
日本人女性の9人に1人が発症するといわれ、女性が罹患する確率が最も高い乳がん。乳房の再建手術を行っても乳輪は失われたままになってしまう。それにより、鏡を見られなくなる患者も。そこで、乳輪を取り戻すブレスト(胸の)アートメイクの第一人者の活動に取り組む姿を取材した。
直感で飛びつきブレストアートメイクの道へ
乳がんはがんの中で最もかかりやすく、日本人女性の9人に1人が罹患するといわれている。乳房の摘出手術で乳房を失い、乳房を取り戻すために再建手術をしても乳輪・乳頭は失われたままだ。
それを医療アートメイクの技術で取り戻すのが、「ブレスト(胸の)アートメイク」。岩元淑子さんはその第一人者で、これまでいくつもの医療機関にアートメイク外来を立ち上げてきた。
「私自身、もともと乳輪のアートメイクのことはまったく知りませんでした。たまたまネットで乳がんの患者さんのケアを見て、これだ! と思ったのが始まり。もう直感で飛びつきました」(岩元さん、以下同)
岩元さんが乳がん患者のアートメイクと出合ったのは2017年のこと。リウマチ専門病院の看護師として約10年間働き、そろそろ次のフェーズへとスキルアップを考えていたときだった。
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「それまで美容やアートメイクとはかけ離れたところにいたので、未知の世界でした。ただ日本ではアートメイクは医療行為にあたり、医師か看護師しか施術はできません。私は看護師だからできると思って」
アートメイクスクールの門を叩いた岩元さん。まずは眉や唇など美容のアートメイクを学び、乳輪のアートメイク技術を身につけた。乳輪のアートメイクは専用の針と色素で乳輪・乳頭を描く技術で、人工皮膚で練習を重ねている。当然、乳がん患者の再建した胸とは感触が違う。
「お胸の状態は人それぞれなんです。それに技術は習ったけれど、どのタイミングでお洋服を脱いでもらったらいいか、どのタイミングで写真を撮っていいのか、最初はどこから手をつけていいかわからなくて、試行錯誤の連続でした」
一つひとつ実例を重ね、道を切り開いてきた。口コミで施術が評判を呼び、現在はフリーの看護師として活躍。病院やクリニックなど9つの医療機関と提携し、年間約150人の患者に施術を行っている。
心のケアのほうが大きい
「ブレストアートメイク」は彼女が名づけた、いわば商標で、ブレスト(胸)とアートメイクを合わせた造語。日本では主に「医療タトゥー」と呼ばれてきた。
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「でもタトゥーという言葉は日本ではあまりいい印象がないですよね。乳房を切除した患者さんが、『乳輪を作りたいならタトゥーという選択肢もあるよ』と誰かから言われても、そこが壁になってしまうかもしれない。ブレストアートメイクという言葉を使うことで、入りやすくなり、またそこから広まっていったら、という気持ちがありました」
ブレストアートメイクにはいくつかの種類がある。突起がない乳頭に色の濃淡で乳輪・乳頭があるように見せる3Dアートメイクに、乳頭移植をして乳頭突起を設けた胸に行う乳輪アートメイク、皮膚移植後に色が薄くなった乳輪に行うアートメイクと、患者のケースによってさまざまだ。
「ブレストアートメイクは外見の施術ではあるけれど、それにより患者さんの気持ちも変わってきます。むしろ心のケアのほうが大きいですね」
岩元さんが大切にしているのが、施術前のカウンセリング。約1時間かけ、患者が何を求めているのか、アートメイクを選んだ動機を聞き出し、最適な方法を共に導き出していく。
デメリットも伝える必要がある。ブレストアートメイクは皮膚の浅い位置に色素を定着させるため、徐々に退色していき、色を保つためにはメンテナンスが欠かせない。施術は2〜3回行い、自由診療となるため1回ごとに5万円前後の料金が発生する。
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「そこでアートメイクをやる、やらないはもちろん自由。ただブレストアートメイクを知る人はまだまだ少なく、選択肢の一つとして受け止めてもらえたら」
これまで施術してきた患者は20代〜80代。温泉に行きたい、家族を驚かせたくない、孫とお風呂に入りたい─、など施術を希望する理由はさまざまだ。
「忘れられないのが、乳がんで乳輪を失った、鏡に映る自分の姿を見ることができず、家にあるすべての鏡にテープを貼って自分が映らないようにしていた女性。ブレストアートメイクの施術をしたら、鏡のテープを取って、元どおりの生活が送れるようになったということです」
胸のアートメイクを手がける施術者はまだ少なく、育成機関も限られている。後進を育てるべく、2023年に「ブレストアートメイクスクール寺子屋」を設立。看護師や医師など医療従事者を対象に講習会を開き、医療アートメイクの技術とケアを教えている。
「技術はもちろん、私が生徒さんに一番伝えたいのは、施術者が主にならない、ということ。施術をしていると、もっと美しくしたい、もっとリアルにしたい、もっと色を重ねたいと思ってしまいがち。それも大事ではあるけれど、患者さんが満足していたらあえてそこで終了する。患者さんの気持ちを大切にする、ということ」
講習会を重ね、これまで54人の卒業生を送り出してきた。しかし実際にブレストアートメイクを主軸に活動していくのは難しい。海外では乳がん患者の50%近くが乳房の再建を行う国もあるが、日本は乳房再建自体が約12%と少なく、その先のアートメイクまで進む患者はさらに少数派だ。
SNSではアダルトと認識され……
「講習を受ければすぐに施術ができると思っている人もいるけれど、まったく違います。実際に施術ができるようになるまで何年もかかる人もいれば、できなくてやめていく人もいるのが実情です」
講習で技術を身につけたとしても、自ら医療機関と提携し、施術の場を設ける必要がある。そこで壁になるのがブレストアートメイクの認知で、患者はもちろん、医療従事者にもまだ知れわたっていないという。
「特に乳腺の先生はあまり知らない印象があって。知ってもらうために、私たちに何ができるのだろうと考えているんですけど……」
デリケートな部位だけに、啓発もなかなか困難だ。SNSで広めようとしても、アダルトと認識され、規制がかかることもある。
「もうハードルしかありません。地道にやっていくしかないのでしょうね」
と岩元さん。目指す場所はまだまだ遠い、と課題を口にする。
「日本各地にブレストアートメイクを行える医療機関ができるのが理想。それにはいい形で伝えていかなければいけない。乳がんの方だけでなく、みんなが知ってくれたらと思っていて。
実際に乳がんになると、病気も受け止めなければいけないし、治療法も決めなければいけない。そこで初めて知るのではなく、こういう施術があると知っていたら、選択のあり方も変わってくる。知らなかった、知っておけばよかったとならないように、当たり前にみなさんに知ってもらえるようになればいいなと思っています」
取材・文/小野寺悦子
いわもと・よしこ 看護師。乳がんにより失った胸の乳輪・乳頭の再建を行うブレストアートメイク活動に精力的に取り組む。看護師を対象としたブレストアートメイク専門のスクールを運営している。
週刊女性2026年8月11日号

