
ワールドカップ各国のカタチ――現代戦術と代表チームの葛藤
VOL.7:イングランド
世界のサッカーは、ポジショナルプレーの普及によるビルドアップの進歩と、それに伴うハイプレスの普及で、全員守備が必須な時代に突入しようとしている。しかし、ワールドカップを戦う代表チームは、それぞれ特別な国民的スターを抱えているために、全員守備に舵を切れない事情がある。
ひとりのスターを残りのフィールドプレーヤーで支える「1+9」か、それともスターを入れない「10」か。強豪国それぞれの現状を探る。
【際立つ堅実性】
イングランドの際立った特徴は堅実性だ。
基本的に4−2−3−1システムを堅持し、左右も対称。不規則な動き方をする選手もいない。イングランドのゲームはほとんどが整然とした静的な流れになり、そのために膠着することが多い。準々決勝のノルウェー戦がまさにそうだった。
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ノルウェーは典型的な北欧のチームで、イングランドの影響が強い。似た者同士の対戦だった。整然と4−5−1でブロックを固めるノルウェーに対し、イングランドは落ちついてブロックの外側でパスを回す。完全なゾーンディフェンスのノルウェーはボールサイドに圧縮をかけるので逆サイドは必ず空いている。イングランドはエリオット・アンダーソン、ハリー・ケインの長いサイドチェンジのパスを、両翼のノニ・マドゥエケ、アンソニー・ゴードンへ届けて前進する定石どおりの攻め筋だった。
堅実同士の堅実な攻守。筋書きどおりの膠着状態。そして、どちらも膠着上等。均衡を破ったのは劣勢だったノルウェー。アンドレアス・シェルデルップが得意の左45度あたりから仕掛け、狭い角度から強烈なシュートを叩き込む。
イングランドが追いついたのは前半アディショナルタイム。ゴードンが左で受けて守備を広げ、中央のジュード・ベリンガムへ平行のパス。ベリンガムがずかずかとペナルティエリアへ侵入して左足でねじ込んだ。
1−1のまま延長に突入すると、モーガン・ロジャーズのミドルシュートをGKが弾いたところにベリンガム。押し込んで決勝点となった。
イングランドは前半の途中から左サイドバックのニコ・オライリーを高い場所へ押し上げて前線を増員する変化を出していた。エベレチ・エゼ、ブカヨ・サカ、ロジャーズと強力なアタッカーを交代で投入できる層の厚さも勝因だろう。
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ただ、何かが劇的に奏功したというより、ノルウェーのエネルギーがみるみる落ちていった。イングランドが何かをしたというより、相手が根負けして崩れていった。これはイングランドが全勝で通過したW杯欧州予選で、毎回見られた勝ち方でもあった。
【新しい伝統】
世界最高峰のプレミアリーグのスターを集めた代表チームにしては、華がない。
選手がいないわけではなく、とくに他国が羨むくらい「10番」には人材がいた。W杯欧州予選の主力だったロジャーズにベリンガム、コール・パーマー、フィル・フォーデン、さらにエゼ。彼らを全員とはいわなくても、3〜4人を同時起用すれば華々しいクリエイティブな攻撃ができたかもしれない。
だが、トーマス・トゥヘル監督は堅実性をとった。フォーデンとパーマーは今大会招集せず、エゼとロジャーズもベンチに置いた。各ポジションに専門職を起用。それぞれが持ち場で力を発揮すれば、全体のバランスは崩れない。それぞれ対人能力が強く、戦術的にも慣れていて伝達コストもかからない。粛々と堅実にプレーしていれば、相手が崩れてくれる。
予選全勝、22得点無失点だったのだから、変える必要がないと言えばそうなのだが、ドイツ人監督は変化や左右非対称を嫌うタイプではない。いくつかのオプションも試していた。
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ただ、結局のところイングランドらしさと、その強みを信頼したのではないかと思う。
イングランド代表において現在のプレースタイルが定まったのは、1998年フランスW杯あたりだった。
かつてはロングボール戦法が代名詞。ハイクロスと空中戦、ハードワークに激しいタックルの荒々しいスタイルで1920年代は無敵だった。
それから徐々にサッカーの母国と他国との差は縮まり、決定的だったのが1953年にウェンブリースタジアムで初めて欧州のチームに敗れた「世紀の一戦」だ。ハンガリーに3−6の完敗。、それ以上に、技術と戦術における格差を痛感させられるトラウマ的な敗戦だった。
欧州大陸に倣うべきか、それとも伝統のスタイルを貫くか。その間で揺れながらも1966年に自国開催したW杯で初優勝したが、栄光は続かずその後は予選敗退の屈辱も味わった。
かつて無敵だった、テンポと強度を上げるイングランド方式は、すでに対戦国に免疫ができていた。GK、センターバックの大型化でイングランドのハイテンポをやりすごし、ボール保持によって体力を奪えば、終盤に必ず息切れする。強度の高さゆえの弱点を見抜かれていた。
そうしたなかで転機は1998年フランスW杯で、ポール・スコールズ、デビッド・ベッカムなど技術の高い若手が台頭している。それに伴って戦術も世界標準化されていった。ただ、それ以上にイングランドを変えたのはたぶん資本力だ。プレミアリーグが設立され資本が流れ込んだ。外国籍選手に次いで外国籍監督が急増し、技術・戦術の進歩が加速している。
プレミアリーグが世界最高峰のリーグとなり、選手もレベルアップした。その結果、形成されたイングランドの新しい伝統が堅実性だった。
【相手は最後に疲弊する】
ハリー・ケインのような大スターがいても、ケインに依存する戦い方はしていない。
炭鉱と港湾がサッカーどころという背景から、特権階級を認めず皆で苦楽を共にする精神性が宿っている。1970〜80年代に欧州を席巻したリバプールの、区画整理したような4−4−2は象徴的で、全員が割り当てられたエリアでの攻守を平等に担当した。英国人監督によって北欧に定着したのが、このころのイングランド方式である。
ただし、1970年代のイングランドはまだ荒々しさが残っていた。それがすっかり洗練されたのが1998年前後。整然とした平等主義は残ったものの、イングランドの核だった野性味は失われていた。まるで牙を抜かれたよう。形を輸入した北欧と見分けがつかないくらいになっていった。
しかし、あえて言えば「北欧化」したイングランドは、安定した強さを発揮するようになった。
区分けされたプレーエリアはそれぞれのスペシャリストを輩出。プレミアリーグの競争を勝ち抜いた戦士たちの能力は高く、もともと持っていた質実剛健のメンタルが静かなゲームの根底に流れている。派手さはない。だが、静かなイングランドと対峙する相手は、教科書どおりの攻守につき合うなかで疲弊してしまうのだ。
素早いパスワークでテンポを上げ、距離感と感覚の違う相手だったメキシコ戦は大苦戦だった。試合間隔の短さ、高地のアステカスタジアムという条件も厳しかった。かつてのイングランドだったら、10人で延長まで戦い抜くスタミナは残っていなかっただろう。
しかし今は逆なのだ。淡々と、粛々としたイングランドは、最後まで息切れを起こさない。削られていくのは相手であって、自分たちではない。
紆余曲折の末、弱点を克服して強さに変えた。もともとの強みと弱みを混ぜ合わせて作り上げた新しい伝統。勝利の歌のなかにある「ワンダーウォール」を手中にしたのかもしれない。
![FIFAのインファンティーノ会長[写真]=Getty Images](https://news-image.mixi.net/article/138/138_20260712_2183559_002_70x70.jpg)