吉野家 安くてうまい、そして早いというデフレの申し子のような存在の牛丼店が、インフレ下で生まれ変わろうとしています。吉野家の牛丼並盛は2013年に税込み280円で提供されていました。現在では498円まで上がっています。
およそ10年で価格は1.8倍になったわけですが、当然所得水準がそこまで上がったわけではありません。牛丼チェーンは新たな価値を創出して客足を伸ばす努力が必要になります。大手3社の戦い方を見ていきます。
◆変革期を迎えた吉野家
吉野家は2025年から2029年度までの中期経営計画のテーマを「『変身』と『成長』」としています。変革期を迎えているのです。
足元で進めているのが、「新サービスモデル」と呼ばれる店舗への転換。顧客がゆったりと過ごせるよう、客席の間隔を広げ、客同士の視線も合いづらい設計にした店舗へと塗り変えているのです。
外装を従来のオレンジ色ではなく、黒を基調としたデザインに一新した「クッキング&コンフォート店舗」は、ソファ席やドリンクバーも設置しています。グリーンが配置された店内はファミリーレストランに近い雰囲気。一方で迅速に料理を提供するというサービス力は変わっていません。
新型店がファミレス客をターゲットにしているのは間違いないでしょう。競合を牛丼店とするのではなく、ファミリーレストランにしているのです。
◆“ファミレス化”が進むワケ
吉野家はかつてメニューを牛丼のみに絞り込んで効率的な営業をしていましたが、焼き鮭や豚丼など少しずつラインナップを広げ、現在では季節限定を含む様々な料理を提供するようになっています。
出している料理がファミレス化しているのです。各店舗にフライヤーの設置も進めています。から揚げ定食やから揚げ丼の提供も行えるようになりました。
ガストを始めとするファミリーレストランも値上げラッシュが続いたため、割安かつ素早く料理の提供ができる吉野家は、ファミレス客を奪う潜在性を十分に持っているのです。
吉野家は2024年度の売上高1378億円を、2029年度に1880億円に引き上げる計画を立てています。この間に240店舗以上の純増を予定。ファミレス化によってターゲットをずらし、店舗網の拡大に動きます。
◆「牛丼以外」のメニューがヒットする松屋
新メニューの開発に余念がないのが松屋。「外交メニュー」と称して世界の料理を提供しています。7月はスリランカの「デビルチキン」、8月はベトナムの「コムタム風ポークライス」、9月はジャマイカの「ジャークチキン」でした。
どの料理も日本人にはあまり馴染みがなく、他の飲食店でも容易に食べられるものではありません。これまで、ジョージアの「シュクメルリ鍋定食」やリトアニア大使直伝「リトアニア風ホワイトソースハンバーグ」などの珍しい料理を多数提供しています。
一方で、日本人に好まれるアレンジがされており、ご飯やみそ汁に合うような工夫がなされています。
松屋はコロナ禍での苦戦が目立った会社でした。しかし、2023年3月期からは急回復。今期は14%程度の売上増を見込んでいますが、計画通りに着地をすると4期連続の2桁増収。好業績の要因の一つが、牛丼以外のメニューのヒットです。
◆価格を高めに設定することができるから…
松屋の牛丼にはみそ汁がついてきます。このように、競合と比べてコストパフォーマンスが高いというのが最大のセールスポイントでした。LINEは牛丼チェーンの意識調査を行なっていますが、松屋を好きな理由で「コストパフォーマンスがいい」との回答は22.9%を占めています(「一番好きな牛丼のチェーン店(2025年版)」)。
他の2ブランドでトップ5にこの理由が入っているものはありません。
コストパフォーマンスが高いとの評価は、インフレ下では弱点になります。値上げに弱いためです。
松屋がメニュー開発に力を入れているのは、このイメージを払拭するためでしょう。料理がおいしい、豊富だ、他では食べられないなどの評価と入れ替えることに成功すれば、新たな戦い方をすることができます。
牛丼以外のメニューは価格を高めに設定することができ、メニュー開発の強化は収益性を向上させることができるのです。
◆信頼回復の途上にあるすき家
足元で苦戦を強いられているのがすき家。2025年3月から8月まで既存店の客数はすべて前年を下回りました。2025年1月にネズミ、3月にゴキブリの混入が発覚しています。その影響が出ているのは間違いないでしょう。
すき家は9月4日から牛丼の値下げを実施するという、まさかの強硬手段に出ました。並盛は450円で提供しています。松屋は460円、吉野家は498円。松屋はみそ汁がついてはいるものの、すき家の並盛は3大チェーンで最安値となりました。いち早く客数を回復させたいという強い意気込みが感じられます。
先ほどのLINEの調査において、すき家は好きなブランドで1位を獲得しています。性別、世代を問わず幅広く人気があることが特徴。好きだという理由を見れば、人気が高いのも納得ができます。「立地がいい」(28.9%)、「牛丼の種類が充実」(28.5%)、「肉がおいしい」(20.3%)というもの。
家や職場、学校などから近くてメニューが豊富であり、おいしいという評価は、日常食を提供する繁盛店に必須の要素。すき家は長い時間をかけてその評価を獲得したのです。
特にポイントとなるのが、「安い」や「コストパフォーマンスが高い」などという評価が出ていないこと。食のインフラとしての地位が確立されており、既存の牛丼店のイメージから抜け出た印象があります。長年、牛丼チェーンの王者として君臨している理由はここにあるでしょう。
従って、すき家は異物混入からの信頼回復を経て、客数が回復すれば再び店舗網拡大に向けた準備を進めることができるわけです。
仮に客数の回復に遅れるようなことがあれば、勢力図が大きく塗り替わることになるでしょう。
<TEXT/不破聡>
【不破聡】
フリーライター。大企業から中小企業まで幅広く経営支援を行った経験を活かし、経済や金融に関連する記事を執筆中。得意領域は外食、ホテル、映画・ゲームなどエンターテインメント業界