バラバラになってしまった能登の「お神輿」…姫路の棟梁が半年かけて修復 2つの地域を結んだのは「お祭り」への愛だった

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2025年04月09日 07:00  まいどなニュース

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組み上げられたお神輿(提供:不徹寺)

「建物ごと粉砕されて大破したお神輿。棟梁が正月から休みなしで根詰めて組み上がったよ」

【ビフォー&アフター】バラバラになってしまったお神輿、見事復活

兵庫県姫路市にある尼寺、臨済宗妙心寺派の「松壽山 不徹寺」(しょうじゅざん ふてつじ。以下、不徹寺)のX(旧Twitter)アカウントでの投稿に、大きな反響がありました。令和6年能登半島地震で壊れてしまったお神輿が、姫路で修復されるまでに、どんないきさつがあったのでしょうか。

組み立て前の状態と、完成したお神輿の写真とともに、「無いパーツは作り出してさ。姫路が屋台作り続けてくれたから保持できてた技術と輪島で300年近く大事に保ってきたお神輿があって、どちらともの素晴らしさが形になったと思う。言葉がないわ」と、姫路の職人の高い技術と熱意で修復されたことが伝わってきます。

「素晴らしい技術」「凄い腕だ」「棟梁かっこいい…!」「本当にすばらしいことです!」と感動の声とともに、「姫路の祭りが能登の文化に貢献するなんて…思ってもみなかった…」「姫路の祭がこんなとこで活躍するなんて嬉しい」などのコメントも。

北前船で栄えた輪島市門前町黒島町でのお祭りで使われていたお神輿が、遠く離れた兵庫県姫路市網干の不徹寺と、どのようにつながり、修復にたどり着いたのでしょうか。不徹寺Xアカウントの中の人に聞きました。

「元日にたまたま輪島市出身の子が……」

不徹寺の住職・松山照紀さんの秘書を務め、黒島町での支援活動を行う「黒島支援隊」の代表、稲垣智美さん(以下、稲垣さん)がXのアカウントを運営し、この修復を実現する一端を担ったそうです。

きっかけとなったのは能登半島地震後に、姫路市で結成された黒島支援隊。住職の松山さんと、稲垣さんの2チームに分かれ、輪島まで車で8時間かけていき、各チーム月2回ほど黒島町に滞在し、在宅の見守りや地域の人が集まるサロン活動などを行っています。

その黒島支援隊の結成時について、「不徹寺では女性支援の駆け込み寺として困っている女性の受け入れや相談などをおこなっています。2024年の1月1日にも、“おひとりさま”で実家に帰る予定のない女性たちに『みんなでおせち食べておとそ飲んでのんびりしよう』と電話をかけて集まっていました」と稲垣さん。

集まっておしゃべりやごちそうを楽しんでいる時に、地震の一報が入りました。

「その場に輪島市門前町の黒島町出身の方がいました。彼女の実家や友だちが大変だと聞き、『行こうよ、みんなで。困った時はお互い様なんだから』と、お寺に集った女性たちでメンバーを募りました」

元日に発足し、2日には名称や運営メンバー、代表を決定。黒島支援隊という名に決まった理由は、「能登の他のエリアを手広く支援するのは私たちの技量では無理です。そこで、黒島町出身のメンバーを支える形で結成されたことから、どこの支援を行っているのか、名前を聞いたらわかってもらえる方が、“余所者”として地域に入りやすいという考えもありました」と説明します。

黒島町の人に現状を確認した上で、現地に行く日を話し合い始めるなど迅速に行動。ボランティアを募り、2月7日には、初めて黒島に入りました。

「お祭りの話でいつも盛り上がるんですよね」

女性メンバーが中心だった黒島支援隊は、建物の解体や瓦礫運搬などハード面よりも、サロン活動や訪問で住民から話を聞くソフト面に重点を置いて支援を行い、黒島町の話を聞く機会が多かったそうです。

「お祭りの話でいつも盛り上がるんですよね。地震が起こってから、なかなか目の前のことが好転していかない状況にあっても、『自分たちの町のお祭りがこんなに楽しいんだ』と、ことあるごとに話されていました」

その“お祭り”とは8月17日・18日に黒島町で開催される『黒島天領祭』のこと。大阪城と名古屋城をかたどった輪島塗総金箔仕上げの曳山で知られていますが、お神輿も登場します。曳山は無事だったものの、若宮八幡神社の敷地内のお神輿が入っていた建物は大きく崩れていました。

「皆さんの話を聞きながら、私たちが住めなくなった家を1軒1棟更地にすることはできないけれど、お神輿を修復することで『自分たちの町ってこんなに素晴らしいものがあるんだ』とアイデンティティを再認識して頂き、それが希望の光になったらいいなと思うようになりました」

想像以上の壊れように、棟梁は絶句も…

稲垣さんは、曳山の保存会の氏子総代の方を紹介してもらい、修復できるかどうか見せてほしいとお願い。姫路にいた住職・松山さんには地元で付き合いのあった、社寺建築や和風建築、姫路の屋台(曳山)などを設計している福喜(ふくよし)建設の福田棟梁に「出番やで」と声を掛けてもらったそうです。

