人口5000人の町に年間24万人――「朝ドラ特需」に沸くやなせたかしの故郷、渋滞・長蛇の列をどう制御した?

14

2025年07月17日 08:10  ITmedia ビジネスオンライン

  • チェックする
  • つぶやく
  • 日記を書く

ITmedia ビジネスオンライン

高知県香美市香北町にある「香美市立やなせたかし記念館 アンパンマンミュージアム」 (C)やなせたかし (C)やなせたかし/フレーベル館・TMS・NTV

 やなせたかしさんと、その妻・暢さんをモデルにしたNHK連続テレビ小説『あんぱん』が放送中だ。


【写真5枚】館内で見られるアンパンマンに関する展示


 ドラマの登場人物のモデルであるやなせ氏は、高知県香美市香北町(旧・在所村)出身。その故郷に1996年にオープンしたのが、「香美市立やなせたかし記念館 アンパンマンミュージアム」(以下、やなせたかし記念館)である。


 やなせたかし記念館では、やなせ氏の作品や収集品の展示に加えて、どのような人生を送ってきたのか、その歩みなども紹介されている。施設は「アンパンマンミュージアム」と「詩とメルヘン絵本館」、そして「別館」からなる。


 今でこそやなせたかし記念館とは別に全国5か所に「アンパンマンこどもミュージアム」があるが、2007年に横浜に第1号ができるまでは、やなせたかし記念館がアンパンマンをテーマにした唯一の施設だった。それもあってか、ピーク時の来場者数は年間約24万人で、多い日には5000〜6000人にも上った。当時、香北町の人口は5000人ほどだったため、それに匹敵する規模である。そのため、経済効果だけでなく戸惑いもあった。


 来年で開館から30年を迎える、やなせたかし記念館。この施設は、この地に何を残してきたのだろうか。


●オープンから49日で、来場者数の目標を達成


 高知市内から北東に約30キロ。香美市に入り、途中から物部川に沿って進んでいくと、やなせたかし記念館に到着する。案内板がなければ見過ごしてしまいそうなほど、主張することなく、ひっそりとたたずんでいる。


 やなせたかし記念館が開館したのは1996年7月。当初、地元の自治体が町の総合文化会館を建設し、そこに名誉町民であったやなせ氏の作品を展示する計画を立てていた。そこに、やなせ氏から多額の寄付が行われ、全作品を寄贈するという申し出があったのだ。これを受けて方針を変更し、文化会館ではなく、やなせ氏自身の記念館を建てることとなった。建設にあたっては、やなせ氏も施設全体のプロデューサーのような関わり方をしている。


 開館に際して、やなせ氏は「人口5000人の町なので、年間10万人を集められる観光施設になればうれしい」とコメントした。ところが、期待を良い意味で大きく裏切り、開館からわずか49日で目標の10万人を達成したのである。


 さらに、翌1997年の年間入館者数は約23万人に上り、高知を舞台にした大河ドラマ「龍馬伝」が放送された2010年には約24万人を記録した。その後も15万人前後で推移し、高知県を代表する観光スポットとして定着している。


 やなせたかし記念館の運営元である、やなせたかし記念アンパンマンミュージアム振興財団で事務局長を務める仙波美由記さんは、同館はあくまでも「美術館」であることを強調する。


 「アンパンマンこどもミュージアムとは協力関係にあります。ただ、あちらはアンパンマン関連商品を扱う企業が中心となった共同事業体によって運営されており、商品展開を促進することを目的として始まった施設です。一方で、当館は財団が所蔵するやなせの自筆の原画・原稿を展示し、大人の方でも楽しめる美術館です。そういったすみ分けができています」(仙波さん)


 仙波さんは2003年からやなせたかし記念館で働く。元々は展覧会の企画などに携わるために学芸員として財団に入った。現在も事務局長としての業務をこなしつつ、学芸員として作品の展示などにも関わっている。


 では、美術館としてどのような運用がなされているのだろうか。アンパンマンミュージアムでは、当然アンパンマンに関する作品展示が中心。一方、詩とメルヘン絵本館は、やなせ氏がサンリオと取り組み、責任編集長を務めた雑誌『詩とメルヘン』での仕事を紹介している。実はこの雑誌を知らなかったという来場者も少なくないそうだ。


