
全国で相次ぐクマの被害。北海道・知床ではヒグマの“人慣れ”が深刻化しています。「人とクマの共生」で知られる世界遺産の地でいま、何が起きているのでしょうか。
【写真を見る】「こらー!ダメだ、エサやったら」ヒグマにエサを投げる瞬間
世界遺産・知床で揺らぐ、ヒグマとの「共生」各地で相次ぐクマ被害。26日夜、札幌市では犬の散歩中だった40代の男性がヒグマに襲われ、右腕を負傷しました。
2025年4月〜8月末までにクマの被害に遭ったのは全国で69人。そのうち、死亡した人は5人と、過去最多の水準で推移しています。
長年クマとの共生を掲げてきた町でも、その足元が揺らいでいます。雄大な自然に囲まれた世界遺産、北海道・知床。その自然を象徴するのが野生動物「ヒグマ」です。
知床半島全体に400頭〜500頭、世界屈指の高密度で生息しているとされます。
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地元の漁師 古坂彰彦さん
「昔から普通にクマがいる。本当に共存って感じだった」
ヒグマと共に生きるため、町をあげて対策に取り組んできた知床。市街地には生ごみなどでヒグマを引き寄せないよう、頑丈なごみステーションが設置され、海沿いには街へのヒグマの侵入を防ぐために電気柵が張り巡らされています。
こうした対策を担うのが、野生動物の管理などを行う「知床財団」です。
知床財団 玉置創司 事務局長
「人を大事にするのか、クマを大事にするのか、どっちかじゃなくて両方だと我々は思う。両方生きる道を模索しなきゃならない」
しかし、エサが不作だった2年前の2023年にはヒグマが市街地に数多く出没。地元住民の生活は脅かされました。
地元の漁師 古坂彰彦さん
「コンビニの前とかホテルの前とかにいた。家の前出てすぐ獣臭がして『絶対クマいる』って」
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2023年度、知床では過去最多となる128頭が駆除されることになりました。
そして、2025年の夏、恐れていた事態に発展しました。
報告
「担架に乗せられた人でしょうか。いま道警のヘリに吊り上げられています」
この地に、衝撃が走ったのは8月のこと。羅臼岳に友人と登山に来ていた東京に住む26歳の男性が、下山中にヒグマに襲われ死亡しました。
2005年の世界遺産登録後、初めてとなるヒグマによる死亡事故。事故が起きた登山道の入口は、9月末現在も閉鎖されたままです。
事故当日も登山客を見送っていた山小屋の管理人。一つ後悔していることがあります。
羅臼岳の山小屋管理人 四井弘さん
「問題行動、『逃げないクマがいる』という情報はあったから、そういう情報はそれぞれ朝登っていった人たちには伝えていたんだけど、たまたまクマスプレーのレンタルの仕方を(他の客に)説明していて、肝心要の彼ら(被害者)には伝えられなかった」
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現場付近では母グマと子グマ2頭がハンターによって駆除され、DNA検査の結果、母グマが男性を襲ったことが分かりました。
男性を襲った11歳の母グマは、人に出会っても逃げない個体で、知床財団はこれまでに追い払いを度々行ってきました。
知床財団 玉置創司 事務局長
「今年だけで30回くらい目撃されている個体。人を恐れない個体であるというのは間違いない。昔のクマだと人を恐れて、人になるべく姿を見せないというのもあるが、このクマは特にそういう状況が見えなかった」
財団からは「SH」という識別コードで呼ばれていたこの母グマ。出没していた地名から、いつしか「岩尾別の母さん」という愛称で知られるようになりました。
取材中にも遭遇「人を恐れないヒグマ」知床のヒグマの生態に詳しい専門家は“人間とクマの距離感が失われつつある”と感じています。
南知床・ヒグマ情報センター 藤本靖 主任研究員
「愛玩動物じゃないですから。日本で一番強い野生動物なわけですから。それを勘違いすると駄目だと思う。(子グマは)お母さんに連れられて人の前に出てくると、『人が何もしないんだ』というのを覚えちゃう。人慣れした状態がどんどん変わって変わって変わって受け継がれて、何頭増えましたかという話。それが現状」
今の知床では、人を恐れないヒグマに遭遇するのは珍しいことではありません。
動画の撮影者
「登山できないよ、これ。子グマ2頭もいるし」
事故4日前の8月10日、羅臼岳で撮影された映像には、3頭のクマの姿が。撮影者によると、このヒグマはこの後、登山道に入り「人を怖がる様子もなく近づいてきた」といいます。
9月2日には、知床横断道路で車を恐れることなくゆっくりと近づいていくヒグマの姿も目撃されました。
私たちも財団との同行取材中にヒグマに遭遇しました。
道路のすぐそばに現れた親子のヒグマ。一瞬こちらに目をやり、15秒ほど経つと、藪の中に消えていきました。
知床財団 玉置創司 事務局長
「いまのクマも我々見ていたので、人との距離をあまり分からなくなってるクマだろうなって。逃げなかったですよね。目も合わせていたし」
知床財団職員
「こらー!ダメだ、エサやったら」
知床のヒグマを人慣れさせたのは、“人間側”だと指摘する声もあります。
ポイ捨てされたゴミ袋をくわえるヒグマ。一度、人の食べ物の味を覚えたクマは、食べ物を奪おうとしたり、車などに侵入したりするようになるといいます。
地元住民
「(Q.今と昔の変化は)クマよりも人なんじゃないですか、きっと。食べ物が美味しかったら、そりゃ出てくるんだから、食べ物与えないとか、そういうことを住民は知ってるけど。結局、観光客は動物園感覚で来るから。人間が変わったんじゃないですか」
山小屋の管理人も、“人慣れを加速させる人間”の存在を指摘します。
羅臼岳の山小屋管理人 四井弘さん
「河口の方にいる(エサの)カラフトマスを捕まえるクマの写真を撮る人が、めちゃくちゃ多い」
知床国立公園内の、ヒグマが多く出没するイワウベツ川。人々の視線の先にいるのは、エサを獲りに来たヒグマです。
羅臼岳の山小屋管理人 四井弘さん
「本当に多い時は100人以上のアマチュアカメラマンが集まって、クマが出てきたってなったら、みんなで一斉にクマに近寄って写真撮るわけ。人間にバーッて囲まれたら『人間ってあんまり怖くないんだよね』というのは(クマが)必ず学習していると思う」
現在、自然公園法では、ヒグマなどの野生動物への付きまといや過度な接近が禁止されています。
9月、この場所には“クマ待ち”を防ぐ目的で監視カメラが設置されました。
知床財団 玉置創司 事務局長
「『できる限り距離を取ってくれ』というのは広報はしていますし、いろんな看板を立てていますけど、なかなか守られないのが現状」
人間の無自覚な行動がクマの人慣れを招く。その結果、本来必要なかったはずの駆除が発生しているのが現実だといいます。
知床財団 玉置創司 事務局長
「人を恐れなくなった個体というのは、やっぱり距離感が失われていて、そこを適切な距離に戻せる個体はおそらくいないと思います。
近づく行為というのは、エサやりとあまり変わらないと認識していただいた方がいいのかもしれない。その後、皆さんはもしかしたら知ることはないかもしれませんが、知床ではその個体が駆除されているという現実もあります」