
どのような業界でも、社会人として長く働いてきた人なら程度の差こそあれ、組織における「失敗」を経験してきたはずだ。
計画の詰めが甘かった。想定外のトラブルが起きてしまった。気の緩みから大事な確認を怠ってしまった……など、振り返れば、さまざまな失敗の原因が思い出されるだろうが、中には、こんな“負けパターン”を経験した人もいるだろう。
冷静かつ客観的に状況を分析すると、失敗することがある程度予想できていて、組織内でもやめたほうがいいという慎重論が圧倒的に多かった。にもかかわらず、社長や会長など、決定権を持つ人物が「ここまできて今さらやめられるか」と、聞く耳を持たずに強行。結果、大きな損失につながった――。
「ああ、うちの会社の新規事業がまさにそうだったよ」などと、嫌な記憶がよみがえった人も多いかもしれない。ただ、これは危機管理の世界では典型的な問題であり、「コンコルド効果」や「サンクコスト効果」(埋没費用効果)として知られている。
|
|
|
|
前者は1960年代、超音速旅客機コンコルドを英国とフランスが共同開発していた際、採算性への懸念が指摘されていたにもかかわらず、それまでに巨額の投資をしていたことから、中止を決断できず、結果的に大赤字を招いたことに由来する。サンクコスト効果も同様で、これまで投じた資金や時間を惜しんで、合理的な撤退判断ができないことを意味している。
筆者は報道対策アドバイザーとしてこれまで数多くの「失敗企業」を見てきたが、その判断ミスの原因を見ていくと、このコンコルド効果にたどり着く。
分かりやすいのは、企業の主力商品に問題が見つかった場合の対応だ。本来はすぐに顧客や取引先への情報開示、回収などの対応に動かなくてはいけないが、これまでの多額の投資や開発期間が頭によぎって、なかなかその判断に踏み切れず、結果的に、被害を拡大させてしまう。さらに「隠蔽(いんぺい)しようとしていたのか」などと疑われてブランドを大きく毀損(きそん)する――なんてことは「不祥事企業ではよく見られるケース」と言っていい。
この組織における病理を象徴するのが、東芝の不正会計事件だ。
●東芝の不正会計事件とは
|
|
|
|
2015年に発覚したこの事件は、歴代の経営陣が各部署に「チャレンジ」と称した過度な収益目標を押し付けてきたことで、そのプレッシャーから逃れるために、現場が利益を水増しする処理を行った。損失を翌期に先送りすることを繰り返していくことで、6年間で2248億円もの利益が修正された。この不正の背景にも、「コンコルド効果」に似た構造があったと考えられる。
第三者委員会の調査報告書に「このような不適切な会計処理を改善しようとの試みも見られたが、改善のためには多額の損失の計上を余儀なくされるところ、業績を悪化させてまで一挙に改善を実行するという抜本的な対応を講じるには至らず」(278ページ)とある。
つまり、東芝が不正会計をやめられなかったのは、社内のさまざまな人々が続けてきた「損失隠し」を表沙汰にすることを避けたかったからなのだ。これは、巨額の投資をしてきたコンコルドの開発を途中でやめられなかった心理と、構造的には共通している。
「自社の不適切な会計処理を是正する」ということは、不適切な会計処理に関わった人を明らかにし、その責任を問うことにもつながる。もっとストレートに言えば、「同僚やグループ会社の仲間たちを売る」ことになる。これは「組織人」として受け入れ難いため、「右にならえ」で不正会計を引き継いでいく。
コンコルドが大きな損失につながることが予想されても、これまでに投じた巨額の資金や、開発に携わった人々の苦労を考えると撤退できず、最後まで突き進んでしまった組織力学としては、基本的に同じ構造といえる。
|
|
|
|
では、このコンコルド効果を防ぐにはどうすべきか。決定権を持つリーダーに方針を再考させるか、場合によってはリーダーを交代させる必要がある。
●「組織外からの圧力」を利用する
前者の場合、側近が体を張って再考を促すことが一般的だが、「組織外からの圧力」を利用することも多い。そのリーダーが逆らいにくい人物に説得してもらう。後者のようにリーダーの交代を目指す場合、マスコミにスキャンダルや内部情報をリークし、批判的な報道を促すという過激な手段を選ぶ人もいる。
企業や団体の危機管理に20年弱携わる中で驚いたのは、社長や会長というトップの側近から、このような相談が少なくないということだ。
「なんとかして社長に考えを変えてもらいたいんですが、どうすればいいでしょうか?」
これは読者の皆さんもなんとなく分かると思うが、組織内にいると、社長や会長の判断に異論を唱えることは難しい。雇われている身であって、給料を得て家族を養っているという事情もあるため、「このままでは問題になる」というような経営判断であっても、「御意」と黙って従うことが、組織人として求められることもある。しかし、リーダーの判断ミスのせいで組織自体が崩壊してしまったら元も子もない。
