
7月末の朝に出された津波警報。それは、「遠地津波」という特殊な津波に対する広範囲かつ長時間にわたる警報だったことと、真夏のさなかの避難行動が重なったという点で、これまでにない経験だったと言える。TBSテレビ報道局の福島隆史災害担当解説委員が今後に向けた課題について考察する。
【写真を見る】酷暑が災害リスクをさらに押し上げる〜長時間の「遠地津波」避難から見えた課題〜【調査情報デジタル】
広範囲・長時間に及ぶ「遠地津波」その日の暑さも、尋常ではなかった。
2025年7月30日午後2時39分、兵庫県丹波市柏原町にある気象庁の観測点で気温41.2℃が観測された。だが、国内最高気温1位の5年ぶりの記録更新が当日のトップニュースで報じられることはなかった。津波警報が北海道から近畿地方にかけての太平洋沿岸と伊豆・小笠原諸島に、この日の朝から夜まで発表され続けたからだ。
ロシア・カムチャツカ半島東方沖で巨大地震が発生したのは、午前8時24分。筆者はスマートフォンの地震アプリのアラームで気づいた。
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地震の規模を示すマグニチュード(M)は、米地質調査所(USGS)の速報値で8.0。「少なくとも津波注意報は出る」と直感し、ただちに本社に連絡、注意を促した。直後の午前8時37分、気象庁は北海道から宮崎県にかけての太平洋沿岸の一部と小笠原諸島に津波注意報を発表した(表-1)。当時、東京のTBSテレビ本社の報道局内では「こんなに広い範囲に?」と不思議がる声が聞かれた。
日本から遠く離れた海外で発生する地震は「遠地地震」、遠地地震に伴う津波は「遠地津波」と呼ばれる。一般に遠地津波の到達範囲は広域に及び、ごく一部の地域に限定されることは考えにくい。また、日本のすぐ近くで起きた地震に伴う津波に比べ、沿岸に到達するまでに時間がかかる上、周期も長い傾向があるため、津波が減衰するのにもかなりの時間を要する。つまり〈広域〉〈長時間〉が遠地津波の特徴だ。
終わりの見えない特別番組がスタート津波注意報の発表から約1時間後、報道局内の緊張感がさらに高まった。午前9時40分、気象庁は北海道から和歌山県の太平洋沿岸の一部に発表していた津波注意報を津波警報に切り替えたほか、それまで津波注意報を出していなかった北海道太平洋沿岸西部、千葉県内房、伊豆諸島、相模湾・三浦半島、愛知県外海にも新たに津波警報を発表した。津波警報の発表に伴い、JNNは午前9時41分に特別番組の放送を開始した(冒頭の写真)。
気象庁は当初、地震の規模を示すマグニチュード(M)を8.0と推定していたが、海外の機関の最新データも加えて再解析した結果、M8.0をM8.7に更新した(気象庁はその後さらにM8.8に更新)。見かけ上0.7はわずかな差に思えるが、地震の大きさに換算すると約11倍も違う。
津波の高さの予測はMの値をもとに計算が行われるため、初期段階のM8.0から導き出した計算結果のままでは過小評価のおそれがある。津波注意報が津波警報に切り替えられた背景には、そのような事情があった。
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余談だが、TBSでは海外で発生した地震のMには原則としてUSGSの値を採用していて、カムチャツカ半島沖の地震についてもそれに則りM8.8と伝えていた。M8.7やM8.8は、近い将来の発生が心配されている「南海トラフ地震」と同程度の規模の、紛れもない巨大地震である。
以上の理由から、遠地津波と巨大地震という2つの条件が揃った時点で、筆者は津波警報の発表時間の長期化は避けられないと確信し、報道局の複数の幹部にその旨を伝えた。午前10時過ぎの気象庁の緊急記者会見でも、担当者は津波警報解除の見通しについて「半日から1日ぐらい」と答えた。長時間の特番継続は必至で、全国放送を担う在京キー局として腹を括る必要があった。
想像を超える遠地津波の“しつこさ”実際、すべての津波警報が津波注意報に切り替わったのは津波警報発表から約11時間後(30日午後8時45分)で、津波注意報がすべて解除されたのは翌31日午後4時30分だった。津波注意報の発表から解除まで、実に約32時間を要した。
