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2015年9月19日。
この日のランキングには、訃報や政治ニュースから、アイドル、アンドロイド、スマートフォン、連休の話題まで、ずいぶん幅のあるニュースが並んでいました。
11年が経った今では、当時はまだ分からなかった「その先」も見えています。
少し先に別の答えが待っていたニュースもあれば、記事になったあとも意外な活躍を続けた存在もいる。閉じたもののあとに、別の形で続いたものもありました。
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「次は11年後」――その未来に、私たちはもういる
「6年ぶり秋の5連休 次は11年後」。2015年9月19日は、シルバーウィーク初日でした。
この年は9月21日の敬老の日と23日の秋分の日に挟まれた22日も休日となり、土曜日から水曜日まで5連休に。同じ仕組みで5連休になったのは2009年に続いて2回目で、次は11年後の2026年になると伝えられていました。
その「11年後」が、今年です。
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11年前には、ずいぶん先に思えた2026年。過去のランキングに書かれていた「次は11年後」という未来に、とうとう時間のほうが追いつきました。
そして、この先にも同じような並びがやってくる見込みです。
暦の計算上、次は2032年。今度は11年後ではなく、6年後です。
11年先を遠く感じていた2015年から、気づけばその先のカレンダーを眺めるところまで来ました。
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「アイドルは恋愛禁止?」が裁判になった2015年
「交際発覚アイドルに賠償命令」。2015年9月19日のランキングには、そんな見出しが残っています。
芸能プロダクションが、交際を禁じる契約に違反したとして元女性アイドルに損害賠償を求めた裁判で、東京地裁が請求の一部を認めたというニュースでした。
「アイドルは恋愛禁止」。
このニュースでは、それが単なるイメージの話ではありません。所属する際に交わされた契約などに異性との交際を禁じる条項があり、その違反を理由とする損害賠償まで争われました。
ただ、「恋愛禁止」という言葉だけで、アイドルと恋愛の関係をひとまとめにはできません。
実際、この判決からわずか4カ月後には、別の女性アイドルをめぐる別の裁判で、同じ東京地裁が芸能プロダクション側の損害賠償請求を退けています。
二つは当事者も契約内容も異なる、別の事案です。どちらか一方を「アイドルの恋愛についての答え」とすることはできません。
2015年のランキングに残ったのは、「交際発覚で賠償」という短い見出し。
その先まで少し時間を進めてみると、「アイドルは恋愛禁止?」という問いには、当時から一つの答えだけがあったわけではないことが見えてきます。
番組終了後、マツコロイドに待っていた「次の仕事」
この日のランキングには、「マツコロイド活躍の番組終了へ」というニュースもありました。マツコロイドは、マツコ・デラックスさんそっくりに作られたアンドロイド。マツコさん本人の全身を型取りし、表情やしぐさまで再現して作られました。
ただし、自分で考えて自由に動き回るロボットではありません。首や目、口、眉などを動かすことはできましたが、番組では遠隔操作も使われ、人が操作や会話を担当することもありました。
そんなマツコロイドが出演した『マツコとマツコ』は、2015年9月に終了。最終回では「アンドロイドは人間を超えられるのか!?」をテーマに、マツコロイドがさまざまなことに挑戦しました。
『笑点』で笑いを取る。モーニング娘。'15のライブで歌や振り付け、早着替えに挑む。通販番組で商品を売る。さらには、人間の老後のパートナーになれるのかまで試しています。
番組が終われば、マツコロイドもこれでお役御免――かと思いきや、約2年後には別の仕事が待っていました。
2018年、WEBコンテンツ「tottoの部屋」にゲストとして登場します。
司会を務めたのは黒柳徹子さん……ではなく、黒柳さんそっくりのアンドロイド「totto」。黒柳さんのアンドロイドが、マツコさんのアンドロイドを迎えるという、アンドロイド同士のトークです。
ここにマツコさん本人はいません。
『マツコとマツコ』ではマツコさんの隣にいたマツコロイドが、今度は「マツコロイド」として別の番組にゲストで呼ばれていたのです。
しかも公式発表では、2017年生まれのtottoに対して、2014年生まれのマツコロイドを「タレントアンドロイドとして“先輩”」と紹介しています。
「アンドロイドは人間を超えられるのか?」と、さまざまなことを試されていた2015年。
その答えが出たのかは分かりませんが、マツコロイドはその後、マツコさんの隣を離れて「タレントアンドロイド」としてゲストに呼ばれるところまで来ていました。
ちょっとした“一人立ち”です。
ブログは閉じても、「飯島愛さんを思い出す時間」は残った
2008年に亡くなった飯島愛さんの公式ブログ「飯島愛のポルノ・ホスピタル」。2015年9月、このブログが飯島さんの誕生日である10月31日をもって閉鎖されることが発表されました。
最後の更新は2008年12月5日。それから更新が止まっても、コメント欄には書き込みが続いていました。亡くなってから7年近くが経った2015年9月の時点でも、最後の記事には7万件を超えるコメントが残っていました。
そこに書かれていたのは、追悼の言葉だけではありません。
子育ての近況を報告したり、恋愛の悩みを飯島さんに語りかけたり、コメントを書いた人同士が励まし合ったりすることもあったといいます。
閉鎖が発表された際には、存続を願うコメントも寄せられました。
本人がもう新しい記事を書くことはなくても、ブログは誰かが飯島さんに話しかけに行ける場所として残っていたのです。
その場所は2015年10月31日に閉じました。
けれど、飯島さんが長く出演していた『金スマ』では、その後も彼女を思い出す時間が続きました。
2024年12月の放送でも、番組の最後に「あれから16年が経ちました」と飯島さんの過去の映像が流れ、「この時期になると、飯島愛さん、あなたを思い出します」とメッセージが送られています。
ブログという「会いに行ける場所」は、2015年になくなりました。
それでも『金スマ』では、その後も年末になると飯島愛さんを思い出す時間が続きました。
場所が閉じたあとにも、思い出す時間は残っていたのです。
この5連休、みなさんはどんなふうに過ごす予定でしょうか。
旅行へ出かける人もいれば、家でのんびりする人もいるでしょう。そしてもちろん、連休中も仕事という人もいると思います。
休日の街やお店、交通機関、さまざまなサービスを支えているのは、そんな誰かの仕事でもあります。連休中も働くみなさん、お疲れさまです。そして、ありがとうございます。
休める人にも、働く人にも、それぞれの2026年のシルバーウィークがあります。
11年後、この5連休を振り返ったとき、みなさんは何を思い出すのでしょうか。
あの日のあなたは何をしていましたか?
2015年9月19日。11年前のシルバーウィーク初日、あなたはどこで、何をしていたでしょうか。
旅行に出かけていたかもしれません。仕事をしていた人もいるでしょう。あるいは、いつもの休日と変わらず、家でmixiを眺めていたかもしれません。
もしmixiに当時の日記が残っているなら、ぜひあの日の自分を訪ねてみてください。
2015年の日記一覧へ
ニュースだけでは見えてこない、「自分だけの2015年」がそこに残っているかもしれません。


