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一度は消えたブランドが箱根駅伝で輝きを取り戻している。それが世界に誇る国内スポーツブランドの「アシックス」だ。筆者が学生時代だった1990年代、箱根駅伝ランナーが履くシューズはアシックスとミズノが2大勢力だった。
【画像】V字回復のアシックス 箱根駅伝で「シューズ着用者0人」から復活できたワケは
当時の詳細なデータはないが、箱根駅伝におけるシューズのシェア率は2017年大会でアシックスが31.9%でトップだった。しかし、その後は厚底シューズを投入したナイキが年々シェアを拡大していく。
2021年大会は210人中201人がナイキで出走した一方で、アシックスはまさかの0人。箱根路から姿を消したことになる。それでも2022年大会で盛り返す。シェア率を一気に11.4%まで取り戻したのだ。
その後もアシックスは着用者を増やしていく。2023年大会では15.2%にアップした。前回となる2024年大会には24.8%まで引き上げ、ナイキ(42.6%)に次ぐ2位まで浮上。2025年正月の箱根駅伝はトップを狙える位置につけている。
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見事なV字回復を遂げつつあるアシックス。この数年で何が起きたのか。
●着用者0人からのV字回復 アシックス攻戦の舞台裏
新たなストーリーは2019年から始まった。同年11月にトップアスリートが勝てるシューズを開発すべく、各部署の精鋭を集めた社長直轄組織「Cプロジェクト」を発足させたのだ。CはCHOJOの頭文字で、アシックス創業者・鬼塚喜八郎氏の口癖だった「頂上から攻めよ」からきている。
“ゼロの時代”を経て、2021年3月に発売したカーボンプレート搭載レーシングシューズの「METASPEED」シリーズが突破口となった。
同シリーズはランナーの走り方に着目したシューズで、ストライド型(歩幅を伸ばすことでスピードを上げる)に向けた「SKY」と、ピッチ型(ピッチの回転数を上げることでスピードを上げる)に向けた「EDGE」の2種類があり、ともにストライド(歩幅)が伸びやすい仕様になっている。
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アシックス スポーツ工学研究所の実験では従来品と比較してフルマラソン(42.195キロ)で「SKY」が約350歩、「EDGE」は約750歩少ない歩数でゴールできたという。それだけストライドが伸びれば、タイムも飛躍的に向上する(参照:アシックス「統合報告書2021」PDF)。
新モデルの実力を世に知らしめたのが川内優輝選手だ。2021年3月のびわ湖毎日マラソンで、当時33歳だった川内選手がMETASPEEDのプロトタイプを着用して、2時間7分27秒をマーク。25歳の時に出した自己ベスト(2時間8分14秒)を大幅に塗り替えたことで、アシックスの新モデルが大きな注目を浴びることになったのだ。
以前の取材で、Cプロジェクトのリーダーを務めるアシックスの竹村周平氏は当時をこう振り返っている。
「Cプロジェクトが動き出したときには競合がすごく強くなり、アスリートがどんどん離れている現状がありました。社長からは『とにかく勝てるシューズを作ってくれ』ということだったので、目指す大会から逆算するかたちで取り組みました」
新モデルを開発するには通常、数年の時間を要するが、急ピッチで進められた。そして、わずか1年ちょっとの超短期間で他メーカーも驚くような「斬新なモデル」が完成した。
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●約1年で斬新なモデル開発 「離れ業」成功のカギは
なぜ、これだけの離れ業が可能だったのか。竹村氏は実情をこう明かしている。
「社長直轄というのがすごく大きいと思います。本来ならそれぞれのセクションで決裁が必要になってくるんですけど、社長がOKすればすぐに動き出せる。ものすごくスピードが速くなりました。それに社長は『お金は気にしなくていい』と。サンプルもソールの厚さ、プレートの形などを微妙に変えて複数用意して、契約アスリートからフィードバックをすぐにもらえるようにしたんです。それで短期間で結果を出すことができたかなと思います」
振り返ると、2022年6月中旬のイベントに登場した廣田康人代表取締役社長CEO兼COO(当時)の言葉は自信と刺激に満ちていた。
「アシックスのミッションはパフォーマンスランニングおよびレーシングカテゴリーでナンバーワンブランドになることです。2020年は反転攻勢、2021年は持続的成長を可能とするビジネスの基盤づくりをテーマに掲げ、特に商品の開発に注力してまいりました。2022年以降はこれまで築いてきた基盤の上でさらに躍進していきたいと考えております。そして2025年にはわれわれのミッションを実現したい」
そして2年半前に廣田代表取締役会長CEOが目標に掲げていたリミットがいよいよ迫ってきた。“反撃のアシックス”はいまかなり面白いところに位置している。
●進化を続けるMETASPEED
2022年6月にはランニングエコノミー(ランニング効率)が2%以上も増加した「METASPEED+」シリーズを発売。2024年1月の大阪国際女子マラソンでは「METASPEED」シリーズを着用した前田穂南選手(天満屋所属)が2時間18分59秒を叩き出して、19年ぶりの日本記録を打ち立てた。そして2024年3月には「METASPEED PARIS」シリーズを発売した。
METASPEED PARISはランナーが疲労したときでも適切な姿勢とキック時の角度をキープでき、レース後半でもストライドを保てるように再設計されたモデルだ。
新採用された「FF TURBO PLUS」というミッドソール素材は従来素材と比較して、約8.0%軽く、反発性は約8.2%、クッション性は約6.0%向上した。その結果、SKYは約20グラム、EDGEは約25グラム軽くなった。また「SKY」はカーボンプレート前足部の幅を拡大、EDGEは前足部の厚みを3ミリ増加させたことで反発性がアップした。
新モデルは「スタートからゴールまで、自身のパフォーマンスを最大限発揮できる」と着用する選手からの評価は高いようだ。
10月27日の全日本大学女子駅伝で9年ぶりの優勝を飾った立命館大学の主将・村松灯選手(4年)は「METASPEED SKY PARISはより反発があり、前に進む感じが得られるため、レース後半になっても、しんどいはずなのに脚が前に進みます。またピッチ型とストライド型の2種類あることで、より自分に合ったシューズを選べるのが良いと思います」とコメントしている。
また前回の箱根駅伝は8区を5位と好走して、2月の延岡西日本マラソンを2時間9分26秒で制した早稲田大学・伊福陽太選手(4年)は「前シリーズはSKYの反発性が自分に合っていましたが、PARISシリーズはEDGEの方が反発性と安定感が合っていると感じて、履き替えました。安定感もあるためレース後半でも足が動きます」とMETASPEED EDGE PARISに好感触を得ているようだ。
一度は学生長距離界から消えたアシックスの反撃は続いている。今季の学生駅伝は前年と比べて、10月の出雲駅伝で4.4%、箱根予選会で7.6%も着用率がアップした。全日本大学駅伝でも前年から着用率が2.7%増加しただけでなく、1区(日体大・平島龍斗選手)と8区(駒大・山川拓馬選手)で区間賞を獲得している。
2025年正月の箱根駅伝におけるシューズシェア率はナイキ、アディダスという世界的ブランドとの“3強対決”が有力。2025年までに「パフォーマンスランニング市場のシェア1位を目指す」と宣言しているアシックスは好スタートを切れるのか注目したい。
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