最大波の観測時刻に着目すると、岩手県の久慈港で国内最大の1.4メートルを観測したのは第一波の到達時刻から約3時間後、仙台港で2番目に高い0.9メートルを観測したのは約12時間後だった(表-2)。
また、最大波を観測するまでに最も長い時間がかかったのは鹿児島県の志布志港で、約17時間半後(31日午前6時39分、高さ0.5メートル)だった(表-3)。
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特に周期の長い遠地津波の場合、第一波は識別できないほど小さいことが珍しくなく、むしろ後続する津波への警戒が絶対に欠かせない。前述の仙台港のケースでは、最大波が観測されたのは津波警報を津波注意報に切り替えてから約2時間半後だった。津波が衰えるまでには想像以上の長い時間がかかり、津波警報や注意報をそう簡単には解除できない理由がわかると思う。
各地の系列局が伝えた酷暑下の避難特別番組の放送に伴い、特に津波警報発表区域を受け持つJNN各局は、安全を最優先に、沿岸部で住民の避難の動きに関する取材を進めた。JNNの放送内容とTBS NEWS DIGに掲載された記事などをもとに、今回の遠地津波への対応をめぐって気になったことを記したい。
東北放送(TBC)は、仙台市若林区荒浜地区にある津波避難場所「避難の丘」の様子を上空から撮影した。
東日本大震災後に造成された高台の上に、最大6400人が収容可能な広場がある。しかし直射日光を遮ることができそうな場所は、広場の片隅に屋根付きの小さなスペースが1か所あるだけだ。TBCによると、この高台に避難していた50代の女性が熱中症の症状を訴え病院に運ばれたという。当日の仙台市の最高気温は32.0℃だった。
北海道放送(HBC)も、むかわ町にある消防庁舎の屋上に付近の住民が避難している様子を伝えた。もともと津波避難場所に指定されていたということだが、こちらも日射を避けられるスペースは少なく、わずかな日陰の部分に身を寄せている避難者の姿が痛々しい。当日のむかわ町の最高気温は27.2℃だったが、日照時間は12.2時間と比較的長かった。
また岩手放送(IBC)は、久慈市内のある公民館を取材していた。館内にエアコンはなく、避難してきた付近の住民ら約110人は扇風機で暑さを凌いだという。当日の久慈市の最高気温は30.4℃だった。
災害時に避難所となる可能性がある全国の公立小中学校の体育館と武道場の空調(冷房)設備の設置状況について、文部科学省が5月1日現在の調査結果を公表している。それによると、空調(冷房)設備の設置率は全国平均で22.7%に過ぎない。
特に北海道と東北地方は、43.4%の山形県を除いて軒並み一桁台に留まっている。ちなみに地震が起きる6日前の7月24日には、北海道北見市で最高気温39.0℃を記録していた。北海道でも気温40℃が現実になりつつある今、冷房のない理由に「寒冷地だから」という言い訳はもはや通用しないだろう。
避難所に居続けられない実態東北大学災害科学国際研究所の佐藤翔輔准教授らの研究チームは、福島県いわき市の協力を得て、7月30日の市内28避難所における避難者の動きを時系列で分析した。その結果、津波警報の発表が継続しているにもかかわらず、避難者が午後1時頃から急激に減少していることがわかった。正午頃にあわせて最大1500人近くいた屋内避難者は、午後2時台には1000人を下回り、3時台には500人を切った。
避難者の行き先は不明だが、昼時を迎え昼食を食べに帰宅した可能性や、冷房のない環境に我慢できずに避難所を離れた可能性などが考えられるという。当日のいわき市小名浜の最高気温は30.9℃だった。対照的に、マイカーの中で過ごした車中避難者の動きには、正午から午後5時までの間に大きな変化はなかった。佐藤准教授らは、屋内避難者の行動に避難所の環境が影響したとみている。
その上で、長時間の津波警報と酷暑が重なった今回のケースを教訓に、今後は
1.津波から命を守るため、一次的に高台などへ避難
2.熱中症から命を守るため、二次的に別の安全な場所へ移動
以上の「2段階避難」を検討する必要性を指摘する。
