限定公開( 11 )
どんな衣類であっても、ずっと使用していると“寿命”がくるものである。例えば、Tシャツ。長く使っていると、首回りがヨレたり、黄ばみが取れなくなったり、穴が開いてしまったり。
着れば着るほど、劣化のスピードが速くなるわけだが、“色褪(あ)せに強い”黒のTシャツが登場した。商品名は「GXFAB」。耳にしたことも目にしたこともない人が多いと思うので「ん? どこの会社がつくっているの?」と思われたかもしれないが、カシオ計算機(東京都渋谷区)である。
カシオといえば、電子ピアノ、電卓、時計などを想像する人が多いかもしれないが、今回のTシャツは「G-SHOCK」のスピンアウト商品になる。同社のECサイトで販売したところ、大々的にPRしていないにもかかわらず、3時間で完売したのだ(ロングTシャツはその数時間後に完売)。
この商品を開発するにあたって、4年前にプロジェクトチームを結成した。このとき、決まっていたのは「G-SHOCKの開発思想を受け継いだモノをつくる」ことだけ。具体的にどんな商品をつくるのかは決まっていなかったので、ふわっとしたカタチでスタートした。
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ところで、G-SHOCKの開発思想とは何か。商品が登場したのは、1983年のこと。当時、腕時計といえば落としてはいけないデリケートなモノだったが、開発担当者がこのようなことを考えた。「落としても壊れない丈夫な時計をつくれないか」と。
試作機をつくって、研究開発センターの3階の窓から、何度も何度も落下させる。壊れ方などを分析することで、衝撃を和らげる素材と硬い材質のフレームを組み合わせればいいかも、といったことが分かってきた。
その後も、あれこれ頭と手を動かすことによって、商品が完成。「タフネス」(強さや頑丈などの意味)という言葉をコンセプトに掲げ、これまで累計1億5000万個以上を販売しているのだ。
●タフネス+サステナブルの価値を提供
G-SHOCKの関連商品を調べてみると、これまでにもさまざまな商品が登場している。帽子もあれば、マグカップもあれば、靴下もあれば、Tシャツもある。今回のTシャツと何がどう違うのかというと、先ほども紹介したように「商品に開発思想」があるかどうかである。
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これまでの商品はG-SHOCKのロゴなどをペタッと貼っただけのモノが多いが、今回のTシャツは開発思想が込められているので、商品から「強さ」や「頑丈」などが伝わってこなければいけない。こうした取り組みは、G-SHOCKが誕生してから初めてのことである。
そんなこんなで、プロジェクトがスタートしたわけだが、メンバーはどのような議論を重ねたのだろうか。「アプリのようなサービスはどうか。いや、食べ物や飲み物はどうか」といった話があったそうだ。さまざまなアイデアが出ては消えて、出ては消えてを繰り返す中で、なぜTシャツに決まったのか。
プロジェクトメンバーの1人が「アパレルの大量廃棄」に着目した。環境省のデータ(2022年)によると、1日に処分される衣類は1200トンにのぼる。毎日大量の衣類が捨てられるわけだが、「少しでも長く使えたら、それは環境に優しいモノになるのではないか」(プロジェクトメンバー)と考え、Tシャツを開発することに。
とはいえ、いきなり「色褪せに強い」Tシャツに決まったわけではない。G-SHOCKのコンセプトであるタフネスを考えると、「穴が開かない」「破れない」といったモノがいいのではないかといったアイデアが出てきて、実際に防弾チョッキで使われる素材でジャケットなどをつくってみた。しかし、これは失敗。「ゴワゴワして、日常で使えるモノではなかったですね」(同)とのこと。
このときに、気付いたことがある。時計と全く同じ価値を提供しても、お客に支持されないのではないか。考えを軌道修正することで、「色褪せに強いTシャツはどうか」という話になったという。であれば、長く使えるので、タフネス+サステナブルの価値を提供できるのではないかと考えたのだ。
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●さまざまなテストを実施
さて、商品の方向性は決まった。しかし、である。電子ピアノや電卓などをつくっている会社にとって、アパレルは畑違いになるわけだが、どのようにしてTシャツを開発したのか。大きくわけて、2つのテストを実施している。
1つめは「色褪せ」である。黒い服は太陽の光や漂白剤にさらされると、色落ちすることがある。ということで、プロジェクトメンバーは生地に使用する糸に注目した。
一般的な生地は、染色された糸を使っている。しかしプロジェクトメンバーは、原料の段階から顔料(色の付いた物質)を混合した「原着糸」(げんちゃくし)を選んだ。特徴を一言でいえば、「色褪せに強い」からである。
漂白剤を一定時間漬けて、色落ちするかどうか。特別な機械を使用して、10年分に相当する日光をあててみる。結果、どうだったのか。他の一般的な生地は色が大きく変化していたのに、G-SHOCKのTシャツはほぼ変化がなかったのだ。
次に「強度」である。G-SHOCKを開発するときに使う機械を使って、対摩耗性を確認した。何度も何度も生地をこすりつけて、生地の状態はどうなっているのか。また、洗濯することで寸法に変化はあるのか。さらに、成人男性の頭を想定した円筒にTシャツを入れたり出したりして、首回りに変化はあるのかどうか。いずれも基準に達していたので、商品化のめどが立ったのだ。
こうしてG-SHOCKのTシャツが完成したわけだが、社内からは「本当に売れるのか」といった不安があった。というのも、一般的なTシャツといえば、3000〜5000円がボリュームゾーンだが、この商品の価格は1万2100円である(ロングTシャツは1万4850円)。
冒頭で紹介したようにPRはしていないし、価格は高い。さらに、完成が遅れて発売日は8月30日である。例年であれば、店頭に秋物の商品が並んでいるタイミングなので、売れるかどうかの不安があったようだ。しかし、結果は3時間で完売。反響について、メンバーのある人は「G-SHOCKの価値を分かっていただけたのではないか」と振り返っていた。
●タフ作業が続きそう
G-SHOCKのTシャツを開発するにあたって、最も苦労したことは何か。試験を何度も繰り返したことかな? と思っていたらそうではなく、商品の世界観をどのようにして伝えたらいいのか――。このことに頭を悩ませていたようだ。
他社の事例をみると、自社の強みなどを生かして、アパレルに参入しているケースがある。例えば、サッポロビールはビールをつくるときの副産物(麦汁を搾ったあとに派生するモルトフィードや、ホップの収穫時に出る茎や葉など)からデニムを開発した。釣り具メーカーのDAIWAはカーボンの技術を生かして、耐久性と軽量をウリにした傘を完成させている。
ほかにも事例がたくさんある一方で、失敗したケースも少なくない。高級ブランドがトイレ用品を扱うことで、多くのファンが首をかしげたことも。目の前にある「もうかりそうな話」につい手を出してしまって、ブランドの価値を下げてしまうことがある。
このように考えると、Tシャツの「次」にどんな商品を開発するのかが気になるところである。「踏んでも潰れないタフなトイレットペーパー」や「100年使える靴下」などが登場すれば、話題になるかもしれないが、G-SHOCKファンの頭の中は「もやもや」しそうである。
そうならないためにも、商品の世界観をブレずに開発することは欠かせない。プロジェクトチームのメンバーはこれからも、“タフ”な作業が続きそうである。
(土肥義則)
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