 「美術館として、年間4回は企画展を実施しています。本館であるアンパンマンミュージアムも、アンパンマンに限定したものでありながら所蔵品はかなりの数があり、定期的に展示替えを行っています」と仙波さんは力を込める。


●子どもだましではない作品が多数


 この「美術館」としての立ち位置が、幅広い層をひきつける要因となっている。やなせたかし記念館は、小さな子どものいるファミリー客がメインではあるものの、大人のリピーターも少なくない。その理由は、「奥行き」のある作品を数多く展示しているからだという。アンパンマンだからといって決して子どもだましではなく、やなせ氏の作品が持つ深い世界に来場者が導かれていくのだ。


 その代表例が「タブロー」と呼ばれる作品である。タブローとは1枚の絵に物語をのせて描かれたキャンバス画のこと。これらはやなせたかし記念館をオープンするにあたって、やなせ氏が特別に描き下ろしたものだ。キャンバスのサイズは30号や50号と、大きくて目をひく。展示できるのは毎回数十点だが、実は百点以上を所蔵しているという。


 仙波さんによると、こうした作品はやなせ氏が見てきた高知の原風景を描いたものだという。


 「やなせ館長がどのような風景を見ながら育ってきたのかを感じていただきつつ、最終的にアンパンマンの世界にも影響を与えているのが分かる作品です。作品を解説してしまうと子どもたちの想像力を狭めることになってしまいますが、大人の方にはそうしたことを想像しながら鑑賞していただくのが良いと思います。やなせ館長は開館時、77歳でした。すでに売れっ子で、絵本も数多く出版しながらこのサイズの絵を年間50枚ほど描いていたのは、相当な体力だと驚くばかりです」


 最初は子どもや孫のためにやなせたかし記念館に訪れた大人たちが、タブローの作品の前で立ち止まり、じっくりと鑑賞していることもよくあるという。


 「ポストカードもたくさんお買い求めになります。やなせ館長が想像していた通り、大人にとっても見応えのある作品になっているのではないかとは思います」


●道路渋滞や入館待ちの長蛇の列……課題も散見


 開館以来、常ににぎわいを見せてきたやなせたかし記念館。今回の朝ドラ効果によってさらに来場者が増えることが予想される。うれしい悲鳴ではあるが、過去を振り返ると、施設側にとっては懸念事案でもあるのだ。以前から、ゴールデンウィークや夏休みなどは来場者が殺到していた。すると何が起きるか。1つは道路の渋滞である。


 「記念館までは一本道なので、手前の土佐山田町から数キロにわたって渋滞することがよくありました。そうなってしまうと記念館よりも奥のエリアに住んでいる方々は通行できなくなってしまい、苦情の電話もありました」


 道中に店はほとんどないため、トイレの問題なども発生する。


 また、渋滞が引き起こすさらに深刻な問題は、緊急車両が通れなくなることだ。やなせたかし記念館の周辺地域は高齢化が進み、80代や90代の住民もいる。救急車を呼んでも、道路が渋滞していては通行が困難になる。


 来場者の殺到による影響はそれだけではない。やなせたかし記念館にようやく到着したとしても、今度は入館待ちの長蛇の列ができているのだ。特に夏場の炎天下は過酷で、施設の特性上、乳幼児も多く危険である。


 こうした課題を解決するため、やなせたかし記念館はオンラインでの事前予約制に切り替えた。同施設を管轄する香美市教育委員会にて生涯学習振興課文化班・地域教育班の班長を務める宇根由紀さんは次のように説明する。


 「近年、渋滞自体は収まってきましたが、アンパンマンの好きな子どものいる世代の動き方は、午前10時から午後2時ごろに集中してしまいます。そのため、夏休みやゴールデンウィークには、入館を待つ行列ができることが多々ありました。一方で、夕方の時間帯はやや落ち着きます。空いている時間に来ればゆっくり見ていただくことができ、駐車場も分散する。そういった狙いもあります」


