大幅赤字→創業者復帰→業績が回復 “290円ラーメン”の呪縛にずっと苦しんでいた「幸楽苑」に何が起きているのか

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2026年03月25日 06:00  ITmedia ビジネスオンライン

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編集部撮影

 長期で苦戦していた幸楽苑の業績が回復している。


【画像】リニューアル直後の中華ダイニングの内容


 幸楽苑は2010年代後半から業績が悪化し、関西から撤退。コロナ禍以降、悪化のペースが加速したものの、2024年3月期に黒字化を達成し、好調を維持している。2021年に創業者の新井田傳氏が相談役に退いたものの、2023年に復帰しており、同氏の下で業績回復が進んだ。幸楽苑はなぜ長期にわたり業績が悪化したのか、そして近年になぜ回復しているのか。幸楽苑の歴史とその要因を追っていく。


●1954年に創業、中華そば290円で支持を集めた


 幸楽苑は1954年に新井田司氏が福島県会津若松市で創業した「味よし食堂」をルーツとし、1967年に「幸楽苑」へと改称した。その後、息子の傳氏が1970年に法人化した。同氏の下で福島県を中心に主に直営方式で北関東や埼玉・千葉に進出し、店舗網を拡大していった。


 2001年に新業態店として「幸楽苑」をオープン。当時はデフレ時代であり、幸楽苑も低価格を訴求した。個人経営の店舗が多い中、麺やギョーザの自社製造工場を既に保有していたため、低価格での提供が可能だった。特に2006年から「中華そば」を290円で提供し、消費者の支持を集めた。


●低価格がアダとなり、関西から撤退も


 低価格で支持を拡大していた幸楽苑だが、2010年代から業績が悪化していった。


 営業利益は2ケタ億円をキープしていたものの、2013年以降は1ケタ台に落ち込み、2018年3月期には赤字に転落した。原材料費の上昇が続く中、低価格がアダとなった形だ。特に中華そばは麺類売り上げの3割を占め、売れば売るほど利益を圧迫していた。


 東北・北関東のロードサイドではドミナント出店による低コスト化を実現した一方、新たに進出した関西では黒字店が少なく、収益確保に苦戦。結局、2018年3月期に京都工場を売却し、その後に西日本から撤退した。


 幸楽苑の競合で関東の駅前立地を押さえる低価格チェーンの日高屋は、全国的に展開しておらず、近年になって北関東のロードサイドを模索し始めたばかりだ。低価格業態の出店エリアは工場周辺に限られ、遠方に進出する場合は当面の間、その地域での赤字を覚悟しなければならない。幸楽苑の場合は、関西の収益化を実現する前に撤退を決めた形だ。


●コロナ禍で苦戦、ロードサイドにもかかわらず伸び悩んだ


 店舗のスクラップ&ビルドで2019年3月期は16億円の黒字となったものの、2019年度は台風による郡山工場の操業停止による影響もあり、さらに翌年度以降はコロナ禍の影響を受け、赤字が一時は20億円に膨らんだ。この間にグループ店舗数は100店舗以上も減少している。


 外食産業は、コロナ禍で都市部の店舗が苦戦した。一方、ロードサイドの業態は比較的堅調に推移したため、客数減少からの回復が早い傾向が見られる。一方、幸楽苑はこの傾向から外れた。


 当時、ロードサイドでは家系ラーメンの町田商店が勢力を伸ばしており、町中華メニューを中心とする幸楽苑は麺類のユニークな特徴が見られず、集客力で劣っていたと筆者は考えている。サイドメニューの種類も不十分だった。加えて、当初は低価格を目当てとする客も多かったため、290円ラーメンの廃止や段階的な値上げが客離れをもたらしたと考えられる。


●傳氏の復帰後、業績は回復基調


 経営陣に関しては、傳氏の息子・昇氏が2018年に社長に就任。その後、傳氏は会長を退き相談役となった。しかし、「当社の発展のために創業者が復帰することが最善と判断」として2023年6月に傳氏が再度、社長に就任している。


 傳氏の社長復帰後、業績回復のペースが早まった。


●新社長の下で500店舗体制を目指す


 幸楽苑は2024年度から非連結決算を採用しているが、非連結化前の基準で2025年3月期の売上高は前年比10億円増の約278億円となり、営業利益も前年の3300万円から10億円超に増えた。2026年3月期は以前の基準で売上高290億円、営業利益13億円を予想している。


 以前から続けている不採算店の閉店や段階的な値上げによる影響が主要因と考えられるが、傳氏の体制では新メニューの拡充も進んだ。2023年度以降、定食メニューを拡充したほか、ディナーセットを「中華ダイニング」にリニューアルし、麺類以外のセットメニューを増やした。こうした施策により、昼と夜の売上構成比は6対4から5対5に変化したという。客数も、2024年3月期は2020年3月期比で7割ほどだったが、翌年度以降の客数推移を加算すると現時点で9割水準まで回復している。


 ただ、創業者の傳氏は81歳と高齢。6月には非創業家で専務の芳賀正彦氏が社長に就任する予定だ。芳賀氏は東北を中心に総店舗数500店舗を目指すと語っており、過去の失敗を踏まえ遠方への出店は控え、既存商圏の東北・関東で店舗網を強化する構えだ。駅前出店も模索するといい、今後の動向は芳賀氏の手腕にかかっている。


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●著者プロフィール:山口伸


経済・テクノロジー・不動産分野のライター。企業分析や都市開発の記事を執筆する。取得した資格は簿記、ファイナンシャルプランナー。趣味は経済関係の本や決算書を読むこと。



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  • うちの近所も撤退したなぁ。味が変わってから行かなくなったが。
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