
クックパッドのポッドキャスト番組「ぼくらはみんな食べている」。食や料理に熱い思いを持ち活躍するゲストを迎え、さまざまな話を語ります。クックパッド初代編集長の小竹貴子がパーソナリティを務めます。第76回目・77回目のゲストは、料理研究家・藤井恵さんです。
料理研究家・管理栄養士として18年間キューピー3分クッキングに出演し、約1400ものレシピを届けてきた藤井恵さん。多くの家庭で愛されるロングセラー『藤井弁当』の著者でもあります。しかしその裏には、100円の集金もできなかった極貧時代、仕事と子育てで入学金を払い忘れるような日々がありました。一時期は「怒りながら料理を出していた」と振り返る藤井さんが、どうやって「楽しく作る」ことを取り戻したのでしょうか。クックパッドのポッドキャスト番組「ぼくらはみんな食べている」で語ってくれました。
占いで進路を決めた食いしん坊。いざ、料理の世界へ
藤井さんが育ったのは、川崎市柿生。庭には何本も柿の木があり、秋になるともぎたての実にかぶりついていました。加えて、親戚から届く宮城産ササニシキは、おかずなしでご飯だけ何杯でもいけてしまうおいしさ。親から「ポンポンでっかいさん」と呼ばれるほどの食いしん坊でした。
そんな藤井さんが夢中だったのは、テレビの料理番組。「きょうの料理」「キューピー3分クッキング」「料理バンザイ!」……画面の中で料理が仕上がっていく工程を、ご飯を待ちながら見ていたといいます。
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「材料が揃えられていて、切って、調味料入れて、加熱して、仕上がって、お皿に盛り付ける。その工程がすごく楽しそうで。いつもテレビの中の料理を見て、食べたいなと思っていました」
進学先を考え始めた頃。兄から「女子栄養大学(現・日本栄養大学)に行ったらいいんじゃない」と勧められます。ここには、3分クッキングに出演していた滝口操先生がいました。でも、料理だけでなく、子どもの頃から裁縫も大好きだった藤井さん。料理の道に進むかファッションデザインの道に進むかで、すごく悩んだといいます。
決めきれずに、お母様と二人で向かったのが新宿の占い師。「どっちでもいいけど、料理の方が多分すごく自分自身が楽しめるわよ」と言われ、その場で料理の道に決めました。
女子栄養大学では、大学教授に頼んで紹介してもらい、滝口先生が主宰する料理教室の研究生に。下ごしらえや掃除を引き受ける代わりに、先生のデモンストレーションを間近で見て、作ったものを食べさせてもらえる場です。
「若いから、1度聞いたことってすっと入っちゃう。大好きな先生が教えてくださってるし、刺激だらけ。もう海綿のごとく、いろんなものを吸収していました」
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さらには20歳で、憧れのキユーピー3分クッキングのアシスタントをすることになったのです。
100円すらなかった極貧時代。貫いた「メモを取る」習慣
アシスタントの仕事は楽しく刺激だらけ。就職せずに続けたのは、「就職してしまったら、この世界から離れてしまうかも」という思いからでした。
アシスタントを続けるうちに、小田急線でナンパされた方と結婚。その後妊娠し、恩師・滝口先生が3分クッキングを卒業するタイミングも重なって、25歳で専業主婦になりました。そこへバブル崩壊が起こります。自営業だった夫の仕事が入らなくなり、家賃も払えなくなったため、実家へ居候することになったのです。
「その頃、子ども劇場の100円の集金が来たんですね。でもその100円すらも財布になかったんです」
スーパーで買えるのは見切り品だけ。白菜1個、大根1本など、大物野菜を丸ごと買って使い切る生活の中で、藤井さんはある発見をします。3つの食材しかなくても、3品に分けてテーブルに並べると「3つのおかずが並んでると、全然ひもじくない」と気づきます。
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豊かさは品数ではなく、並べ方にある。この気づきは後に、藤井さんのお弁当づくりにも生きていきます。