そこで組織の未来を案じる幹部が、筆者のような「組織外の人間」に相談したり、メディアやジャーナリストに内部情報をリークして、リーダーの経営判断を軌道修正させようとする。
そのため、大きな企業不祥事が発覚する前には内部告発が増え、メディアやジャーナリストが「疑惑」を追及する報道が増える。
これはニデックの事例が分かりやすい。巨額の会計不正が明らかになる前から、ジャーナリストの井上久男氏や、『週刊ダイヤモンド』が会計を巡る「疑惑」を報じていた。
当時、絶対的な権力を持っていた永守重信CEOのやり方に疑問を感じながらも、本人に直接、方針の見直しを求めることができない人々が、メディアやジャーナリストに内部情報をリークしていたと考えられる。コンコルド効果によって、不正会計を止めるどころか消極的に関わっていた人々が、自力では事態を変えられないため、「組織外の人間」の協力を得て、不正を生む組織体質の転換を目指していたのである。
●「消費税減税」も同じ問題
さて、なぜ今回、コンコルド効果を取り上げるのかというと、ビジネスパーソンがこの組織病理を考えるうえで、格好のケーススタディが現在進行形で起きているからだ。
それは「消費税減税」である。
高市早苗首相は、悲願としてきた飲食料品の消費税率1%への引き下げに向け、実現に動いている。自民党は臨時総務会を開催して、基本方針を了承。閣議決定もされ、秋の臨時国会で関連法案を提出するという流れだ。
「ゼロじゃないのが不満だけれど、公約を実現するとは、これまでの首相と比べても評価できるのではないか」という意見も多いかもしれない。しかし、冷静かつ客観的に見ると、この消費減税が国民生活にもたらす恩恵は、それほど大きくない。
まず、本連載で繰り返し述べてきたように、企業や事業者などに手間をかけさせる割に、経済効果は大きくない。飲食料品だけを減税したところで、1人当たり年間約4万円、1世帯当たり約6万〜8万円の減税効果にとどまる。
コロナ禍の「10万円一律給付」よりも少ないので、このときと同じく、貯蓄がちょびっと増えるだけで終わる可能性が高い。欧州などで付加価値税(VAT)を下げた国でも同様の傾向がある。
●致命的な打撃を受ける業界も
そういうプラスが少ないわりに、マイナスが大きい。まず、外食産業が致命的な打撃を受ける。分かりやすいのが、国民民主党の玉木雄一郎代表がXに投稿した、このSOSだ。
「今日はついに香川のうどん屋さんから、『このままでは香川のうどん屋が潰れてしまう』と悲痛な電話をいただきました」
行ったことのある人は分かるだろうが、うどん王国・香川の讃岐うどん店は、非常に安い。これは、客の回転率を高め、多くの客を呼び込むことで利益を確保する薄利多売型のビジネスモデルだからだ。
飲食料品の消費税が1%になれば、当然、消費税率10%の外食から客足が遠のくことは言うまでもない。減税が行われる2年間に「安くてうまい」を標榜する讃岐うどん店が相次いで閉店する可能性があるのだ。
「それならテークアウトに切り替えればいい」と安易に考える人もいるだろうが、話はそう簡単ではない。食べ物の種類によっては、テークアウトに向かないものもあるし、店側にも容器などの新たなコストが発生する。
加えて、消費減税を断行することで、再び円安が進行し、原料費が高騰してしまうリスクもある。
日米当局による大規模な「円買い」の影響で足元では円高傾向にあるものの、秋の臨時国会に提出される消費減税関連法案で「財源」が明確にならなかった場合、再び円安に転じる可能性がある。
今回の円安が進行している要因の一つとして、高市首相の「財源なき積極財政」に市場が不信感を募らせているという見方があるからだ。
●消費減税は典型的な「コンコルド効果」
以前から繰り返し述べているように「日本に借金があるのはザイム真理教のうそ」とか、「日本の国債は国民が持っているから、どれだけ国債を発行してもデフォルトしない」というロジックは、残念ながら日本国内の一部のイデオロギーを持つ人たちにしか支持されていない。
MMT(現代貨幣理論)については、高市首相の後見人的存在である麻生太郎副総裁も財務相在任時に「そういうものの実験場に日本のマーケットを実験場にするつもりはない」と否定的な見解を示している。
国内の一部で支持されている主張を掲げて、国際社会を従わせようと突っぱねるのは、多くの日本人が「あの国は問題がある」と蔑んでいるロシアや中国と何も変わらないではないか。
日本国内でザイム真理教がどうこういくら主張したところで、市場から評価される以上、財源が示せないまま消費減税に踏み切れば再び円安は進んでしまう。つまり、外食店がテークアウトに切り替えて「消費税1%」の恩恵を受けられても、円安が進んで料理に使う原材料や燃料が高騰すれば、イートインとの税率差9%など、容易に相殺される可能性があるのだ。
