「同じ成績なのに私だけ不合格?」合否を分けたズレとは。東大生作家に聞く総合型選抜の落とし穴

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2026年03月01日 21:50  All About

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合格者の約半数が推薦・総合型選抜の今、暗記頼みの対策は通用しません。共通テスト激変や英検の重要性など、東大生作家の西岡壱誠氏が説く「令和の受験の新常識」を解説。親子で生き抜く最新戦略を公開します。※画像:PIXTA
かつて受験勉強は「ペーパーテスト一発勝負」が普通でしたが、令和の大学受験に、その「普通」は通用しません。「大学入学共通テスト」の導入後、出題内容は暗記から思考力・表現力重視へと劇的に変化しました。英検や探究活動の重要性も急上昇し、「受験=テスト対策」という構図そのものが崩れつつあります。

この教育の大転換期をどう生き抜くか……東大生作家・西岡壱誠氏の『知らないと合格できない 令和の受験のフツウ』より、親と子が知っておくべき情報や戦略を分かりやすく解説します。

マッチング型入試が変える志望校選びの新基準

「成績は悪くない。むしろ平均より上だ。それなのに、なぜ不合格なのか」

令和の受験では、こうした戸惑いの声が決して珍しくない。模試の偏差値も、評定平均も、志望校の基準を十分に満たしている。それでも結果は不合格。この現象は、本人の努力不足というよりも、入試の前提が変わったことによって起きている。

背景にあるのが、近年存在感を強めている「マッチング型入試」という考え方だ。総合型選抜や学校推薦型選抜は、単なる推薦枠ではない。大学と受験生が、どれだけ同じ方向を向いているかを問う入試へと進化している。

マッチング型入試とは何か

マッチング型入試とは、受験生の能力や経験、関心と、大学・学部が掲げる教育方針やアドミッション・ポリシーとの相性(マッチング)を重視する入試の総称だ。

大学側が求めているのは、単に成績優秀な学生ではない。

「この学部で学ぶ必然性を持っているか」
「大学の教育資源を生かして成長してくれるか」

そうした点が評価の軸になる。ここでは、偏差値という共通の物差しは存在しない。大学ごと、学部ごとに求める人物像は異なり、それにどれだけ合致しているかが合否を分ける。

同じ大学志望、同じ成績でも結果が分かれる

総合型選抜の本質は、「マッチング入試」にある。一般選抜のように、偏差値という共通の物差しで合否が決まる世界ではない。

たとえば数学が得意であれば、A大学でもB大学でも同じように合格できる——そんな感覚は、総合型選抜には当てはまらない。大学ごと、学部ごとにまったく異なるアドミッション・ポリシーが存在し、それにどれほど合致しているかが合否の分かれ目になる。

ここで、実際に具体例を見てみよう。

AさんとBさんは、いずれも評定平均3.5、英検準1級を取得し、水泳部で「そこそこの実績」を持っていた。学力、資格、活動歴に大きな差はない。それにもかかわらず、Aさんは同志社大学に不合格、Bさんは合格という結果になった。

この差を生んだのは、能力の優劣ではない。違いは「受験した学部」だった。

Aさんが受験したのは、同志社大学スポーツ健康科学部である。この学部のアドミッション・ポリシーには、「優れたスポーツ競技成績」および「英語によるコミュニケーション能力」が求められると明記されている。ここでいう「優れた成績」とは、全国大会レベルでの競技実績を指す。

Aさんの水泳部での活動は評価できるものだったが、その基準には届かなかった。成績や資格が足りなかったわけではない。だが、学部が想定する学生像との間にズレがあり、不合格という結果になった。

一方、Bさんが受験したのは、同志社大学心理学部だった。心理学部のアドミッション・ポリシーでは、顕著な受賞歴や競技成績は前提条件とされていない。その代わりに重視されるのが、志望動機がこれまでの取り組みとどれだけ結びついているかという点である。

Bさんは、水泳部での経験をそのまま競技実績として語るのではなく、競技を通じて感じてきたプレッシャーや緊張、メンタルとパフォーマンスの関係への関心を、心理学の学びへとつなげる形で志望理由を構成した。その結果、学部の求める学生像と高い一致を示し、評価されて合格に至った。