真夏に災害が起きることは、もちろんこれまでにもあった。比較的近年のものに限っても、熊本県を中心に大きな被害をもたらした2020年の「令和2年7月豪雨」(死者・行方不明者86人)、平成最悪の豪雨災害となった2018年の「平成30年7月豪雨」(死者・行方不明者計271人)などが挙げられる。けれども、〈危険な暑さ〉という命に関わるもう一つのリスクが、これほどまでに同時進行した例は記憶にない。
記録的な高温が異常ではなく“新しい日常”になりつつある中、酷暑の下で発生する災害にどう向き合うのか。津波に関する限り、筆者自身は、とにかく津波から命を守ることが最優先で、熱中症防止の観点はその次、という考えに今も基本的に変わりはない。
ただし、今回の遠地津波のようなケースでは、
・津波到達までの時間(=避難にかけられる時間)が比較的長い。
・津波警報の継続時間(=避難が必要な時間)も長い。
以上の傾向を踏まえた上で避難などの対応行動をとるのがベターだと考える。
具体的には、避難にかけられる猶予時間(リードタイム)が比較的長い点を利用して、熱中症防止に有効な水分や塩分、日傘、ハンディファン、ネッククーラーなどを必ず持って避難したい。団扇や扇子、タオルも役に立つ。瞬く間に津波に襲われるような想定南海トラフ地震などとは違い、何も持たずに一目散に逃げなければならない状況ではないのだから。
できれば避難先は屋外の高台なのか屋内の避難所なのか、冷房設備や飲料水などの備蓄の有無などもあらかじめ確認しておきたい。避難する際に何を持っていく必要があるかが明確になるはずだ。
「ただちに」はどんな場合でも最適解なのかでは、遠地津波をめぐるJNN特別番組を含めた放送での対応は、はたして日本付近で発生する津波と同じで良かったのか。津波警報が発表された7月30日の放送を振り返り、今後に向けての課題を記す。
結論から言うと、酷暑下で長時間の避難が求められる災害について、事前にもっと想像力を働かせ、しっかり準備しておくべきだった。
津波警報が発表された場合、JNNは速やかに特別番組に移行する。TBSのアナウンサーは「ただちに避難して」「高い場所に逃げて」と何度も繰り返し呼びかけ、画面には津波警報と注意報の発表エリアを示す日本地図と「津波危険」「逃げて!」のバナーが常時表示される。冒頭の写真のように。
だが前述のとおり、今回は遠地津波で、避難のリードタイムが通常の津波の場合よりも比較的長かった。なので、津波からいち早く避難することが大前提であることに変わりはないが、避難を呼びかけるにしても「ただちに」「今すぐに」「大至急」一辺倒ではない伝え方があったと今になって思う。
また、津波警報が長時間継続することは初期段階である程度わかっていたし、沖縄県の八重山地方から東北地方にかけての広い範囲で厳しい暑さになることも予想されていた。当日は熱中症警戒アラートが、津波警報が発表された13都道県のうち5県に、津波注意報が発表された10府県のうち7府県に出ていた。
したがって、少なくとも特に直射日光を避けるスペースの少ない高台や空調設備のない避難所に長時間滞在することになる可能性について、早い段階で指摘しておきたかった。その上で熱中症防止対策をしっかりとってもらうよう強く呼びかけ、最初の避難先から比較的涼しく過ごせる別の安全な避難先に途中で移動する選択肢もあることなどを併せて示せればなお良かった。以上の点は、必ず改善して次に生かしたい。
全国放送で伝えることの限界全域に津波注意報が発表された沖縄県では、避難をめぐって住民に戸惑いや混乱がみられたと琉球放送(RBC)が伝えている。
津波注意報の発表に伴い、地元の市町村が避難指示を出すことは決して珍しいことではない。けれども、その場合に避難指示の対象となるのは原則「堤防から海側にいる人」だけである。具体的には漁業や水産業の従事者、港湾労働者など港で働く人たち、または海水浴客やサーファー、釣り人など海のレジャーを楽しんでいる人たちが対象で、居住エリアは基本的に対象外だ。だから、津波注意報の段階で気象庁は「避難」という言葉を使わないし、私たちも「逃げて」と呼びかけたりはしない。
ところが、この基本原則を大半の住民は知らないし、実は自治体や報道機関の防災・災害担当者でも理解が不十分な人が少なくない。RBCによると、津波注意報の発表後、沖縄県が発信した緊急速報メールには「直ちに高台等に避難し、身の安全を確保してください」と記載されていたという。県内全域にいる人たちに一斉に伝えるメッセージとして、はたして適切だったのだろうか。
