画像はイメージです 仕事ができる人ほど即レスしてくれる。能力が低くて暇な人ほど返信が遅い——。こうした「即レス至上主義」は誰しも耳にしたことがあると思うし、現に内面化している人も多いだろう。
だが、本当に「返信が速い」ことは、必ずしも正義であるのか?
都内の会社員・南田耕太(仮名・32歳)さんは、この春に着任してきた上司の即レス強要に悩んでいるらしい。
週に3〜4日はリモートワーク、残りは出社のスタイルで働いていると聞けば、上司が即レスを求めるのも当然である。そう直感したあなたにこそ、最後まで読んでほしい。
◆新しい上司は「現場介入しがちな人物」
南田さんは広報部の社内デザイナーとして働いている。昨今扱う制作物はwebのみで展開するものがもっぱらとなり、自宅でできる作業が増えたという。
「コロナ禍がきっかけでリモートワークが導入されましたが、私のような立場の人間は、職場で作業するよりも自宅で作業をしたほうが高い効率が出ると認められ、五類移行後もリモートベースでの働き方に許可が降りたんです。
なのでここしばらくは、どんな制作物がなぜ必要で、期限がいつまでかといった会議や、部内の週一で開かれる定例会議があるときにだけ出社しています」
今春から部長となった人はどんな人物なのだろうか。
「うちの会社が3年ほど前にヘッドハンティングしてきた、コンサル系出身の人のようですね。
歳は40代半ばくらいでしょうか。体育会系出身かとおぼしき、ゴリゴリした圧を全身から放っているタイプの人です(笑)。
入社時点から将来的に役員となることが規定路線となっているらしく、その前にいくつかの部署で部長なりの役職に就かせて回っていると聞いています。
要は各現場で“業務最適化”の名の下、数字上の締め付けを進めているのではないかなと」
◆知識がないのに、余計な口を出す…
ここまでの話だけですでにお腹いっぱいになりそうな人物だが……具体的にどのように連絡の催促がされるのだろう?
「ひとたび制作に取り掛かり始めれば、集中を切らされたくないんですよ。
もちろん、デザインの本質はコミュニケーションだと思うので、認識の齟齬がないようにやりとりを重ねることは大事だと考えます。
けれど、すでに制作に着手済みで、しかも予定通りに進行している案件についても、何度も無意味な進捗報告を求められるんです」
南田さんが特に怒っているのは、専門的知見への侮りだ。
「文面での報告だけでなく、作業中の画面のスクショを要求してきては、『なぜあそこはこうなってるんだ、ああいうふうに変更しろ』と、チクチク勝手なことを言ってくる。
でも、キリの悪いところで制作物を見ても、デザインの意図はわかるわけもない。別に本人はデザインを学んだことはなく、せいぜいプレゼン資料の見栄えや体裁をどうしてきたかという、小手先の知識とも呼べないものしか持ってないんですよ。
書体とフォントの意味の違いも知らない、欧文に対してセリフとサンセリフと言わずに明朝とゴシックと言ってしまうレベルなのに……笑止千万、迷惑千万です」
◆即レス対応のせいで残業はむしろ増えた
そのやり方では当然、南田さん以外のデザイナーからも顰蹙を買う。
「我々からすれば、いたずらに穴を掘っては埋めてを何度も繰り返させられてからやっとフィックスする、みたいな事態になってしまっています。だからこれまでよりもよっぽど残業が増えてしまっていて……。
なのに、その原因を作った張本人が『デザインチームはレスポンスが遅い。つまりサボっているわけだから、出社日を増やさせるべきではないか』とまで提言しはじめており、完全に参っています。
サボっているわけではないから、出社したところで残業は減らないのに。いや、むしろ部長にクドクド拘束される時間が増えるぶん、悪化しそうですね」
だが、そもそも部長は「残業を減らし、人員も減らす」ことを期待されているのではないか?