「棟梁も『ほな行ったるわ』って大工道具持って、姫路にいたメンバーと一緒に4月に黒島まで来てくださいました」

福田棟梁と黒島支援隊のメンバーが目にしたのは、建物ごと全部屋根に押しつぶされる形で粉々になってたお神輿で、一番小さい部材は2センチ角くらいになっていたと言います。

「お神輿は300年くらい前に作られたものなんだそうです。福田棟梁は仕事柄お祭りが地域の人たちにとってどれだけ大事なのかよくご存じで、みんなが大切してきた古いものが粉々になってるのを見て、大変ショックを受けられていました」

その場で直すつもりで、大具道具を持参した棟梁でしたが、想像以上の壊れように絶句してしまいます。

「途方に暮れている棟梁を見て、氏子総代の方から『創作でもいい、何でもいいから神輿を作ってほしいんや』と言われたそうで、その言葉にお祭りへの熱意を感じ、引き受けてくださいました」

「バラバラの廃材と写真を見比べて」

黒島支援隊は建物の中からお神輿の細かい部材をかき集め、福田棟梁は6月に改めてトラックで現地入りして、全ての部材を載せ、姫路に運び福喜建設に搬入しました。

「原形がわからないと組み立てもできないので、資料を集めるために、お祭りのYouTubeを見たり、地元の人に写真をお願いして回ったり。ただ、お祭りの準備中はあんまり撮影されておらず、飾り付けたお神輿のものしかなくて細部がわからなかったんです」

答えが見えないままに、「手元にあるバラバラの部材と写真のお神輿とを見比べて、『ここだろ』『ああだろ』と完成図を描きながら部材確認みたいなことをさせてもらっていきました。『これは何だろう』って似た形の部材をより分けていく作業が一番しんどかったですね」と、手探り状態が続いたそう。

見つからなかった部材は、残っていたものを参考に福田棟梁が設計し直し、木材から削り出して、欠けている部分に合うように一つひとつ作りあげました。

大変な作業の中で、発見や喜びも。「お神輿のこんなところに象がいるとか、四神が全部形が違うとか、解体したからこそ気がつくこともたくさんありました。一番地元の方が驚かれていたのは、屋根部分の銅板を修理のためにはがしたら、黒の総輪島塗の屋根だったことです。80代、90代の方に聞いても、『今まではがして修復なんかしてないので。そんなことになってたなんて知らなかった』と。町の人にとっても新しい発見があったのは興味深かったですね」

材料費や技術料などは黒島支援隊としては支払う予定はあったため請求書に記してもらっていましたが、福田棟梁はお神輿の修復はボランティアだとして、料金の受け取りを固辞されたそうです。「お神輿の修復をお祭り好きが集まるきっかけにしたい。黒島町に返却する時にかかる費用は、今後クラウドファンディングなどで寄付を集めようと考えています」

「すごいことができる人があなた達の町に」

2月18日、ついにお神輿の修復が完了。3月8日には神社の氏子総代や曳山保存会代表、消防分団長、副区長など関係者のみによる完成見学会が姫路で行われました。お神輿を見た黒島の人たちは「修復した跡がどこかわからない!」「こんなふうに生き返るとは思わなかった」と驚き感動していたとのこと。「自分たちの祭りに姫路の人を招待したいな」と早くも今年の祭りに向けて意欲を燃やす人もいたそうです。

しかし、お神輿が修復されたら何もかも解決、というわけではありません。

「お神輿は保存していた建物ごと崩れていたので、この先、どこに保存するかが次の課題になっています。姫路に見に来られたみなさんは『町に戻ったら協議する』とおっしゃっていました」

お神輿は8月の黒島天領祭のある約1カ月前の7月末くらいまで、姫路での展示の計画が進行中。「姫路市の人たちにも『すごいこと(お神輿の修復)ができる人があなた達の町にいますよ』ということを知って頂きたい。また、そういう人がいるってことは、みんなが守り続けてきたお祭りがあったから、周りまわって被災地の支援になったんだよって知ってもらいたくて、姫路市で一般公開がしたいです」

展示の際は輪島のことも知ってもらえるよう、物産展の同時開催も考えていると言います。

◇  ◇

元日に集った女性の中に偶然黒島町の女性がいたことで、彼女の家族や友人、故郷の人を支えるために災害支援が始まり、現地の人の話からお祭りやお神輿について知り、姫路の職人の協力で修復する。450キロ以上の距離を超える支え合いを振り返り、稲垣さんはこう語りました。

「地域の文化を守っていくことが、遠くの町の伝統文化を守ることにもつながります。次につないでいくというのが非常に難しくなっているなかだからこそ、輪島でも、姫路でも、それぞれ自分たちの町の素晴らしい伝統文化を大切にしていってほしいなと思っています」

(まいどなニュース/Lmaga.jpニュース特約・谷町 邦子)

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