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2025年1月、任天堂は次世代ゲーム機「Nintendo Switch 2」(以下、スイッチ2)の発売を明らかにしました。たった2分ほどのイメージ動画だったこともあり、「どこが進化したの?」と疑問に思った方も多いのではないでしょうか。実際、市場の期待を上回れなかったためか、株価は発表直後に急落し、その後3日連続で下落しました。
しかし、現在は持ち直し、株価は過去最高水準に達しています。任天堂の新機種発表時に株価が下がることはこれまでにもありましたが、その後の回復ぶりを見ると、投資家はスイッチ2そのものよりも、“別の要素”に期待している可能性があります。
果たして、今後の任天堂の成長を支える要素はどこにあるのでしょうか。
本記事では、過去のゲーム機の売り上げの推移を振り返るとともに、なぜ今回のスイッチ2が期待外れだと見なされたのかを分析します。その上で、投資家が任天堂の何に期待し、その期待を上回るためには何が必要なのかを考察します。
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●スイッチ2に見え隠れするWii Uの失敗
市場からスイッチ2が“期待外れ”とみなされた理由を説明するうえで、最初に任天堂の過去のゲーム機の販売傾向を振り返ってみたいと思います。
歴史を見ると、新型機の登場によって既存機の販売台数は例外なく減少してきました。例えば、2004年にニンテンドーDSが発売されると、それまで主力だったゲームボーイアドバンスの販売台数は急激に落ち込みました。さらに、2006年にWiiが登場すると、ニンテンドーDSもその影響を受け、販売の勢いが徐々に衰えました。
こうした流れの中で、特にWii Uの販売台数は伸び悩みが顕著でした。2012年末に登場したWii Uは、前世代のWiiの成功を引き継ぐはずでしたが、結果としてWiiほどの支持を得られませんでした。Wiiが累計1億台以上を売り上げたのに対し、Wii Uはわずか1300万台にとどまったのです。
この要因の一つに、Wii Uのコンセプトが明確に伝わらなかったことが挙げられます。そのため、既存のWiiユーザーがWii Uへスムーズに移行せず、新規ユーザーの獲得にも苦戦したことで、販売が低迷したと考えられます。
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スイッチ2の発表後に株価が下落した背景には、Wii Uの失敗が市場の記憶に残っていることも影響していると考えられます。市場は、スイッチ2がスイッチとどのように異なるのかを明確に認識できず、Wii Uのように買い替え需要や新規需要を十分に獲得できないことを懸念したのです。
スイッチは、スイッチライトや有機ELモデルを投入しながら売り上げを維持してきました。ですが、スイッチ2という新型機が発売されることで、既存機の販売が落ち込むことは不可避でしょう。
前述のようなWii U失敗の記憶があるからこそ、市場はスイッチ2に対して慎重になっています。それに加え、スイッチの販売期間が8年目に突入するほど長期化していることも、市場が「スイッチ2が本当にスイッチの人気を超えられるのか」とより厳しく見る要因となっています。
●新型機の発売による在庫リスクへの警戒感
また、市場が警戒するポイントの一つに、在庫を示す「棚卸資産」があります。2025年3月期中間決算を見ると、任天堂の棚卸資産は過去と比較して大きく増加していることが分かります。これはスイッチやゲームソフトの販売価格上昇が影響していると考えられます。
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しかし、ここで注目すべきは、2012年にWii Uが発売された後の在庫の動きです。発売後に在庫が倍増し、その後もなかなか減らず、売れ残った在庫の処理に苦しんだことが分かります。
在庫が増加すると、値引き販売や、最悪の場合は廃棄を余儀なくされます。こうした在庫処理の影響で、2013年3月期から2017年3月期の決算は非常に厳しいものとなりました。
過去の苦い経験があるからこそ、市場はスイッチ2が順調に販売を拡大できるのか、慎重に見極めようとしているのでしょう。
●新機種の売上以上に投資家が期待していること
スイッチ2の発表直後こそ株価は下落しましたが、その後持ち直し、現在は過去最高水準となっています。これは、市場はスイッチ2の販売だけでなく、それ以外の要素にも期待を寄せていることを示しています。