一方、全国のJNN系列各局が放送した特別番組では、もっぱら津波警報の発表エリアを念頭に置き、「ただちに避難して」「逃げて」「高台へ」「津波避難ビルへ」と呼びかけ続けた。結果的に津波注意報の発表エリア、津波注意報が発表されていないエリアにいる視聴者にも同じメッセージが届いていたことになる。
「マス」メディアである以上仕方のない面はあるにせよ、今回のように〈広域〉〈長時間〉にわたって影響が及び、場合によっては被害も生じる災害における、各地域の実情に応じたきめ細かいローカル放送の必要性・重要性をあらためて実感している。
いくら広域に影響が出るとはいえ、地域によって大小や濃淡はあるだろうし、呼びかける内容に違いも出てくるだろう。だとすれば、それらをカバーするのに東京発の全国一律の放送にはどうしても限界がある。
今後も災害時の特別番組は全国放送であることを軸にしつつ、例えば1時間のうち10〜15分程度はローカル枠を必ず設けるような、「地域」を重視した対応がますます必要になると確信する。放送の信頼性を維持し、高めるためにも。
「遠地津波」は津波の典型ではない人々の防災対応や避難行動は、往々にして直近の災害の経験や記憶に引きずられ、短絡的、一面的なものになってしまうことがある。
今回、津波警報が発表された30日午前9時40分から、第一波の到達が最も早いと予想された午前10時(北海道太平洋沿岸東部・中部が対象)までに20分の猶予があった。国内で最も早く第一波が観測された午前10時17分(根室市花咲)までには37分あった。したがって、慌てずにリードタイムを生かし、熱中症にならないための用品も持って避難できていればベストだったと思う。
しかし、避難に時間的猶予があったのは、遠地地震に伴う遠地津波だったからに過ぎない。もし震源が陸地に近ければ、津波は数分以内に襲来する。津波避難の原則は、あくまで「一刻も早く、少しでも高いところへ」であることを忘れてはならない。遠地津波は、日本を襲う津波のスタンダードでは決してない。
〈参照文献・引用したウェブサイト等〉
気象庁,令和7年7月の地震活動及び火山活動について 別紙2 世界の主な地震活動(2025/8)
気象庁,令和7年7月30日08時25分頃のカムチャツカ半島付近の地震について(2025/7)
東北放送(TBC),津波警報時の暑さ対策が課題 津波避難場所で熱中症に 仙台市が備蓄品を検討(2025/8)
TBSテレビ,11時間にわたる「津波警報」で列島混乱 帰宅困難相次ぎ、タクシーに長蛇の列 鎌倉では観光客らに議場開放し避難所に(2025/7)
岩手放送(IBC),津波警報や津波注意報が発表された岩手県内の様子を振り返る(2025/7)
文部科学省,公立学校の体育館等の空調(冷房)設備の設置状況について 調査結果(2025/6)
東北大学災害科学国際研究所,2025年カムチャツカ地震津波速報会 発表資料 避難行動の実態(2025/9)
丸善出版,理科年表2025(2024/11)
琉球放送(RBC),カムチャツカ半島地震から2週間 津波警報・注意報で浮かんだ避難の課題「高台か、屋内か」 そして“猛暑リスク”…専門家が提言する避難行動とは?(2025/8)
<執筆者略歴>
福島 隆史(ふくしま・たかし)
TBSテレビ報道局解説委員(災害担当)
社会部記者、「JNN報道特集」ディレクター、社会部デスク、JNNニュース編集長、東日本大震災発生後にJNN三陸臨時支局長などを経て現職。
阪神・淡路大震災、東日本大震災、熊本地震、平成 30年 7 月豪雨、東日本台風、令和6年能登半島地震など、これまでに多数の災害を取材。
日本災害情報学会 副会長
日本民間放送連盟 災害情報専門部会 幹事
十文字学園女子大学 非常勤講師
2024年6月 気象庁長官表彰(一般功績分野)
【調査情報デジタル】
1958年創刊のTBSの情報誌「調査情報」を引き継いだデジタル版のWebマガジン(TBSメディア総研発行)。テレビ、メディア等に関する多彩な論考と情報を掲載。原則、毎週土曜日午前中に2本程度の記事を公開・配信している。