
無人で冷凍餃子を売るお店をご存知でしょうか。2023年7月には全国に約1400店舗あった無人冷凍ギョーザ店ですが、その代表格「餃子の雪松」は、2018年9月に埼玉県入間市で創業し、わずか5年足らずで432店舗にまで急拡大しました。しかし現在、公式ホームページによれば店舗数は143店舗と、ピーク時の3分の1以下にまで激減しています。
なぜこのような急激な衰退が起きたのでしょうか?その理由を探るためには、まず無人冷凍餃子店のビジネスモデルを理解する必要があります。
(TBS Podcast『コムギコ:資本主義をハックしろ!!』2025年9月27日配信『無人冷凍ギョーザ店はなぜ失速したのか:今「冷凍食品」が熱い!!』より)
無人冷凍餃子店の盛衰「餃子の雪松」の販売スタイルは極めてシンプルです。商品は36個入りの冷凍餃子のみで税込み1000円、特製のたれは1個200円。購入方法は、店内に置かれた箱に現金を入れるだけという、まるで地方の野菜直売所のような無人販売方式でした。
このビジネスモデルは、新型コロナウイルスの感染拡大で「非接触」需要が高まった時期と完全に合致しました。加えて、株式会社YESが運営する「餃子の雪松」は、店舗開拓と大型工場建設という二つの戦略で急速に店舗網を拡大しました。
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しかし、一時は成功を収めたこのビジネスモデルは、なぜ短期間で失速したのでしょうか? その答えは、実は冷凍食品市場全体の動向と密接に関連しています。
「冷凍食品市場」自体は拡大の一途日本冷凍食品協会によれば、2024年の冷凍食品の消費額は前年比4.4%増の1兆3017億円と過去最高を記録しました。10年前からは32%も増加しており、冷凍食品市場自体は絶好調です。
その中でも特に注目すべきは「大阪王将」の冷凍餃子の躍進です。大阪王将の「羽根つき餃子」シリーズは2015年に27億円だった売上が、わずか10年で183億円にまで成長しました。これは実に6.8倍の伸びです。2023年には業界最大手だった味の素を抜き、冷凍餃子市場のシェア1位に躍り出ました。
この事実は、無人冷凍餃子店が失速した理由を解く重要なカギとなります。
大阪王将が冷凍餃子No.1になった3つの理由大阪王将の冷凍餃子が市場を席巻した理由は主に3つあります。
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大阪王将の冷凍餃子はスーパーの店頭価格で12個入りタレ付きが200円前後です。これを36個分に換算しても約600円と、「餃子の雪松」の1000円(+たれ200円)に比べて半額程度です。しかも、店舗の「元祖焼餃子」(6個で310円から)よりもコスパが良いです。
2. 革新的な調理法大阪王将は2018年に「油いらず・水いらず・フタいらず」で調理できる独自の羽根形成剤を開発し、特許も取得しました。これは若い男性社員の「独身者は家にフタがない」という何気ない一言から始まった開発だといいます。この利便性の高さが多くの消費者の心をつかみました。
3. ブランド力「大阪王将」というレストランブランドの知名度と信頼性が、冷凍食品にも大きく貢献しています。消費者は「店舗と同じ味」という安心感を持って購入できます一方、「餃子の雪松」の元となった群馬県みなかみ町の「お食事処 雪松」は、全国的な知名度が低く、「大阪王将」ほどのブランド力を持ち合わせていませんでした。
外食ブランドが次々と冷凍食品市場に参入大阪王将の成功は、多くの外食ブランドが冷凍食品市場に参入するきっかけとなりました。
ロイヤルホストは2019年12月に冷凍食品ブランド「Royal Deli」(現「ロイヤルホスト デリ」)を立ち上げ、2024年には約10億円の売上を達成しました。特徴的なのは、店舗での売上が5割強(※2023年)を占めていることです。
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スープストックトーキョーも同様に冷凍食品に力を入れており、EC販売が好調です。特にEC売上のうちギフト需要が全体の60%を占め(※2022年度)、出産祝いなどカジュアルなギフトとして人気を集めています。
冷凍食品市場の中でも特に熱いのが「冷凍弁当」セグメントです。
