『ジャンプ』伝説の編集者が「最初に出したボツ」 その真意とは?

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2025年04月19日 14:01  ITmedia ビジネスオンライン

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『ボツ〜「少年ジャンプ」伝説の編集長の“嫌われる”仕事術〜』(小学館集英社プロダクション)

 『週刊少年ジャンプ』で、『DRAGONBALL』(ドラゴンボール)や『Dr.スランプ』(ドクタースランプ)の作者・鳥山明さんを発掘した漫画編集者の鳥嶋和彦さんが5月22日、2冊目の著書『ボツ〜「少年ジャンプ」伝説の編集長の“嫌われる”仕事術〜』(小学館集英社プロダクション)を上梓する。


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 「伝説の編集者」と呼ばれる鳥嶋さんは1996年から2001年にかけて『ジャンプ』で編集長を務め、『ONE PIECE』『NARUTO-ナルト-』といった国民的漫画の連載誕生にも関わった。今回出版される『ボツ』では、そんな鳥嶋さんがメガヒット作品を生み出す秘訣と仕事術を余すところなく披露しているという。『DRAGONBALL』の誕生秘話の他、『Dr.スランプ』のアニメ化は失敗だったと語る理由、『ONE PIECE』が連載になるまでの真相も盛り込まれている。


 鳥嶋さんの仕事を語る際に欠かせないのが、本書のタイトルでもある「ボツ」だ。鳥嶋さんは「鬼の編集者」といわれ、漫画家がどんな状況であれ、原稿が面白くなければ容赦なくボツを出していたことで知られている。だが、そんな鳥嶋さんも新入社員のときからボツを連発していたわけではないという。鳥嶋さんが初めてボツを出したのは、どんな状況だったのか? なぜボツを出したのか? 


 鳥嶋さんの代名詞である「ボツ」を初めて出したときの状況と、その真意を聞いた。


●締め切り前夜に「初めてのボツ」 なぜ?


――鳥嶋さんが初めてボツを出したのはいつ、どういう状況だったんですか。


 僕が集英社に入ってほどなくして、平松伸二さんの漫画『ドーベルマン刑事』を担当していたときですね。先輩から引き継いで担当した作家でした。平松さんの絵をずっと見ていて、劇画タッチでアクションや男性を描くのはかっこいいし、うまいと思いました。ですが、女性の顔がどれも同じように見えたんです。髪型が違うだけで、男性も女性も同じ顔なんです。つまり、女性の絵が男性のものに引きずられていて、うまく描き分けができていないと分かりました。


――主人公ではなく、女性キャラのほうが気になったんですね。


 美人はぎりぎり描けるけど、なんでかわいい女の子は描けないんだろう? と思っていました。ほかの少女漫画を見ていると、キャラクターの描き分けがもっときちんとできている。小学館の資料室で少女漫画まで含めて幅広く読んでいたので、他の作品との違いにはすぐに気付きました。僕は『ジャンプ』の漫画だけを見ていたわけじゃないので。


 それで『ドーベルマン刑事』のある回で、新しい女性キャラクターが登場してきました。でも、かわいい子のイメージのはずなのに、平松さんはまたそれまでと同じような女性像で描いてきたんですね。下絵を見て、すぐに「違うな」と思いました。完成原稿が上がってきても、また「違うな」と感じたんですけど、そのときは原稿を受け取ってそのまま編集部に持って帰って来ました。でも、どうしてもその原稿を印刷に入れる気にならなかったんですよね。


――入稿日はいつだったんですか。まだまだ余裕はあった感じですか?


 翌日でした。ぎりぎりじゃないけど、もう入れなきゃいけない。それで意を決して、すぐに平松さんのところへ行きました。平松さんの担当になったのは、先輩から引き継いで途中からでした。だけど、ときどきエッチなビデオを持って行っては雑談をするなど、そのときには彼とはもうコミュニケーションを十分に取れる関係を築いていた状況でした。


 だから、そこで彼の絵についてずっと思っていたことを話して、「今回はイメージが違う」ってことを伝えたんですね。すると、彼はひと言、「分かりました」と言ったんです。「じゃあ変えればいいんですね」って。


 平松さんのところには『明星』という雑誌を持っていきました。そこには、人気アンケートのリストに女優の榊原郁恵さんが載っていました。まだあまり知られてはいないけれど、人気が出てきている榊原さんの写真を見せたわけです。今回のキャラクターに近いイメージだったので。平松さんは「じゃあ、これをもとにまずスケッチしてみます」と言ってくれました。


――その場で描いてくれたのですか。


 すぐにイメージにぴったりの絵が上がってきました。「これだ!」っていうのが。じゃあ、このキャラクターで全部描き直してもらえますか? と、思い切ってお願いしました。アシスタントはどうしますかって聞くと、「いや僕一人でできますから」「全部、顔を直すだけですから」といい、一晩かけて顔だけを切り貼りして直してくれました。


――全ての箇所ですよね? もう徹夜になりますね。


 その直し原稿で出した回が、読者アンケートでいきなり5位ぐらいに上がったんです。それまで『ドーベルマン刑事』は10位前後でした。


――直しを入れた効果がすぐに出たんですね。


 ちょうどそういうソフトなラブコメ的な流れが、少年誌にも来ていたときでした。『サンデー』では、あだち充さんが出てきたかどうかの頃。高橋留美子さんはまだ出ていないかな。『マガジン』には『翔んだカップル』がありました。そういう流れが来ているなかで、『ジャンプ』では刑事ものとか、いまだにハードな作品しかやっていなかったんです。そうすると、やっぱりマンネリだったんですよね。そこに今までと違うビジュアルのキャラが入ったことが新鮮だったんじゃないかなと思います。読者の目を引いたんですね。