 このタイミングで運用変更を決定したのは、やはり朝ドラによる集客効果を見据えてのことだ。ちょうど施設の老朽化が問題になっていたため、2024年11月から2025年3月末まで修繕工事などのために閉館した。そして3月29日のリニューアルオープンに合わせて、事前予約に変更するとともに1日の上限を約3000人に設定。これにより、入場待ちの列を解消しようとした。


 3000人という数字の根拠はこうだ。


 「高知工科大学の先生に協力していただき、駐車場の渋滞シミュレーションなどを行いました。結果、1日に3000人であれば、無理なく受け入れられるのではないかとなりました。今年のゴールデンウィークも特に問題はありませんでした」(宇根さん)


 予約システムは、レジャー予約サービスの「アソビュー」を採用。混雑の解消にはつながったが、まだ事前予約制に変わったことへの周知が足りておらず、来場して初めて知り、その場でスマホを使って予約する人もいる。


 また、事前予約を知っていたとしても、直前に予約が入ることも多い。それは、来場者の多くが小さな子連れであることが関係する。


 「どうしても当日のお子さんの体調を見てから決めたいという方もいます。そのため、何日も前から予定を立て、予約をするのは難しいようです。当初は当日午前9時の段階で、来場者数をある程度把握できると思っていましたが、まだそうはなっていません。開館時には『今日は全然予約が入っていないな』と思っていても、その後にどんどん入ってくることもあります。結局ふたを開けてみないと分からないため、現場からすると運用上の悩みはあります」(仙波さん)


●中学生以下にはフリーパスを提供


 一般的な施設であれば、より多くの人に訪れてもらいたいと思うだろう。そのこと自体はやなせたかし記念館も同じだが、それ以上に地域との調和を重んじる。道路渋滞など、地域に迷惑や負担をかけてしまうことは避けたい。


 「開館当時の1990年代は地域経済優先だったため、住民の皆さんも許容してくださっていた面がありました。ただ、今は80代や90代の住民がいる集落も増え、多くの方が来ることに不安を感じる方もいます。私たちは地域の公立施設のため、地元の人たちを尊重しなければなりません。ドラマの影響で一時的に増えたお客さまだけを優先するのではなく、バランスを取りながら安全に運営できるよう、人数制限を設けました」(仙波さん)


 地域に向けた活動は以前から行っている。1つは、香美市在住あるいは在学の中学生以下には年間6回まで無料で入館できるフリーパスを提供すること。もう1つは、映画上映会への招待である。毎年アンパンマンの新作映画公開の前に地元向けの試写会を開いている。いち早く地域の人たちに最新作を見てもらいたいという思いと同時に、映画に触れる機会を増やしたいという願いもある。実は、高知県は県内の映画館が、ここ20年で次々と閉館しており、今は2軒しかないのだ。


 また、地元の子どもたちの作品展「未来の巨匠展」も開催している。やなせたかし記念館がある香北町と土佐山田町、物部村が町村合併して香美市になったことを機に、地域間の交流を図るため、保育園と幼稚園、小学校の作品展を、20年ほど前から実施している。これは施設へ足を運んでもらう機会の創出にも一役買っている。「お子さんや、あるいはお孫さんの作品を見に行こうとなり、1年に1回はうちに足を運ぶきっかけになっています」と仙波さんは話す。


 紆余曲折を経ながらも、地元のシンボルとして約30年間この地域に根ざしてきたやなせたかし記念館。同施設は、やなせ氏の意志をどのように施設運営に生かしているのだろうか(後編に続く)。


著者プロフィール


伏見学(ふしみ まなぶ)


フリーランス記者。1979年生まれ。神奈川県出身。専門テーマは「地方創生」「働き方/生き方」。慶應義塾大学環境情報学部卒業、同大学院政策・メディア研究科修了。ニュースサイト「ITmedia」を経て、社会課題解決メディア「Renews」の立ち上げに参画。



このニュースに関するつぶやき

  • 長年歴史のある鈴鹿ですらF1とか8耐の時は動けなくなる、前に住んでた時F1やってるの忘れてついうっかり買い物に出たら帰ってこれなくなった������������ӻ�����
    • イイネ!1
    • コメント 0件

つぶやき一覧へ(9件)

ニュース設定