
【「あと一歩」を乗り越えた日本男子】
日本の勝利まで、あと一歩。それは、これまで何度も目にしてきた光景だった。
届きそうで届かない頂に今度こそ――。しかし、その願いは毎回、中国の壁に阻まれてきた。
だが、今回は違った。卓球日本男子がついに頂点に登り詰めた。歴史を塗り替えたのは19歳の松島輝空(まつしま・そら)だ。
9月24日に行なわれた、アジア競技大会の卓球男子団体決勝。大会8連覇中の世界王者・中国を相手に、優勝まであと1勝に迫った第5試合を託された松島は、同じ19歳の温瑞博(ウェンルイボー)を撃破し、チームに金メダルをもたらした。
卓球の団体戦は、代表メンバー3人がシングルスで最大5試合を戦い、先に3試合を取ったチームが勝利する。その第1試合に起用された松島は、相手チームの絶対的エース・王楚欽(ワンチューチン/大会当時は世界ランキング1位)にゲームカウント2−3のフルゲームで敗れていた。
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2ゲームを先取してからの逆転負け。嫌なスタートだった。
しかし、第2試合に登場した日本のエース・張本智和が、温瑞博を3−1で一蹴。続く第3試合は戸上隼輔が中国2番手の林詩棟(リンシドン)に1−3で敗れ、日本は再び中国にリードを許したが、第4試合、第2試合に続いてコートに立った張本が意地を見せる。過去3勝14敗と大きく負け越していた王楚欽をストレートで下したのだ。
張本は2025年8月の「WTTチャンピオンズ横浜」男子シングル決勝で王楚欽を破っていたが、まさかのストレート勝ち。この快勝がチームに勢いをもたらした。ただ、それによって日本卓球界の命運を託された若い松島に、いったいどれほどの重圧がかかったことか......。
松島といえば、10代とは思えない度胸のよさで知られるが、この時ばかりは違ったはずだ。その重さを誰よりも知るのが、わずか14歳で「エース」と呼ばれ、以来9年間、日本代表チームの主軸を担ってきた張本だった。
【張本が松島にかけた「勝つから待っとけ」の言葉の背景】
張本は第4試合に向かう前、最終の第5試合に備える松島に声をかけた。大きな話題を呼んだあのひと言だ。
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「勝つから待っとけ」
エースの気概あふれるこの言葉には、布石があった。
今年4月から5月に開催された世界選手権ロンドン大会。団体戦の経験が少ない松島は、チームの流れを汲みながらプレーする団体戦特有の戦い方に戸惑い、本来の実力を発揮しきれずにいた。
その姿を間近で見ていた張本は、後輩に同じ轍を踏ませまいとしたのだろう。
「5番(第5試合)なんて、"勝ったほうが(チームが)勝つ"というだけだから、『もうシングルの決勝だよ』と、自分の第4試合に入る前に言いました。たとえ団体戦でも、結局は自分が主役になればいい。松島くんの性格を考えた時、『とにかく自分のために勝て』と。僕にできる最大の引き出しが、あの言葉だったかなと思います」
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そう明かす張本には、大会前から抱いていたある強い思いがあった。それは、アジア競技大会を「日本の時代のスタートにしたい」という思いだ。
今回、日本男子が手にした金メダルは、1966年バンコク大会以来60年ぶりの快挙。さらに、卓球界全体に目を向ければ、別の大きな意味がある。
かつて1950年代から1960年代にかけて世界を席巻した日本に代わり、1970年以降は中国が台頭。2000年代に入ると中国の"一強時代"が訪れ、日本はその背中を追う立場に回った。
現在の日本男子代表を率いて2年目の岸川聖也監督にも、世界の頂点を目指した時代がある。岸川監督は2002年、水谷隼さんや、現在は女子の大藤沙月らを指導する坂本竜介コーチとともに、10代で卓球強豪国ドイツへ渡った。そして、世界標準の技術を日本に持ち帰った先駆者のひとりだ。
そうして受け継がれてきた、日本再起への情熱。その積み重ねが、今回の金メダルに凝縮されていた。決勝で中国から2勝を挙げ、日本卓球界の悲願を成就させた張本は、こう語る。
「この瞬間まで本当に長かったです。今回の金メダルは、先輩や僕自身の悔しい思いを積み重ねたうえでの金メダル。ただのメダルではなく、いろんな人のいろんな気持ちが詰まった金メダルだと思います。
ただし、継続して取り続けること、それでなければ意味がない。2028年ロス五輪だったり、次の2030年アジア大会でも、日本が一番強い状態を続けていきたいです」
【松島が世界ランキング1位に】
先輩が苦労を振り返る一方で、勢いのある若者らしい強気な発言を口にするのが松島だ。
「自分が100パーセントの実力を出さなくても、温瑞博選手には勝てる自信があった。5番の試合に臨む前は正直、『自信ありだな』と思いました」
この強心臓ぶりこそ松島の武器である。ともすれば、ふてぶてしく映ることもあるが、その点は、2025年4月から松島のコーチとして試合に同行する、男子ジュニアナショナルチームの森薗政崇監督が、競技面だけでなく私生活にまで目を配り、精神面の成長やアスリートとしての責任感を育てている。
その森薗監督が松島の最大の特長として挙げるのが、勝利への貪欲さだ。
「アスリートの役割って、いろいろあるとは思うんですけど、日本代表チームが掲げているのは試合で勝つこと。1位以外は満足しちゃいけないなかで、輝空ほど貪欲になれる選手は同世代にいません。ハングリー精神は、教えてもなかなか身につくものではないので、アスリートとしてすごくいいメンタリティーの持ち主だと思います」
実際、インタビューの受け答えにも変化が見え、記者の質問の意図を汲み取り、自分の言葉で誠実に答えようとする姿勢がある。ほぼ一問一答のようだった1年前とは、明らかに違う。
その松島が、日本卓球界の新たな歴史の扉を開いた。
10月5日、国際卓球連盟が発表したITTF世界ランキング(男子シングルス)で、日本人としては1980年の小野誠治以来46年ぶり、現行の世界ランキング制度では日本人初となる1位に浮上したのだ。19歳での世界ランク1位は日本選手史上最年少記録の偉業。張本ですら、自己最高のランキングは2位だ。
2025年9月14日から約1年間、ランキング1位を守ってきた王楚欽が、海外ツアーを欠場したことなども影響している。だが、過密スケジュールの大会に出場し、ポイントを積み上げること自体がトップ選手に求められる能力。19歳にしてそれを持ち合わせる松島は、やはり並外れている。
アジア競技大会の団体金メダル。そして、松島の世界ランキング1位。「日本の黄金時代の再来」と呼ぶには時期尚早かもしれない。それでも、日本卓球界の夜明けを願わずにはいられない。
松島はそのカギを握る、新時代のキーマンと言えるだろう。
高樹ミナ●文 text by Takagi Mina