加えて、2年後には「消費増税」が確実にある。物価が今よりも上がっているところでの増税なので、国民の負担感は非常に大きくなる。「じゃあ、見送ればいいじゃん」と思うだろうが、「時限的な物価高対策」を理由に首相が減税して、それをなし崩し的に撤回するような国の通貨はさらに信用を落とすことは言うまでもない。
このように状況を冷静かつ客観的に分析すれば、「飲食料品の消費減税」が必ずしも国民の利益につながるとは限らないことが分かる。しかし、高市首相はこうした指摘に耳を貸さず、消費減税の実現に向けて政策を進めている。
これを掲げたことで衆院選での「高市フィーバー」が起きたことや、派閥を持たない高市首相を力強く支持してくれた「積極財政派」の人々の貢献を考えれば、容易に撤回することなどできるわけがないからだ。つまり、今日本政府が推し進めようとしている消費減税というのは、「コンコルド効果」に似た構造といえる。
●日本の敗因の一つも「コンコルド効果」だった
ビジネスパーソンの皆さんが最も関心があるのは経済ニュースだろうが、今後しばらくは政治ニュースにも注目していただきたい。「失敗」の可能性が高い政策を推し進めようとするとき、リーダーはどう動いて、どのような論理を用いるのか、ということは組織人としてぜひ知っておいてほしいからだ。
注目してほしいのは、高市首相が精神論を持ち出すタイミングだ。筆者は、コンコルド効果によって、「撤退」の判断ができなくなってしまったリーダーと、何度か話をしたことがある。側近からの依頼で、再考を促したこともある。しかし、ほとんどの場合は、次のような言葉を返され、議論が行き詰まった。
「これまで多くの人が関わってきて、彼らの思いがあるので今さら簡単にやめることはできないんです」
こう言われてしまったら部外者は反論しにくくなるし、組織の構成員も従うしかない。私たちは幼少期から「絆」や「みんなのため」という集団を重視する教育を受けてきたので、こういう精神論を持ち出されてしまうと、お手上げなのだ。たとえその先にどのような結果が予想されても、「みんなで頑張れば、なんとかなるかもしれませんね」と同調してしまうものなのだ。
太平洋戦争も、そうした例の一つだった。ビジネスパーソンも必読の書籍『失敗の本質:日本軍の組織論的研究』(ダイヤモンド社)などでも分析されているが、日本の敗因の一つとして、「コンコルド効果」に似た構造が指摘されている。
映画『開戦前夜』でも描かれているが、1941年には、総力戦研究所が日米開戦について「日本必敗」との結論を出していた。そんな「分かりきった失敗」になぜ突き進んでしまったのか。背景には、米国との交渉で日本が中国からの撤兵を受け入れられなかったことがある。保守派がよく主張する「白人国家からアジアを解放する」といった大義だけが理由ではない。
泥沼化した日中戦争で約10万人の戦死者を出していたため、大陸から撤退すれば、それまでに払った犠牲が無駄になる――。そう考えて撤退できなくなる、いわゆる「戦死者の論理」と呼ばれる構図である。
●企業と軍隊の共通点
企業にも軍隊と似たところがある。商品やプロジェクトに大きな問題が見つかっても、「この商品を開発するためにどれだけの人が関わったと思っているのか」「このプロジェクトには社員の思いが込められている」などとリーダーが言い出したら、そう簡単に製造中止や撤退を決断できない。むしろ、さまざまな手段を講じてでも、製造中止や撤退を避けようとする。
高市首相が掲げる「消費減税」にも、同じ構図が見て取れる。高い支持を得ていたときの公約であったことも事実だし、今も世論調査では約半数の人が消費減税に賛成である。こうした支持者たちの「思い」を無駄にするわけにはいかない。だからこそ、高市首相は消費減税を推進し続ける。それがどんなに悪い結果を招くとしても、今さらこれを止めることはできないのだ。
こうした「コンコルド効果」には、高市首相のような「責任感の強いリーダー」ほど陥りやすい。
それは、戦時下のリーダーにも当てはまる。戦死者が膨大な数に上っても中国大陸から撤退せず、「日本必敗」という分析が示されていたにもかかわらず、日米戦争に踏み切ったのは、「無責任」だったからではない。亡くなった人々への「責任」を果たそうとするあまり、合理的かつ冷静な判断ができなくなっていたのだ。
データや論理を重視して仕事をするビジネスパーソンからすると、違和感を覚えるかもしれないが、日本型組織の意思決定に大きな影響を与えるのは「人々の思い」などの精神論なのだ。こうした組織の現実を、秋から始まる消費減税の議論から、ぜひ学んでほしい。
(窪田順生)
|
|
|
|
|
|
|
|
Copyright(C) 2026 ITmedia Inc. All rights reserved. 記事・写真の無断転載を禁じます。
掲載情報の著作権は提供元企業に帰属します。