
●教えて! あの企業の20代エース社員
あの企業の20代エース社員にも「新卒1年目」の頃があった。挑戦、挫折、努力、苦悩――さまざまな経験を乗り越えて、今の姿がある。企業に新たな風を吹き込み、ビジネスの未来を切り開く20代エース社員の「仕事」に迫る。
東京・天王洲にある日本航空(JAL)のオフィス前――当時、入社1年目で羽田空港のグランドスタッフとして働いていた森口翼さん(現在はマーケティング戦略部 顧客データ戦略室に所属)は、先輩社員を「出待ち」していた。
新ビジネスのアイデアを募集する社内コンペに挑むため、他部門の先輩から情報を集めようとしていたのだ。
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森口さんがコンペに提出したのは「JALマイレージバンクアプリ」の構想だ。同社のマイルに関する機能をスマホアプリ上に集約するアイデアだった。
「やらない後悔より、やる後悔」――その一心で提出したアイデアは、見事採用された。
その後、約2年の開発期間を経て、2023年にJALマイレージバンクアプリは誕生した。今では、同社が推進する「非航空事業の拡大」に貢献し、顧客の生涯価値(LTV)を最大化するための重要な顧客接点へと進化している。同社のビジネスを支えるこのアプリは、実は1年目の若手の企画から始まっていたのだ。
かつてはプロ選手を志し、サッカーに打ち込んできたという森口さん。過去の挫折経験から「ナンバーワンより得意を複数掛け合わせてオンリーワンを目指す」発想を身に付けた。
この発想はどのように育まれ、仕事に生きているのか。取材から見えてきた、27歳エースが大切にしている仕事術とその源泉に迫る。
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●万年「副キャプテン」が選んだ“オンリーワン”の発想
プロ選手を志し、高校時代は強豪校でサッカーに打ち込んだ森口さん。しかし、努力しても副キャプテンを務めるにとどまった。
「ナンバーワンを目指していましたが、ずっと『副キャプテン』でした」
森口さんは当時をこのように振り返る。一つのことを極めてナンバーワンになるのは難しい。それなら、複数の得意を掛け合わせてオンリーワンになるのはどうか?――次第にそう考えるようになったという。
高校卒業後は滋賀大学のデータサイエンス学部に1期生として入学した。
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「もともとデータサイエンスに強い興味があったわけではありませんでした。でも、パイオニアとして何かを学ぶことは、オンリーワンを目指す上で強い武器になる。そう考えて新設の学部に入学しました」(森口さん)
大学のサッカー部では、部内に「データ分析チーム」を立ち上げ、プロサッカーチームと連携しながら、ケガを減らすための実証実験などに取り組んだ。データ分析という強みを持ったことで、部内でオンリーワンのポジションを確立していった。
●コロナ禍で、なぜJALに? 逆風の中で選んだ航空業界
森口さんがJALに入社したのは2021年。新型コロナウイルス流行の影響で、航空会社各社は欠航便が相次ぎ、苦しい状況が続いていた。
「なぜこのご時世に航空会社なの?」
就職活動の指導者や家族からは、不安の声もあったという。それでも森口さんの決意は揺らがなかった。
「人生で人とのつながりは非常に重要だと考えています。日本は島国です。日本で世界中の国とつながるには、飛行機や船が欠かせません。人とつながる大切な手段である航空業界のために、自分も何かできないかと考えて入社しました」(森口さん)
入社1年目、森口さんはグランドスタッフとして空港に配属された。現場での接客を通じて、顧客が何に興味があり、どのようにサービスを利用しているのかをじかに学んだ経験は、データの利活用を推進する現在の業務でも役立っている。
顧客と話した内容は一つ一つメモに残している。そのメモは現在でも読み返しており、森口さんにとって大切な財産になっているという。
●「JALマイレージバンクアプリ」を発案 1年目で挑んだ社内コンペ
キャリアで大きな転機となったのが、1年目で挑んだ社内コンペだった。
森口さんは、マイルによって新しい価値を提供する「JALマイレージバンクアプリ」の企画を提出した。航空業界は社会情勢に左右されやすい。だからこそ、航空事業以外で収益を得る仕組みが必要だと考え、思い付いたのがマイルの活用だった。
グランドスタッフとして顧客と接する中で、想像以上に人々のマイルへの関心が高いことを実感していた。従来のマイルは飛行機への搭乗時に加算されるものだったが、それが日常の買い物でもたまり、搭乗以外でも使用できるようになれば、新しいビジネスモデルを生み出せるのではないかと仮説を立てたという。
しかし、当時の森口さんは入社1年目。社内事情にも事業内容にも詳しくはなかった。そこで、マイレージ事業部のオフィスに足を運んで先輩社員を「出待ち」し、情報収集に努めた。
新人だからこその行動力に加えて、森口さんにはもう一つ武器があった。大学時代から磨いてきたデータサイエンスの知見だ。
当時の立場では、アクセスできないデータも多かったため、検索動向分析ツールのGoogleトレンドで「『マイル』というワードの検索数がコロナ禍前後でどのように変化したか」などを調査。競合他社を含め、コロナ禍で検索数が減少していることを確認した上で「マイルへの認知度や興味を高める必要がある」という仮説を導き出し、アプリの構想を固めていった。
アイデアは採用され、森口さんは実現に向けて、マイレージ事業部に異動。先輩社員の指導の下、要件定義から設計、検証、リリース、運用まで、アプリ開発の全フェーズに携わった。そして入社から3年目の2023年11月に、JALマイレージバンクアプリをリリースした。
●答えはAIが出す時代 「どんな問いを立てるか」が価値に
入社1年目から他部門の先輩を「出待ち」して情報を集める。その行動力は「やらない後悔よりも、やる後悔をしたい」という確固たる思いの表れだ。
また、業務を進める上で森口さんが大切にしていることがもう一つある。それは「正しい問いを立てること」だ。
「生成AIにより“答え”はすぐに得られる時代になりました。だからこそ、どんな問いを立てるかが価値になると思っています」
「正しい問い」を立てる鍵は「人とのつながり」にあると森口さんは続ける。
「一人で得られる知識には限りがあります。でも、私にはパイロット、客室乗務員、整備士、グランドスタッフなど、さまざまな職種の同僚がいて、社外にはデータサイエンスを通して知り合った仲間もいます。周囲と対話することで、自分だけでは気付かなかった視点や問いが生まれると考えています」
●JALを「データドリブンカンパニー」へ 27歳エースが見据える未来
森口さんは現在、入社5年目。2026年春からは顧客データ戦略室へ異動し、海外地区のマーケティング業務などを担当している。中長期的な顧客基盤の構築や国際路線事業の拡大を視野に、海外顧客の理解と新たな価値提供の方法を、データを基に検討している。
今後の展望について、森口さんは2つの挑戦をしたいと話す。一つはJALを「データドリブンカンパニー」へと変革すること。そしてもう一つは、日本のデータサイエンス産業の発展に貢献することだ。
森口さんはこの挑戦を、データサイエンスの知見を与えてくれた大学と、コロナ禍で受け入れてくれたJALへの恩返しだと捉えている。27歳のデータサイエンティストは、すでに次の成長フェーズを見据えている。
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