 読者アンケートの答え方って、全作品を読み比べてから点数を付けて上から3つを選ぶんじゃないんです。子どもたちは、印象に残ったものだけに〇を付けるわけですから。


――読者は驚いたのかもしれませんね。あれ? 『ドーベルマン刑事』でこんなキャラが出てきた! と。


 人気が上がって、すぐに原作の武論尊さんとの打ち合わせに行ったら、彼がすでに準備していた回の内容を「やめよう」と言いだし「その新しいキャラクターで続きを書こう」ということになりました。


――その対応の速さもすごいですね。アンケートの結果をすぐに作品に生かした。読者の声を素直に取り入れたわけですね。


 次の話は前後編でやろうとなって、その前後編が出ると、アンケート順位はさらに3位、1位と上がっていきました。その女の子のキャラを、もう全面に出したわけです。キャラが当たったんですね。


――そこで鳥嶋さんは初めて読者アンケートで1位を取ったわけですよね。年齢やキャリアに関係なく結果を出した。それってとても面白いですね。


 『ジャンプ』に配属されるまで漫画は読んだこともなかったのですが、初めて「ああ、この仕事も面白いな」と感じました。同時に、嫌な言い方をすると、「簡単だな」って思いました(笑)。これで1位を取れるんだって。


――嫌な若手編集者ですね(笑)。確かに、原稿を見て発想や気付き一つで風向きが変わるということを体感したのかもしれないですね。


 こうやって話していると、この成功体験にはいくつかのポイントがあると思いますね。作家ときちんとコミュニケーションを取れる状態になっていて、時間的な余裕ができていたこと。武論尊さんという原作者が、柔軟性があると同時に「このままじゃまずい」という危機感も持っていたこと。タイミングがよかったんだと思うんですよね。


 もしそこで僕が描き直してもらうことに対して、勇気を持って踏み込まなかったら、結果は出なかったかもしれない。そうすると、僕はもうそのあと『ジャンプ』編集部にいられなかったかもしれないなと感じますね。


――アンケート至上主義の『ジャンプ』で、編集者として生き残るのは大変なことですよね。言いづらくても、ちゃんとボツを出せるかどうか。その一言を言えるかどうか、ですね。


 どんな編集者も作家の原稿を見て、「ん?」と感じるときがあると思います。違和感には気付く。でも、それを言えるかどうか。実行できるかどうか。そこで運命が分かれます。 言えなかった人間は、作品を変えられない。結果、作品も立て直せないし、作家とコミュニケーションも取れません。


 僕はやっぱり、その原稿をどうしても印刷へ入れるのが嫌だっていう思いがあったんですね。結果が出た後にまず思ったのは、自分がこうかなと思ったことはちゃんと信じて、もっと早く言わなきゃダメだってこと。躊躇すると、その結果、最後に迷惑をかけるのは作家ですから。


――それまでずっと自分がOKしていたのに、ってことですね。だから鳥嶋さんは、そのときに結果が出たけど、同時に反省もしたわけですね。思ったことはズバッと言わなきゃいけないんだと、痛感した。


 「編集者のひと言は重いんだな」と思いました。それからはよく人にも言いましたけど、編集者のひと言っていうのは、契約書と一緒だってこと。僕らが発言していることに対しては、やっぱりそれなりの重さを感じて、責任を取らないといけないんです。


――そうですよね。作家はその言葉を信じて描くわけですからね。でも、その描き直しがなかったら編集部にいられなかったかもしれないって。最初のボツを出したエピソードを、いま振り返ってもそれぐらい大きな出来事として受け止めているんですか。


 大きなことだと受け止めていますね。そこで初めて、編集者の仕事の面白さ、大変さ、重さが分かったからです。だけど一方で、みんなが見上げているような「読者アンケート1位」って、いとも簡単に取れるんだ、とは感じましたね(笑)。普段、ご大層に言っていることって、たかだかそんなことじゃんって。


――なるほど。以前のインタビューでも「思い付きが企画で、雑談がプロジェクト」と話していましたが、仕事をつい大層なことだと捉えるから、いま目の前にある小さなことに気付きにくくなるのかもしれませんね。


●勝負所で逃げてはいけない


 以上が鳥嶋さんへのインタビュー内容である。


 『ジャンプ』で、読者の声、つまり顧客の声(VOC)を吸い上げる役割を果たしているのが当時も今も読者によるアンケートだ。アンケートの順位によって、その漫画の連載を継続するかどうかも決められていた。その意味で、アンケートは重要なデータであり、『ジャンプ』はデータドリブンな雑誌だといえる。


 鳥嶋さんは編集者として読者アンケートやトレンドを読み、作家である平松伸二さんとコミュニケーションを取ることで、顧客の声と平松さんの描きたいものとのギャップを埋めていたのだ。その方法論として、キャラクターにボツを出し、適切に機能させていたといえる。


 編集者と作家の関係でなくとも、仕事では「言いにくいこと」「指摘しにくいこと」が常に存在する。上司や部下の関係においては日常であるし、取引先に対してはなおのことだ。ただ、鳥嶋さんの初めてのボツのエピソードで明らかになったように、勝負所で何かを指摘することから逃げ、うやむやにしてしまったら、それが運命の分かれ目になる可能性がある。部下に指導する立場の管理職層こそ、相手に指摘することや、向き合うことの意味を学び取ってほしい。


(アイティメディア今野大一)



このニュースに関するつぶやき

  • 『ドーベルマン刑事』�� リアタイで読んでたから、このエピソードはなかなか興味深いなぁ���饯��
    • イイネ!8
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