動産不況による中国景気の冷え込みで苦境に陥った。
追い打ちをかけたのが、2023年の原発処理水放出問題に端を発した中国国内での日本製品ボイコット運動だ。これにより、同社にとっての「中国リスク」が色濃くなった。その結果一部の投資家の間では、「資生堂は中国抜きでは成長の絵が描けない」と、手厳しい批判があった。
しかし、資生堂はインバウンド需要に依存した成長モデルが崩壊したのち、着実に復活への布石を打っていた。具体的には、収益性の低いブランドや非注力分野へのリソース配分を停止し、「エリクシール」や「クレ・ド・ポー ボーテ」といった高単価・高利益率の自社ブランドへ経営資源を集中させたのだ。
これにより、しばらくは売上高が横ばい、あるいは微減という状況が続くことに。同時に、利益が確保できる高収益体質への転換を図った。2025年12月期において、売り上げが微減しながらもコア営業利益が市場予想を上回った事実からも、戦略転換が機能し始めていることを示唆している。
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次に、2024年から2025年にかけて実施した早期退職優遇制度や拠点統合の成果も結実し始めている。これらの施策は短期的には特別損失を膨らませたが、結果として重くのしかかっていた販管費負担を低下させ、損益分岐点の引き下げに成功した。
一方で、最大の懸案事項であった中国市場についても、戦略の軌道修正が鮮明となっている。
高市政権下で中国と政治的な摩擦がみられるようになったにもかかわらず、株価が上昇している。市場は現在の資生堂における自律的な利益創出力に対し、前向きな評価をしているのだ。
●ドランクエレファントの巨額減損が転換点に
今回計上された大規模な赤字のほとんどが、ドランクエレファントという美容ブランドに対する468億円にも上る巨額減損だ。同ブランドは、かつてSNS上で爆発的な人気を誇ったが、どちらかといえば元専業主婦というカリスマ的な創業者の個性に依存したものであり、資生堂が従来得意としてきた研究開発主導のブランド構築とは異質なものだった。
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その結果、SNSのアルゴリズムの変化や競合ブランドの乱立、そして買収後のガバナンスの難しさが露呈したことで、ブランドの成長は急減速した。
これは、特定の勢いやトレンドという不確実な要素に依存するM&A戦略の脆さを浮き彫りにした。今回の減損処理は、そうした属人的なブランド価値への過度な期待を精算し、資生堂本来の強みである「科学に基づく信頼」という原点回帰へのプロセスだったと整理すべきだ。
●一時的な株価の急騰で終わらせないために
2026年2月に起きた資生堂の株価急騰は、日本企業が構造的な停滞から脱却するための処方箋を提示している。それは、現実を直視し、負の遺産を早期に処理することだ。
もちろん、課題がすべて解決されたわけではない。資生堂は依然として中国における売上高比率が25%で、日本の次に影響が大きい地域のままである。国内外との競争激化や、欧米事業の再成長など、乗り越えるべき壁は依然として高い。
資生堂が2026年2月に見せた株価の急騰は、投資家にとって最悪期の脱出を期待させるものだった。しかし、その内実を紐解けば、資生堂の置かれた立場が決して楽観視できないものであることが浮き彫りになる。
長期的視点に立てば、2021年に8000円を超えていた株価は、今回の反発を経ても3300円付近にとどまっている。この数字は、資生堂が未だ凋落のトレンドから完全に脱したとは言い難い現実を突きつけている。
●足元を脅かす「花王」
資生堂が「膿出し」に手間取っている間に、花王は着実にその足元を脅かしている。
同社は、長年の懸案だった化粧品事業の収益性を劇的に改善させた。2025年末には同事業で104億円の営業利益を確保し、盤石な日用品事業が生む潤沢な資金を「カネボウ」や「センサイ」のグローバル展開に再投資している。資生堂がようやくスタートラインに立った一方で、花王はすでに次なる「攻め」の体制を整えつつある。
資生堂がようやく競争のスタートラインに立った今、花王はすでにその数歩先を走り、グローバル市場でのシェア争奪戦に備えている。花王という先行者との差を埋められない限り、資生堂の独歩高は一過性の熱狂に終わるリスクがあることも事実なのだ。
8年ぶりの株価上昇は一過性の急騰急落で終わるのか、あるいは長期的な復活の端緒となるのか。資生堂が歩み始めた再生の道は、停滞に喘ぐ他の日本企業にとっても、進むべき一つの指標となるだろう。
市場は既に、次なる四半期決算や次なる新商品の成否を注視している。資生堂の真の闘いは、この株価上昇局面が落ち着いた後に静かに繰り広げられることになるだろう。
筆者プロフィール:古田拓也 株式会社X Capital 1級FP技能士
FP技能士センター正会員。中央大学卒業後、フィンテックスタートアップにて金融商品取引業者の設立や事業会社向けサービス構築を手がけたのち、広告DX会社を創業。サム・アルトマン氏創立のWorld財団における日本コミュニティスペシャリストを経て株式会社X Capitalへ参画。
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