「そうなんです。にもかかわらず、反対の結果が出てしまっていることでかなり焦っているのを、最近は特に感じます。
ただ、本人はどうも『上長の目が行き届いていないとチームの能率が下がる』『管理下に置かれた人間は必ず即レスをする』という持論から離れられないみたいです。
さらに思うのは、部長は即レスをすることで責任回避を続け、出世してきた人なのではないか、と。
というのも、連絡に意義のある内容がとにかくないんです。形式的なだけで実がなく、現場の手を煩わせるだけ。
でも、さらに上の立場からは、『汗を流し続けて現場をしっかり把握している』と評価されてしまうんでしょうかね。バカバカしい」
◆生成AIに頼り、人員削減を狙う?
しかし、笑ってもいられない事態にもなってきていると南田さんは言う。
「即レス至上主義に罹患するだけでなく、生成AI万能主義にも罹っているんです。
我々に送らせる、途中経過のスクショを生成AIに食わせて、『この見た目でデータを作れ』と指示してきます。この時点で怒り心頭ですけど、それどころではなくなってきました。
この頃では会議中にまとまりかけた内容をその場でAIに投げ、『こんな感じで作れ。ここまでできていれば、あとは微調整だけなんだから制作時間は圧倒的に短縮できるだろう』とさえ言ってくる。
でも、生成AIが作ったデータは、一見それらしく見えても、さまざまな法的な問題に引っかかってしまっていたり、そもそも人間にとって『受け取りやすい見た目』には実はまったくなっていなかったりします。
なのに部長のなかでは『98%完成』していることになっているし、下手にそれっぽいイメージが頭にこびりつくことで、こちら側の知見に基づく異論をより理解されづらくなってしまいました」
部長の暴走はこれにとどまらない。
「全社的にも、AI活用による業務拡大ではなく、人員削減を目指しているようで……。
部長の最近の口癖は『デザインチームのメンバーは、AIを見習って即時返信をせよ』です。そうでないと、全員クビも辞さないというようなテンションですから、もう絶句するしかありません」
窮地に追いやられた南田さんたち——かと思いきや、直近でひとつ朗報があったそうだ。
「日常生活でAI生成による画像を目にする機会が格段に増えましたよね。
その結果、炎上する頻度も増えてきましたし、なにがどう問題なのかも、理解が広まってきていると思います。
こうした世相とデザインチームの苦言を受け、広報物の法務担当がAI使用におけるリスクをまとめて経営企画に上げてくれたんです。
それでAIの使用を推進するにしても、少なくとも現状では、対外的に出す制作物へのデザインチームの関与や判断をより重視すべしとのお達しが出ました。
いつまでこの“現状”が続くかわからないし、部長はまだ役員路線から外れていないしで、うかうかはしてられませんが、一安心はしましたね」
◆なんとか左遷させるべく、一致団結
今、デザインチームが一丸となって画策しているのは、部長の左遷作戦だとか。
「生成AIが進化するにつれ、ただ即レスをするとか、単にメンバーの作業状況をまとめるとかといったことは、無価値化していってるんじゃないでしょうか?
それっぽいことをうまくまとめるのはAIの得意分野ですし、過渡期の今のうちにどうにか引きずり降ろしておきたいですね。適当におだてて泳がせて、なんらかの案件を盛大に燃やさせてあげようかなと、チームで内々に計画していますよ。
どんなにAIが『速くてスゴくて』も、知見がなければその妥当性や間違いを評価することはできません。けれど、少なくとも『デザイン』についてはその意義をわかっていないように見えるので、容易くハメられそうです(笑)。
AIによって淘汰されるのが、『責任回避に長けた伝書鳩』タイプである未来が来ることを、切に願っています」
目には目を、歯には歯を、即レスAI神格化主義者には、AI活用効率化による災難を! ……という、南田さんたちの目論見が成功するかはまだわからない。
とはいえ、「AIは即レスしてくれる」この時代。即レスを身上の武器に戦ってきた人たちこそ、働き方の転換が求められるようになっていく可能性は、たしかにありそうだ。
<TEXT/鬼怒川庸二>
【鬼怒川庸二】
街角では知り合いに間違われ、飲み屋では酔客に話しかけられる性質を持つ。娑婆の声に耳を傾けているうちに、自然と副業ライターになった。本業もまた別ジャンルの書く仕事。ドッペルゲンガーの報告はこれまで30件超にのぼる