限定公開( 1 )

居酒屋などで温かいおしぼりを出されると、思わず顔を拭いてしまう。心当たりのある人は、きっと筆者だけではないはず……。「おじさんくさい」「マナー違反」などと散々に言われるが、気持ちよくてやめられない。
癒しをもたらしてくれるおしぼりだが、思い返すと利用シーンは、せいぜい飲食店か理髪店くらい。
日常使いにすれば受けるのではないか? そんな背景から生まれたのが、半導体向け吸水・洗浄事業を手掛けるアイオン(大阪市)が開発した、持ち運び型で繰り返し使える「テックオシボリ」だ。
吸水性の高さと肌触りの良さを武器に、“顔サウナ”と打ち出して2026年5月から販売したところ、2200円という高価格帯ながらも「想定の倍の売れ行き」(同社)を見せているという。
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半導体とおしぼり。簡単には結びつかない両者から、ユニークな商品が生まれるまでにどんな経緯があったのだろうか。
●半導体用スポンジ 「人の肌」にも使えないか
「こんな素材があるのですが」
デザイン会社kenma(東京都新宿区)代表の今井裕平氏のもとに、アイオンから相談が寄せられたのは2024年11月のこと。
半導体をはじめとする精密機器の製造過程で用いられる吸水・洗浄スポンジを手がけるアイオンが、肌触りの良さにフォーカスした新素材「クレマタッチ」を開発。これを使って、従来の産業用途とは異なる、人の肌にも使える新商品を生み出せないかという依頼だった。
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実は今井氏とアイオンの協業は、今回が初めてではなかった。
2022年、アイオンは産業用の素材からBtoC商品の開発にチャレンジするため、今井氏の支援のもと吸水ツールブランド「STTA」(スッタ)を展開。独自素材「ソフラス」を生かして、日常の“水滴ストレス”を解消するためのアイテムを販売してきた。
ブランドの第1弾として、2022年2月末から先行発売したスティック型のスポンジタオル「STTAスティックタイプ」は、わずか1週間で完売。一般的な珪藻土素材と比べて、吸水量は3倍、吸水速度は6倍という強みに加え、持ち運びしやすいデザイン性が受け入れられた。
スティックタイプをはじめ、これまで展開してきた商品は、洗った後の食器や、雨に濡れた傘や自転車のサドルなど、いずれも物理的なものを拭くためのアイテム。人の肌にフォーカスしたものは、今回の「テックオシボリ」が初めてだった。
●ドライタオルでは面白くない 強みはウェットにこそ
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「(アイオンは)初めはバスタオルのような商品をイメージされていました」
相談を受けた今井氏は、その後検討を進めたものの、なぜかしっくりとこなかったと振り返る。
「その理由を考えていたところ、『バスタオルとの質感の違い』に気付きました」
アイオンが人肌のために開発した新素材クレマタッチは、綿でできた一般的なタオルと比べると、約2.7倍の含水量を持つ一方、手で絞った後の残水量はおよそ半分。しっとりさを保ちながらも絞りやすく、乾きやすいといった特徴があった。
こうしたメリットを最大化できるアイテムとして今井氏が提案したのが、ウェットタオル、つまり「おしぼり」だった。
「おしぼりを出されると嬉しいですよね。海外からの観光客にも驚かれるような、歓迎を込めて出す日本の文化。みんな好きなアイテムなのに、日常では飲食店や美容室ぐらいでしか使われない。おしぼりにはポテンシャルがあるのではないかと思いました」
メインターゲットとして一番に浮かんだのは、ビジネスパーソンだった。
「顔を拭くのは、短時間でリフレッシュできる行為の一つ」。飲食店で出されたらつい顔を拭いてしまう。「思わずやってしまうという行為こそ、ニーズとしての強さがある」。そこで、おしぼりをリフレッシュアイテムとして打ち出そうと考えたという。
●「顔サウナ」として訴求 展示会ブースに人だかり
これまでにない使い方だけに、社内の反応は分かれたという。
好意的な声がある一方、「そんなに使うだろうか?」という反応もあったという。特に化粧をする女性からは、顔を拭くことへの抵抗感を指摘する声もあった。
「やはり常識あっての新常識。反対する人がいるのは当然」と今井氏は受け止める。
発売後、ギフト商品の展示会に出展すると、ブース前には多くの人が集まったという。
中でも反応があったのが「顔サウナ」という提案だった。50度程度のお湯を含ませたテックオシボリを顔に当てると、温かさと爽快感を味わえる。
出社時やテレワークの合間にテックオシボリを顔に乗せて「ととのう」――。そんなユニークな訴求が奏功してか、サウナ施設からも問い合わせがあり、イベントなどで参加者に体験してもらうコンテンツとしての活用も検討されている。
温度を調整できるため、夏場は冷やして使い、冬場は温かいおしぼりとして使うなど、季節に応じた利用も想定している。
●自己評価の低い日本企業
さまざまな企業の商品開発を支援する中で、今井氏が感じるのは、中小企業が持つ独自の技術や素材の価値に、企業自身が気付いていないということだ。
「日本企業は自己評価がそれほど高くない」と今井氏。「他社でもできますから」と、自社の技術を過小評価する声を聞くことも少なくないという。
今井氏は、他社にもできる技術であることと、それをすでに自社が持っていることは別だと考えている。
「僕が今から同じ業界で立ち上げるとなったら、それだけでも大変です。その技術を持っていることは大きなアドバンテージ」。自分たちの強みを客観的に捉えるのは難しいからこそ、クライアントの話にしっかりと耳を傾けることに意味があると今井氏は話す。
トレンドや市場調査から答えを探すだけでは、どの企業も似たような商品やサービスに行き着いてしまう。
中小企業が大手と競うには、むしろ自社にしかないものを生かす必要がある。「吸水スポンジとは何ですか?」と、業界の人には当たり前のことまで問い直すのも、大切なプロセスだという。
専門性が高く、そのままでは「マニアックすぎてよく分からない」ような技術でも、生活者に伝わる形へと「翻訳」すれば、商品としての価値につながる。
テックオシボリも、そうして生まれた商品の一例だ。
●「ウォークマン」のような日本発の商品を
今井氏は、日本企業が持つ技術や素材から、世界にインパクトを与える商品が再び生まれることを思い描く。
1979年に発売されたソニーの小型音楽プレーヤー「ウォークマン」。「これを考えたのは日本なんだ、という当時の反応はすごかった」と今井氏。ユニークで、多様かつ高い技術力を持つ日本企業から、世界を驚かせるようなプロダクトは、これからも生み出せる。
「マニアックでもニッチでもいいので、他とは違う素材や材料、技術を持っているところに可能性がある」と今井氏は期待を込める。
企業の中では当たり前になっている技術や素材も、見方を変えれば新しい価値になる。半導体向けの吸水素材から「おしぼり」の可能性を見いだして生まれたテックオシボリ。既に持っている資産を別の角度から捉え直す、「アセットの再定義」の一つの形といえそうだ。
(濱川太一)
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