代表例は2016年創業の冷凍宅配弁当「ナッシュ」です。2025年7月に累計1億3000万食を突破したと発表され、推定月間売上は約20億円に達する(※著者の推定値)とみられます。
ナッシュの特徴は、全メニュー「糖質30g以下・塩分2.5g以下」という明確な健康基準と、500〜700円という比較的リーズナブルな価格設定です。
冷凍弁当がEC販売で成功している理由は3つあります。
1. 豊富な品揃え:ECの強みである、50〜100種類という多様なメニューを提供できる。
2. 定期購入システム:サブスクリプション方式により、生産と在庫のコントロールが容易。
3. 究極の時短:買い物すら面倒な単身者やリモートワーカーに、健康的な選択肢を提供。
無人冷凍餃子店が失速した真の理由これら市場全体の活況を踏まえると、無人冷凍餃子店の失速は「冷凍食品」というカテゴリーの問題ではなく、そのビジネスモデル自体に課題があったことが明らかになります。
失速の最大の理由は、圧倒的な価格競争力の欠如です。消費者は、近所のスーパーで「大阪王将」のような有名店の冷凍餃子を、無人店のほぼ半額で購入できました。「餃子の雪松」のブランド力では、この価格差を正当化できなかったのです。
加えて、商品の単一性も致命的でした。冷凍食品市場が「ロイヤルホスト デリ」のグルメ惣菜や「ナッシュ」の健康弁当など、多様な選択肢で溢れる中、餃子1種類だけでは消費者を惹きつけ続けることは困難でした。さらに、現金のみ・お釣りなしという不便な決済方法はキャッシュレス化の潮流から取り残され、利便性を求める現代の消費者から敬遠される一因となりました。
無人冷凍餃子店は、コロナ禍の「非接触」という一時的な追い風に乗ったものの、価格、品揃え、利便性、そしてブランド力という、食品ビジネスにおける普遍的な競争力に課題を抱えていたのです。
成功する無人販売「ど冷えもん」との決定的違い一方で、同じ「無人販売」という業態で成功を収めているのが、冷凍食品自動販売機「ど冷えもん」です。この自販機は、無人餃子店が抱えていた課題をことごとくクリアしています。
まず、多様な商品ラインナップが可能です。餃子専門店のように単一商品に縛られず、ラーメンやピザ、カレー、さらにはケーキといったスイーツまで、設置する店舗が自由に商品を選べます。これにより、消費者の多様なニーズに応えることができます。
次に、決済方法の柔軟性です。現金だけでなく、多様なキャッシュレス決済にも対応しており、現代の消費者の購買スタイルに合致しています。
さらに、この自販機はプラットフォームとして機能するため、すでに地域で人気の飲食店や有名ブランドが自社の商品を販売するツールとして活用できます。つまり、無人冷凍餃子チェーン店が持てなかった強力なブランド力を、既存のプレイヤーを巻き込むことで補っているのです。
累計販売台数1万台という実績は、無人販売というビジネスモデルそのものではなく、消費者のニーズをいかに満たすかという柔軟性こそが成功の鍵であることを示しています。
教訓:B2Cビジネスの流行は移り変わりが早い無人冷凍餃子店の盛衰から学べる重要な教訓があります。それはB2C(企業対消費者)ビジネスは流行の移り変わりが早いということです。
タピオカミルクティーやからあげ専門店など、一時のブームで急拡大したビジネスは、流行が去った後の対応が難しいです。
一方で、「ど冷えもん」のような冷凍自動販売機はB2B(企業対企業)ビジネスとして、飲食店を顧客に安定した成長を続けています。
19世紀アメリカのゴールドラッシュでも、金を掘る人たちより、ツルハシやジーンズを売る人たちの方が長期的に儲かったという「ツルハシビジネス」の教訓が、今日の冷凍食品市場にも当てはまります。
消費者の嗜好や購買行動は常に変化しています。単一商品に依存するよりも、変化するニーズに対応できる柔軟性と、強固なブランド力を持つビジネスモデルこそが、長期的に成功する可能性が高いのです。
<コムギコ:資本主義をハックしろ!!>
毎日ニュースを100本を読むビジネス系VTuber兼リサーチャー・編集者のコムギ(comugi)が、日々の経済にまつわるニュースを解説するビデオポッドキャスト。本記事は9月26日配信『無人冷凍ギョーザ店はなぜ失速したのか:今「冷凍食品」が熱い!!』から抜粋してまとめたものです。