仕事も先行きも何も見えない時期でしたが、藤井さんはお弁当の記録を取り続けました。毎朝作ったお弁当を写真に撮り、現像したフィルムを手書きのノートに貼り付け、イラストを添える。「何かに繋がるかもしれない」という細い糸を、手放さなかったのです。
「どうしても諦めたくない気持ちの中で、もしかしたら、もしものことがあるかもしれないと思って、とにかく全部メモを取っていました」
このお弁当記録が、やがて番組ディレクターの目に留まります。番組に取り上げてもらったことをきっかけに仕事の依頼が入り始めました。2003年には、かつてアシスタントとして出演していた「キユーピー3分クッキング」に料理研究家として出演することに。記録し続けたことで、新たな扉に繋がったのです。
怒りながら料理を出していた。「鍋でいいじゃん」が変えた食卓
「1年ぐらいかな」と思って引き受けた「キューピー3分クッキング」の出演は、気づけば18年間にもなっていました。約1400レシピ、登場回数は最多。生活の一部というよりも、生活そのものになっていった仕事です。
ところが、そのころの食卓は修羅場でした。
「朝ごはん作って、お弁当作って、昼は撮影して、試作して、晩御飯作って。作る人はちっとも笑顔じゃない。怒りながら出していました」
一方で当時は「全て完璧にできている」と思っていたといいます。しかし実際に振り返ると、学校行事を忘れ、入学金の払い忘れもありました(ママ友から連絡がありセーフ)。「ほんとに不器用だな。全然1つのところしか見てない」と振り返ります。家族のことを考えているようで、実は家族に支えられて自分が成り立っていた。そのことに、当時は気づけていなかったのです。
転機は、家族旅行で訪れた福岡。生まれて初めて食べたもつ鍋が、藤井さんの中の何かをほどいたのです。
「うわ、美味しい!と思って。それから、鍋でいいじゃんと。ベースさえあれば、あとはざざっと切って、座りながらテーブルで調理ができる。そうしたら、自分もにこやかになるし」
その体験をきっかけに、お子様が小学校の高学年から高校生の頃まで、夏でも鍋が食卓に並ぶようになりました。塩・味噌・醤油のローテーション、具材はその日の残り物。「とんでもないものも入っちゃってるけど、意外にウケが良くて」と振り返ります。怒りながら品数を揃えるより、にこやかに鍋を囲む方が、食卓はずっと豊かだったのです。
こういった体験が根っことなって生まれたのが『藤井弁当』(学研プラス)。豪華なお弁当が悪いわけではない。でも、作る人が大変になりすぎると、その気持ちは食べる人に伝わってしまう。
「作る人が頑張りすぎずに、『楽しかった。今日もこれで元気に学校行ってよ』って楽しい気持ちで作ると、お弁当の蓋を開けた時に笑顔になるんじゃないかなと思っているんです」
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【ゲスト】
第76回・第77回(5月8日・15日配信) 藤井恵さん
料理研究家・管理栄養士/女子栄養大学(現・日本栄養大学)栄養学部卒業。在学中から日本テレビ系列「キユーピー3分クッキング」のアシスタントを務め、フードコーディネーターをへて、料理研究家として独立。日々のごはんのおかずからお菓子、おつまみまで幅広く手がけ、そのおいしさと作りやすさには定評があり、テレビや雑誌、書籍なので活躍中。著書『藤井弁当』(学研プラス)『海苔弁31』(誠文堂新光社)『藤井恵の夏ごはん』(オレンジページ)『腸を動かす朝ごはん 休ませる晩ごはん』(暮しの⼿帖社)『からだ整えおにぎりとみそ汁』『50歳からのからだ整え2品献立』(主婦と生活社)『藤井恵 おいしいレシピができたから』『藤井恵 繰り返し作りたい定番料理』(主婦の友社)『藤井恵さんのむずかしくないお魚レシピ』(講談社)
Instagram: @fujiimegumi1966
【パーソナリティ】
クックパッド株式会社 小竹 貴子
料理愛好家・ 料理の楽しみ共創室 部長/創業期から参画し、初代編集長としてメディアづくりに携わる。現在は、料理家や生産者といった食のつくり手の声を届ける活動を行っている。「日経ウーマンオブザイヤー2010」受賞。プロの技術や食材の背景にある物語を、暮らしに馴染む言葉で伝えることをライフワークに、生活者の目線で食の楽しさを探求している。
X: @takakodeli
Instagram: @takakodeli

