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前回の記事で、ローカル鉄道を「赤字」か「黒字」かで論じるべきではないと述べた。鉄道運営には、線路や駅、車両など多くの設備が必要で、維持にもコストがかかる。多くの人や荷物を運ばないと利益を出しにくい事業だ。
【なぜ?】人口減でも利用者1.6倍、広告等の収益6000万円 茨城の「ローカル鉄道」の地域に根差した戦略
それゆえ、人口が希薄になって需要が減った地方を走るローカル鉄道は、赤字体質に陥りやすい。しかし、公共交通としての役割を考えれば、たとえ赤字でも単なる損とは言い切れない。
鉄道は、高齢者の移動を支えたり、観光客を呼び込んだりするなど、地域にとって役立つ面があるからだ。こうした「鉄道があることのメリット」を自治体などが認め、地域への投資だと考えるようになれば、ローカル鉄道が存続できる可能性も出てくる。
●人口減でも利用者1.6倍、広告などの収益6000万円のローカル線
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今回、地域経済に貢献している例として茨城県の「ひたちなか海浜鉄道」を取り上げたい。この鉄道は、同県の勝田駅でJR常磐線と接続し、漁港として知られる那珂湊を経て、阿字ヶ浦までの14.3キロを結ぶ「湊線」を運営している。全線に電線はなく、ディーゼルエンジンで走る車両9両で運行している。社員数は30人。鉄道の規模としては大きくない。
湊線はもともと私鉄の茨城交通が運営していた。しかし、経営難によって廃線の意向が表明されたため、全線を市域に含むひたちなか市と茨城交通が共同出資してつくった「第三セクター」(公と民が一緒に運営する会社)のひたちなか海浜鉄道が設立され、2008年4月1日に運営が引き継がれた。
会社設立時に社長を公募したことでも話題を呼んだ。その際に就任した、富山県のローカル鉄道、万葉線出身の吉田千秋氏が現在も経営の指揮を執っている。
当時、環境は決して恵まれていたわけではなかった。ひたちなか市の人口は2010年の約15万7000人をピークに減少傾向にあり、2026年1月時点では約15万2000人となっている。さらに住宅地が広い範囲に分散し、駅から遠い住民が増えていた。人口減少と居住地の分散は、鉄道にとって不利な条件だ。
にもかかわらず、利用者は増えている。年間の輸送実績は、茨城交通時代の2007年度に約72万人まで落ち込んだが、2024年度には約118万人に回復し、およそ1.6倍となった。通勤・通学の定期利用が約63%を占め、観光客頼みではなく日常の足として定着している点が特徴だ。
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背景には、市内に日立製作所や関連企業が立地し、安定した通勤需要があることがある。また、国営ひたち海浜公園や那珂湊おさかな市場といった観光資源も沿線にある。
ひたちなか市は、製造品出荷額が年間1兆円を超え、観光客も年間約430万人を数える産業都市だ。こうした産業や観光を足元から支え、利用客を着実に増やしてきたことも、ひたちなか海浜鉄道の功績の一つといえる。
●ひたちなか海浜鉄道の18年 活性化のカギは?
ひたちなか海浜鉄道が経営を引き受けてから18年。この間、利便性向上に向けた取り組みを重ねてきた。
まず2010年、金上駅に列車交換設備(単線区間で列車同士がすれ違えるようにする設備)を設置し、勝田〜那珂湊間で列車の運転本数を増やした。同区間では現在、最多で1時間に3本程度が走行している。
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2014年には中根〜那珂湊間に、湊線では52年ぶりとなる新駅「高田の鉄橋」が開業。翌2015年には、JR東海および東海交通事業から比較的新しい中古ディーゼルカー3両を購入し、老朽化車両を更新した。
さらに2021年4月、沿線の小学校3校と中学校2校を統合した小中一貫校「ひたちなか市立美乃浜学園」の開校に合わせ、近接地に「美乃浜学園駅」を新設。生徒の通学利便を高め、通学定期利用の増加につなげている。
そして2025年には、JR東日本から1991年製のディーゼル車両3両を譲り受け、車両体制の強化を図った。
●ローカル鉄道に広告出稿 なぜ?
