限定公開( 17 )
深夜から朝、ゴールデンタイムと、さまざまな時間帯で放送されてきた日本のアニメ作品。その中でも、国民的アニメと呼ばれる『ONE PIECE(ワンピース)』が、長年続いてきた日曜朝の放送枠から、2025年4月より日曜夜へと移行する。この変更の背景には何があるのか。メディア環境の変化やコンテンツ戦略の思惑について考察したい。
【画像】「バルス」という台詞がSNSでたびたび話題になるジブリの名作
●戦略的な放送時間変更
ワンピースの新たな放送時間は2024年12月のジャンプフェスタ2025で発表されており、集英社は「アニメを見たらすぐジャンプ」というコンセプトを掲げていた。これは日曜夜にアニメを視聴した直後、月曜日発売の週刊少年ジャンプへのスムーズな誘導を狙ったものだろう。
特に近年成長している電子版「少年ジャンプ+」では日付が変わると同時に最新話を読めるため、午後11時45分のアニメ放送終了から間をおかずに原作漫画が更新されるという連続的な体験を提供することとなる。
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この背景には、原作の完結に向けた盛り上げ施策という側面も垣間見える。連載25年を超えるワンピースは作者の尾田栄一郎氏も「最終章に入った」と明言しており、そう遠くない未来に完結すると考えられる。そのクライマックスに向け、アニメと原作が連動してファンの熱量を上げる狙いもあると考えられる。
また日曜日の午後11時15分〜午後11時45分の枠への変更が可能となった要因の一つには、この時間帯が『鬼滅の刃』が放送されていた枠だったこともあるだろう。ジャンプ読者にとっても実績のある時間帯であり、心理的なハードルも低い。
●配信時代におけるテレビ放送の役割変化
かつてテレビ放送は、アニメ作品を視聴する上での必須チャネルであった。しかしNetflixやAmazonプライム・ビデオ、HuluやU-NEXTなどの配信サービスが台頭した現在、視聴者は放送時間にしばられることなく、いつでもどこでも好きな作品を楽しめるようになった。単に視聴するだけであれば、テレビ放送である必要性はなくなったのである。
その環境下で浮上するのが「アニメ×テレビ放送の新たな役割とは何か」という問いだ。
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答えの一つは「同期性」という価値である。X(旧:Twitter)やInstagramなどのSNSを通じてリアルタイムに感想を投稿・閲覧・共有できる現代において、全国に散らばる視聴者が同じコンテンツを同時に視聴している環境は、テレビ放送ならではの特性といえる。
この「同期性」発揮の代表例として挙げられるのが、日本テレビの金曜ロードショーにおける『天空の城ラピュタ』だろう。SNSが浸透するはるか以前の2000年代前半から、インターネット掲示板を中心に同時視聴を行う文化があり、本作品は特に同時視聴者が多いコンテンツとして知られていた。クライマックスにおける「バルス」と同時にあまりに多くの「バルス」が投稿されサーバが落ちるという話は、聞いたことがある人も多いのではないか。
時代を経て、現在ではSNSに場を移し、放送されるたびに「バルス」がトレンドに上がり続けている。このような同期性を生かした体験は、現在の生活形態においては日常の中の非日常、イベント性を持った価値といえるだろう。
同じコンテンツを好む見知らぬ人々と、同じ時間に同じ作品を視聴し、同じように感情を共有する体験。かつては家族や友人と、物理的に同じ場所でテレビを囲む当たり前の「日常体験」だったものが、時代を経て形が少し変わり「非日常体験」として新たな価値を持つようになったのは興味深い。
●新たなメディアミックスの形
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ワンピースに話を戻そう。本作品に特化して述べると、長年続いてきた日曜朝のテレビ放送という日常に溶け込んだ体験から、日曜夜のテレビ放送と月曜更新の「少年ジャンプ+」を連動させた「週に一度の非日常体験」へと変化させ、物語のクライマックスに向けた熱量向上を図る狙いが見て取れる。
これは単なる時間変更にとどまらない。アニメ放送と原作漫画の配信を時間的に近接させることは、ファンの熱量を維持したまま両メディアを横断させ、相互に盛り上げることが可能となる。視聴者は日曜夜にアニメを楽しんだ直後、その余韻が冷めないうちに原作最新話を読むことができる。この連続性が生む没入感と高揚感は、従来のメディアミックスにはない新たな体験といえるのではないか。
さらに、SNS上での同時視聴による盛り上がりと、原作へのシームレスな接続は、コミュニティ形成にも一役買う。「みんなで同時に見て、すぐに次を読む」という共通体験が、作品への帰属意識を高め、ファン同士の絆を深める効果も期待できる。
この試みが成功すれば、メディアミックスにおける新たな手法として、他の人気作品にも波及していく可能性がある。アニメ放送の時間帯変更という一見細かな出来事の先には、新たなファンの熱量増加、コンテンツマーケティングの新手法があるのかもしれない。
●著者プロフィール:滑 健作(なめら けんさく)
株式会社野村総合研究所にて情報通信産業・サービス産業・コンテンツ産業を対象とした事業戦略・マーケティング戦略立案および実行支援に従事。
またプロスポーツ・漫画・アニメ・ゲーム・映画など各種エンタテイメント産業に関する講演実績を持つ。
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