画像はイメージですテレビの中の不倫劇はどこか他人事だが、それが自分の職場で起きた時、本物の恐怖が始まる。
同僚とラブホの廊下で偶然遭遇してしまった男性が、その後味わった息詰まる生き地獄を語ってくれた。
◆ラブホの中で同僚とまさかの遭遇
佐藤純さん(仮名・44歳・男性)には、部署の違う木村さん(仮名・42歳・女性)という同僚がいる。
「普段は廊下ですれ違って会釈する程度の関係でした。同期でもないし、飲みに行ったこともない。本当にただの顔見知りという距離感です」
その日は金曜の夜。佐藤さんは不倫相手と、いつものラブホテルに向かっていた。
部屋に向かうため、エレベーターを降りた瞬間だった。
佐藤さんの目に飛び込んできたのは、廊下の先に立つ木村さんの姿。木村さんの隣には少し年配のスーツ姿の男性。
「頭が真っ白になりました。向こうも完全にこっちに気づいてる顔をしていて。木村さんが結婚しているのは把握しており、夫なのかなと思いつつも、冷静に考えると40過ぎた夫婦が繁華街の安ラブホに来るのも妙だなと。当然、私もそう思われていたでしょうね」
お互い、伴侶とは別の相手を連れている。状況を理解するのに、そう時間はかからなかった。
「『あ』って、たぶんお互い同時に心の声が漏れたと思います。それで、一瞬だけ目が合って。でも、どちらからともなく、すぐ視線をそらしました」
◆物販コーナーで目撃したカゴの中身…
その場はなんとかやり過ごしたものの、本当の地獄は、このあと館内の自販機コーナーで訪れたそうだ。
「部屋に入る前、相手が飲み物とアメニティを買いたいって言うので、自販機横の物販コーナーに寄ったんです。そうしたら、ちょうど木村さんたちも同じタイミングで来ていて」
しかも、運の悪いことに、お互いの連れが商品を選んでいる間、佐藤さんと木村さんは数十秒、横並びで待つ形になってしまった。
「気まずすぎて、お互い無言で自販機のラインナップだけ見てました。その間に、木村さんのカゴの中身がチラッと見えちゃったんです」
アダルトグッズと、コンドームの袋。それを見た瞬間、お互いの間に流れた空気は、もう取り繕いようがなかった。
「目が合った瞬間、お互い『あ、見た』って分かるんですよ。気まずいを通り越して、変なシンパシーすら感じました」
会話は、結局一言も交わさなかった。だが、お互いのカゴの中身を見られた、という事実だけが、強烈に記憶に残ったそうだ。
「あの数十秒、たぶん人生で一番気まずい時間でした」
◆普段通りを装おうとするが、ぎこちなく
週明け、出社した佐藤さんを待っていたのは、想像以上の気まずさだった。
「エレベーターで木村さんと2人きりになった瞬間、心臓がバクバクしました。向こうも明らかに表情が硬くて」
お互い「お疲れ様です」とは言うものの、目は合わせない。エレベーターの中の数十秒が、やけに長く感じられたそうだ。
「変に意識してることがバレる方が、よっぽど気まずいじゃないですか。だから、普段通りを装うのに必死でした」
しかし、普段通りを装おうとすればするほど、逆にぎこちなくなる。ランチで他部署と合同になった際、たまたま木村さんと同じテーブルになったときは、会話の内容がまったく頭に入ってこなかった。
「周りが普通に喋ってるのに、自分だけ変な汗かいてました(笑)。木村さんも、心なしか箸の動きがぎこちなかった気がします」
◆周囲が怪しい空気を察知しだす
徐々に違和感が社内で波及していく。
「同じ部署の後輩から、『最近、佐藤さんと木村さん、やけによそよそしくないですか?』って言われたんです。心臓が止まるかと思いました」
男女2人がやけに気を遣い合っている。その空気は、周囲には別の意味で映っていたらしい。
「『もしかして、お二人何かあるんですか?』なんて、半分冗談っぽく聞かれたこともあって。違う意味で焦りました(笑)。実際にラブホで会ったなんて、口が裂けても言えないし」
もちろん、何があったかを話せるはずもない。佐藤さんは「気のせいじゃない?」と苦笑いでごまかすしかなかった。
「お互い気を遣いすぎて、逆に変な空気を作っちゃってたんでしょうね。何も知らない周りからすれば、ただ変な空気になっている2人。それも、なんとなく怪しく見えたみたいです」
◆奇妙な連帯感が生まれた二人
あれから数ヶ月。佐藤さんと木村さんの関係は、あの夜以前とは少しだけ違うものになっている。
「別に気まずいことを言われたわけでも、何か変わったわけでもないんです。ただ、廊下ですれ違うときの会釈が、ほんの少しぎこちないというか」
誰かに咎められたわけでも、修羅場になったわけでもない。それでも、あの夜の記憶だけが、2人の間にひっそりと残り続けている。
「不思議なんですけど、変な連帯感みたいなのもあるんですよ。『お互い、知ってますよね』っていう」
会社では、ただの顔見知りのまま。プライベートのことなど、何ひとつ知らない関係。それでいて、お互いが知らないはずの「もう一つの顔」を、お互いだけが知っている。
「たぶん、一生このままなんでしょうね。何も言わないまま、何となく気まずいまま」
誰にも言えない秘密を、近くにいる「ただの同僚」と共有している。そんな奇妙な関係が、2人の間には今も続いている。
もし自分が同じ場面に出くわしたら、果たして「見なかったふり」を続けられるだろうか。
<TEXT/maki>
【maki】
ライター・エッセイストとして活動中。趣味は人間観察と読書。取材からエッセイ、コラムまで幅広く執筆している