こうしたことは、決して珍しい例ではない。実際には、かなり頻繁に起きている。たとえ同じ大学であっても、学部ごとに課される課題や評価基準はまったく異なる。ある学部では小論文やプレゼンテーションが重視される一方、別の学部では資格や活動歴が評価の中心になることもある。

つまり、「同じ大学に出願したのだから、同じ基準で審査されるはず」という思い込みは通用しない。大学の中でも、どの学部を選ぶかによって、求められる力も、合格の難易度も大きく変わってしまうのだ。

そして重要なのは、こうした差が「同じ偏差値帯」とされている学部間でも起こるという点である。偏差値が同程度であれば、同じくらいの学力で合格できると思いがちだが、総合型選抜ではそうはいかない。学力偏差値という数値では測れない「相性」や「マッチ度」が評価の中心になるため、表面的には同じレベルに見える学部でも、実際に求められる準備や突破のハードルには大きな差が生まれる。

成績は「条件」であって「答え」ではない

誤解してはいけないのは、「成績が不要になった」という話では決してないということだ。

学力は、大学で学ぶための基礎として、今もなお重要な要素である。一定の評定平均や基礎学力がなければ、そもそも出願条件を満たせないケースも多い。しかし、マッチング型入試において、成績は合格を保証するものではなく、あくまでスタートラインにすぎない。ここに、親世代の受験感覚との大きなズレがある。

かつての受験では、「成績=評価の中心」だった。点数が高ければ高いほど、志望校の選択肢は広がり、合格可能性も高まった。だからこそ、「まずは成績を上げることが最優先」という考え方が、長く正解とされてきた。

だが令和の受験では、その構図が変わっている。総合型選抜や学校推薦型選抜では、成績は条件であり、評価のゴールではない。その先で見られているのは、

・これまでどんな経験を積み重ねてきたのか
・その経験から、何を考え、何に関心を持つようになったのか
・大学での学びと、どうつながっているのか

といった、学びの「中身」や「流れ」である。

現在の入試では「どれだけ頑張ったか」よりも、「何をどう積み上げてきたか」が問われる。成績は、その積み上げを支える土台ではあっても、それ自体が評価の答えになるわけではない。実際、成績が高いにもかかわらず不合格になるケースの多くは、「能力不足」ではなく、「説明不足」や「方向性のズレ」によって起きている。

自分の学力や活動が、なぜその学部の学びにつながるのかを言語化できていない。あるいは、大学・学部が求めている学生像と、準備してきた内容が噛み合っていない。

このとき、受験生本人だけでなく、家庭も判断を誤りやすい。

「これだけ成績が良いのだから、どこかには受かるはず」
「偏差値的に見れば、この大学は安全圏だ」

こうした考え方は、一般選抜では通用しても、マッチング型入試では必ずしも当てはまらない。

マッチング型入試で評価されるのは、「優秀さ」そのものではなく、その大学・学部にとっての適合度である。成績が高くても、「なぜこの学部なのか」「この学部で何を学びたいのか」に答えられなければ、評価は伸びない。一方で、成績が突出していなくても、学びの方向性や志望理由に一貫性があれば、高く評価されることもある。

つまり、成績は「条件」ではあっても、「答え」ではない。合否を分けるのは、その成績をどう意味づけ、どう物語として語れるかなのだ。令和の受験では、「成績があるから安心」ではなく、「成績をどう使うか」が問われている。

この視点に立てるかどうかが、マッチング型入試で結果を左右する大きな分岐点になっている。

西岡 壱誠(にしおか・いっせい)プロフィール
中高では学力が芳しくなかった。2浪という厳しい状況の中で、自分自身の学びを徹底的に見直し、独自の勉強法を確立。これにより偏差値35から偏差値70まで成績を伸ばし、東京大学に合格を果たす。この経験をもとに、学びに悩む学生たちに希望を届ける活動を展開中。勉強法や思考法の研究と実践に基づいた著書は、ベストセラーとなり、多くの受験生や教育者から支持を集めている。
(文:西岡 壱誠)

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