この“それ以外の要素”を指摘したのが、米国の投資ファンド「バリューアクト・キャピタル」(以下、バリューアクト)です。バリューアクトは2020年に任天堂の経営戦略について提言し、大きな話題となりました。
ロイター通信の報道によると、バリューアクトはコロナ禍に入った2020年4月ごろに任天堂と接触し、企業戦略の転換を求める動きを見せました。当時、バリューアクトは日本市場への投資を強化しており、セブン&アイ・ホールディングスにも接触。その流れで任天堂にも積極的に関わり始めたとみられます。
バリューアクトは、任天堂に対し「ゲーム機の販売だけでなく、コンテンツをより広く活用すべき」と指摘しました。ポケモンやマリオなど、ディズニーやNetflixと並ぶ強力なIP(知的財産)を多数保有していながら、それを十分に活用できていないと見られていたためです。
実は、バリューアクトからこうした指摘をされる前の2015年に、任天堂はDeNAと資本業務提携し、スマホゲーム事業の強化を発表しています。また、2016年には米ユニバーサル・パークス&リゾーツと業務提携を結び、任天堂ゲームの世界観を体験できるテーマパークエリアを展開しました。
2018年には米イルミネーションとの協業による米国での映画制作や、サイバーエージェントのゲーム事業子会社「サイゲームス」との資本業務提携によるスマホ向けゲーム開発などを次々に発表しています。
しかし、バリューアクトが任天堂に接触した2020年当時は、これらの事業がまだ表面化しておらず、投資家から十分に評価されていませんでした。そのため、バリューアクトは「さらなる成長にはより積極的なIP活用が必要だ」と指摘したのです。
●ゲーム機を売って終わりではなく、継続的な収益を生む
バリューアクトが指摘した背景には、ゲーム業界全体が過去10年間で大きく成長する中、任天堂の成長スピードがそれほど速くなかったことも影響しています。
ニンテンドーDSやWiiの成功の後、ニンテンドー3DSやWii Uが伸び悩んだことで、任天堂の収益構造がゲーム機のヒットに過度に依存していることが明らかになりました。ゲームソフト売り上げの約7割が自社コンテンツに偏っていたことも、成長の鈍化を招いたと考えられます。
バリューアクトは「優れたコンテンツを持っているのに、なぜこれほど成長が鈍いのか」と疑問を呈し、よりオープンなプラットフォーム化やM&Aを通じた事業拡大を提案しました。特に、Netflixのように自社コンテンツだけでなく、他社を買収・提携することで外部のコンテンツを取り込み、より多くのユーザーに提供する仕組みを構築すべきだと主張しました。
バリューアクトは、過去にマイクロソフトに投資し、SaaS型ビジネスへの転換を促し、企業価値を大幅に向上させた実績を持っています。SaaS型ビジネスとは、従来の「ソフトウェアを一括提供するモデル」ではなく、クラウド上で継続的にサービスを提供し、定期的な課金を通じて安定的な収益を得る仕組みのことです。マイクロソフトは、パッケージ販売が主流だった「Microsoft Office」などをサブスクリプション型の「Microsoft 365」に移行することで、長期的な収益基盤を確立しました。
この成功を踏まえ、バリューアクトは任天堂に対しても、「ゲーム機とゲームソフトを売って終わるのではなく、サブスクリプション型などを活用し、継続的に収益を生むビジネスモデルへの移行が必要だ」と考えたのだと思います。
●圧倒的な資金力がありながら、資本効率に大きな課題
任天堂は極めてキャッシュリッチな企業であり、膨大な現金資産を保有しています。しかし、その豊富な資金を十分に活用できていないことも、バリューアクトをはじめ多くの投資家からの指摘を受ける要因となっています。
売上高の推移を見ると、2001年3月期には約4600億円だったものが、2009年3月期には1兆8000億円以上に急拡大しました。しかし、2015年3月期には6000億円弱まで落ち込み、その後2018年3月期以降は再び1兆円を超えるなど、非常にボラティリティ(変動性)が高い推移を見せています。
こうした売り上げの変動に備えるためか、固定資産よりも流動資産のほうが圧倒的に多く、その多くを現金が占めています。2001年3月期時点で流動資産は9500億円以上に達しており、業績が厳しかった2015年3月期ですら1兆円を超えていました。さらに、2021年3月期には利益率の向上もあり、流動資産は2兆円を突破。2024年3月期には2兆5000億円を超えるまでになっています。
