ジブリ『紅の豚』の原作漫画は、わずか15ページの短編だったーー宮崎駿はどう「長編映画」に変化させたのか

38

2025年05月09日 08:00  リアルサウンド

  • チェックする
  • つぶやく
  • 日記を書く

リアルサウンド

 © Studio Ghibli
■紅の豚「原作漫画」の存在

 本日5月9日(金)、「金曜ロードショー」(日本テレビ系)にて、宮崎駿監督の『紅の豚』(1992年)が放送される。


  主人公は、腕利きの飛行艇乗り、ポルコ・ロッソ。自らに“魔法”をかけて「豚」になったという彼は、いまは空賊相手の賞金稼ぎを生業(なりわい)にしている。


  物語の舞台は、1920年代のイタリアとアドリア海。ファシズムが台頭し、新たな戦争の影が迫りつつある時代、「飛ばねぇ豚はただの豚だ」という彼は、ひとりの少女の運命をかけて、アメリカ人のパイロットと対決することになるのだった――。


  さて、実はこの『紅の豚』、『風の谷のナウシカ』と同じように、宮崎駿が手がけた「原作漫画」があるということをご存じだろうか。といっても「ナウシカ」のような壮大なスケールの物語ではない。全3話、わずか15ページの愛すべき“小品”――『飛行艇時代』という作品が、『紅の豚』の原作漫画である。


徐々に変化していった『紅の豚』の企画と原作漫画

  宮崎駿の『飛行艇時代』は、1990年、模型雑誌「月刊モデルグラフィックス」(3月号〜5月号)にて連載されたオールカラー・コミックである。前述のようにわずか15ページの作品ではあるが、細かいコマ割りと巧みなモンタージュが施されているため、かなり読み応えがある。


  もともとは、1989年の夏、宮崎がプロデューサーの鈴木敏夫に、「15分程度の趣味的な短編映画」の企画を持ち込んだのがことの発端のようだ。やがて(1990年2月頃?)その企画は、「45分の機内上映用映画」に発展し、その動きと連動する形で、漫画『飛行艇時代』の連載も始まった。


  かつて、『風の谷のナウシカ』の漫画版の連載が始まったのは、映画の企画を通すには、原作が必要だったといわれているが、こちらの場合はそこまで戦略的なものではなく、単に、宮崎がこれから作ろうとしている映画のイメージをつかむためのものだったかもしれない。



  じっさい、『飛行艇時代』の大まかなストーリー展開は、のちに作られた『紅の豚』のそれとほぼ同じである。ただし、ヒロインのひとり、ジーナが登場しなかったり、ポルコが「自ら魔法で豚になった」という設定がなかったりと、いくつかの大きな違いはある。


『紅の豚』が「能天気な航空活劇」ではなくなったワケ

  ちなみに、「機内上映用の短編映画」として進行していた『紅の豚』の企画は、1991年の時点では、「劇場用長編アニメーション映画」の企画に変わっていた。また、作品の内容も、「能天気な航空活劇」(宮崎は当初、この企画についてそういっていたという)ではなくなっていた。


  その背景にあるのは、当時の世界情勢の大きな変化である。


  まずは、1990年に起きた湾岸戦争の影響だ。日本も対岸の火事ではなく、多国籍軍へ経済支援しかしない(できない)姿勢が「小切手外交」などと批判されるようなこともあったが、当時を振り返って、鈴木はいう。「(引用者注・宮崎が感じていたのは)そんな状況下でこんな能天気な作品を作っていていいのだろうかという疑問ですね」


  そして、もうひとつ。1991年に始まった、ユーゴスラビア紛争だ。こちらは直接、作品の舞台とも関わっている。


 「ユーゴスラビアの海岸を舞台にしたとき、ちょっと油断していて、あそこで民族紛争があったとしても、もう大したこと起こらないと思っていたんです。それが起こっちまったものですから、これは……」(宮崎の発言より)


  いずれにせよ、こうした世界情勢の変化が、「能天気な航空活劇」だったはずの『紅の豚』の方向性を大きく変え、映画の尺をのばすことになった(結果的に劇場用の長編映画になった)。とりわけ、原作では描かれていない、ポルコが自ら魔法で豚になった(人間であることをやめた)という設定は、いつの時代でも繰り返される人間の最大の愚行、すなわち「戦争」に対するレジスタンスを意味しているのではないだろうか。


  もちろん、『紅の豚』を、単なるエンターテインメントとして楽しむだけでもかまわないが、そうした作品の背景にも目を向けることで、1920年代でも90年代でもない、「いま」を生きる私たちにできることが見えてくるかもしれない。


[参考]
スタジオジブリ・文春文庫編『ジブリの教科書7 紅の豚』(文春ジブリ文庫)
宮崎駿『映画「紅の豚」原作 飛行艇時代[増補改訂版]』(大日本絵画)


 



このニュースに関するつぶやき

  • 全7巻のうちの2巻にも満たない部分だけを映画化したナウシカとは正反対なんだな。
    • イイネ!2
    • コメント 0件

つぶやき一覧へ(26件)

ランキングゲーム・アニメ

前日のランキングへ

ニュース設定