それに加え、ひたちなか海浜鉄道の特徴として見逃せないのが「広告」だ。ローカル鉄道に活気があるかどうかを見極めるうえで、全国の鉄道を取材してきた筆者が重視しているポイントでもある。広告は効果があってこそ出稿されるものだ。売上増はもちろん、知名度や好感度、信頼性の向上も期待される。
ひたちなか海浜鉄道では、導入間もない元JR東日本の3両を除く6両のうち、5両が車体全体を広告で覆う「ラッピング車」となっている。広告料金は1両あたり年間50万円(税抜き)だ。
吉田社長は「当初は『地元の新しい鉄道会社だから応援しよう』という姿勢からの出稿でした」と振り返る。現在の在籍車両で最初にラッピングが施されたのは、2010年の同社2周年記念「アニマルトレイン」だった。転機となったのは、2014年に登場した、テレビ東京系アニメ『デュエル・マスターズ』とのタイアップ車あたりからだろう。
その後、2016年以降は茨城県内のクリーニング会社や自動車整備会社、非鉄金属メーカーなどの出稿が続いた。ご祝儀の域を越え、「宣伝効果の大きい媒体として認められた結果だと考えています。現在ラッピングしていない車両にも、すでに引き合いが来ています」と吉田社長は話す。
さらに2017年7月、著名な建設機械メーカーである「小松製作所(コマツ)」がラッピング車両を出稿し、話題となった。吉田社長によれば、同社はひたちなか市内に主要工場を持つものの、製造する機械は大型で、そのまま港から海外へ輸出されるため、地元との接点が見えにくいという。そこで地域との結び付きを強める手段として、ひたちなか海浜鉄道への出稿に至った。
「当社にとっても、安定した広告収入はありがたいですし、地元企業の宣伝のお役にも立てている。Win-Winの関係を築けていると感じています」(吉田社長)
運輸省(現・国土交通省)が定める「鉄道事業会計規則」では、広告収入は旅客運輸収入とは別に「運輸雑収」として計上される。開業初年度の2008年度決算では、その全てが広告ではないものの、運輸雑収は約5339万円だった。
その後は6000万円台を計上する年度も増え、2024年度は6313万円に達した。旅客運輸収入がコロナ禍を除けば年間2億円前後であることを考えると、運輸雑収の占める割合は小さくない。
●ひたちなか海浜鉄道を支える「応援団」
ひたちなか海浜鉄道にとって、「おらが湊鐵道応援団」も地元連携の面で大きな存在だ。もともとは湊線の廃線方針が示された際、ひたちなか市が「湊鉄道対策協議会」を立ち上げ、維持存続策や利用促進策、財政支援策の協議を開始したことに始まる。そこに沿線住民の有志が加わり、“応援団”へと発展した。
活動内容は多岐にわたるが、利用者に広く知られているのが「湊線乗車特典サービス券」(乗車証明書)の配布だ。那珂湊駅などで入手できる、水戸黄門の印籠を模したカードである。
これを「湊線応援店」で提示すると、割引などの特典が受けられる。応援店は、無料配布されている「みなとまちなか漫遊MAP」で確認できる。参加店舗は多く、地域への浸透ぶりがうかがえる。
このように応援団の活動は、日々の利用促進にとどまらない。地域経済界とも連携しながら、将来的には国営ひたち海浜公園方面への路線延伸構想の実現も視野に入れている。
計画では、阿字ヶ浦駅から同公園南口、さらに西口方面へと段階的に新線を整備する構想で、2026年度からは詳細設計や地質調査に着手する予定だという。延伸が実現すれば、観光需要のさらなる取り込みも期待できるだろう。
●著者紹介:土屋武之(つちや・たけゆき)
1965年、大阪府豊中市生まれ。鉄道ライター。鉄道系WEB雑誌『T's Express』編集長。幼少時より鉄道に興味を抱く。大阪大学では演劇学を専攻し劇作家・評論家の山崎正和氏に師事。芸術や評論を学ぶ。出版社勤務を経て1997年にフリーライターとして独立。2004年頃から鉄道を専門とするようになり、社会派鉄道雑誌『鉄道ジャーナル』のメイン記事を毎号担当するなど、社会の公器としての鉄道を幅広く見つめ続けている。主な著書は『鉄路の行間』(幻戯書房)、『新きっぷのルール ハンドブック』(実業之日本社)など。
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