この規模は、仮に2年間ほとんど売り上げがなくても存続できるほどの水準であり、同業他社と比較しても圧倒的な財務基盤を持っている状態です。
一方で、資本効率の観点での問題が指摘されています。株主や債権者から調達した資金でどれだけ効率よく収益を上げたかを示すROIC(投下資本利益率)は、10%から30%前後で推移しています。しかし、ROICを算出する際、分母に現金を含めず、売掛金や棚卸資産などの事業資産のみで計算すると、WiiとニンテンドーDSが好調だった2010年3月期には550%を超えるリターンを記録しています。
スイッチの売り上げが伸びた2021年3月期には200%以上となり、直近も130〜200%台と、依然として驚異的な数字です。しかしこれは、驚くべき収益を上げながらも資金が十分に活用されず、現金を持ちすぎていることを示しています。
こうした資本効率の悪さが、アクティビストを含む投資家からの「資本を有効活用し、株主に還元すべき」という声につながっていると考えられます。任天堂側もこうした指摘を受け、近年ではM&Aや投資に資金を活用しています。しかし、それでもなお膨大な現金を保有しているため、投資家の目は厳しく、新たな成長戦略が求められています。
任天堂は「新しいゲーム機の販売が成功すれば現金がさらに積み上がり問題視され、失敗すればその資金の使い方が批判される」というジレンマを抱えています。そのため、近年はIPをより有効活用することが重要な成長戦略の一つと考えられているのです。
●新機種よりも注目すべきは、任天堂のIP戦略
これまで、任天堂の成長を大きく左右してきたのは、ゲーム機やゲームソフトの売り上げでした。しかし、上述のような投資家からの指摘もあり、近年は、IPの活用とその成長が、投資家の期待を上回れるかどうかの重要なポイントになっています。
任天堂の売上構造を見ると、2025年3月期中間決算において、全体の約7割が自社のゲームソフトによるものでした。しかし、近年はデジタル販売の拡大に加え、他社のIPを活用したゲームソフト販売の比率も増加しており、新たな収益機会が生まれています。他社のIP活用により、任天堂のさらなる収益拡大が期待されています。
一方で、それ以上に重要なのが任天堂自体が保有するIPの活用です。ポケモンやマリオは世界的に人気を誇るIPで、特にポケモンはディズニーキャラクターをも大きく上回る収益を出しているとの調査もあります。
そうした大人気キャラクター以外にも、任天堂は「星のカービィ」や「ゼルダの伝説」といった強力なコンテンツを持っています。ポケモンやマリオは、ゲームのみならず映画やアニメ化などを通じてその価値を高めてきました。今後、カービィやゼルダなどのIPがゲーム以外の領域で活用されることで、さらなる市場や売り上げの拡大が期待できます。
実際、2024年3月期の有価証券報告書では、オフィシャルストアでのグッズ販売による収益が記載されるようになっており、新たな収益源として成長してきていることが確認できます。
例えば、日本市場におけるグッズ売り上げは2023年3月期の39億円から、2024年3月期には87億円へと倍増しました。また、米国の「モバイル・IP関連収入等」も、映画化の成功が好影響を与えたことで、2023年3月期の263億円から2024年3月期には620億円と大幅に増加しています。
IP戦略がもたらす世界での売上成長にも注目が集まっています。現在、日本以外では北米が主な収益源となっていますが、新興市場での成長も加速しています。
2025年3月期中間決算の決算説明資料によると、日米欧以外の「ゲーム専用機売上高」は2017年3月期の249億円から2024年3月期には1601億円に増加し、「ハード販売比率」も5.4%から11.9%へと伸びています。こうした地域での売上拡大をさらに推し進める上でも、IPを活用したグローバルなブランド認知の強化が欠かせません。
こうしたIP戦略の一環として、USJに加え、シンガポール、ハリウッド、オーランドでも「スーパー・ニンテンドー・ワールド」の展開が進んでいます。2025年には新たにオープンする施設も予定されており、IPの活用が着実に拡大しています。
任天堂のスイッチ2の市場での評価ももちろん重要ですが、今後の成長を左右するのは、むしろIP戦略なのかもしれません。今後、IP戦略がどのように展開されるのか、その動向に注目したいと思います。
(カタリスト投資顧問株式会社 取締役共同社長/ポートフォリオ・マネージャー、草刈 貴弘)
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