手軽さの代償 休業手当トラブルが映す、スポットワークの構造的リスク

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2025年11月21日 06:10  ITmedia ビジネスオンライン

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スポットワークが急拡大する裏で課題も浮かび上がってきている

 スマホ1つで「スキマ時間に働ける」便利な仕組みとして急拡大するスポットワーク。登録しているワーカーが1000万人を超えたとうたう大手事業者もあります。


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 自治体との連携が進む事例や、スポットワークをきっかけに正社員登用へとつながるケースも報告されるなど、単なるアルバイトや短期採用の手段にとどまらず、社会インフラの一つとしての役割を果たし始めているように感じます。


 一方、急拡大の裏で、さまざまな課題も顕在化し始めています。怪しげな求人情報が掲載される問題や、現在は、仕事キャンセル時の休業手当をめぐる対応が注目を集めています。


 手軽さを追求したはずの仕組みが、知らないうちに「働く人を守れない構造」になっていないか――。便利さと危うさが同居するスポットワークの“今”を考えてみたいと思います。


●なぜ広がった? スポットワーク拡大の「2つの潮流」


 これまでの経緯を整理すると、スポットワーク業界が拡大してきた背景には、大きく2つの流れがあります。1つは、2012年の労働者派遣法改正によって日雇い派遣が原則禁止になった影響。有料職業紹介免許も保持する従来の派遣事業者の中に、日々紹介へと業態変更するケースが見られるようになりました。


 日々紹介とは、有料職業紹介事業者が短期間就業する働き手を求人企業にあっせんするサービスです。一般的にスポットワークと呼ばれる業態は、スマホアプリを通じて手軽に利用できる日々紹介事業を指しています。


 学識者や人材サービス業界からは雇用主責任を負わない日々紹介事業者と働き手との間に支配従属関係が生じ、職業安定法で禁止されている労働者供給に該当しかねないなどの懸念が示されていました。しかし、日雇い派遣が原則禁止となった際に行政から合法との見解が示されました。


 もう一つの流れは、新規参入です。インターネットサービスなどの異業種からの参入、スポットワークを始めるために起業した事業者の参入、既に他の人材サービスを提供していた企業が新規事業として立ち上げて参入したケースなどがあります。


 特に業界の急拡大に寄与したのは、新規参入組の存在が大きかったと言えます。日雇い派遣の基盤を持っていた旧来の事業者よりも、むしろ労働者派遣の経験がなかった事業者の方が常識にとらわれず、柔軟な発想でサービスを構築し大胆に展開できた面があります。


●規制の壁を超え、利便性をとことん追求


 特に徹底して追及されてきたのが、サービスの利便性です。スマホ一つで手軽に働ける世界を実現するための仕組みをとことん追求してきました。そのために従来のさまざまな規制とも向き合い、折り合いをつけてきています。


 例えば、労働時間や賃金などが記載された労働条件通知書の提示方法。長らく書面での提示が必須とされてきたことが利便性を損なっていると指摘されてきましたが、行政からメールなど電子データでの提示も認める見解が出されたことで、インターネットの機能を生かしたスムーズなやりとりが行えるようになりました。


 また、グレーゾーンだった給与支払いの代行業務についても行政の了解を得たことで、求人応募から給与振り込みまでをワンストップで、かつスマホひとつで完結させるサービスを提供できるようになりました。


 利便性をとことん追求したこれらの改善により、求人企業と求職者双方から支持を得て今日の拡大へとつながっています。店舗運営メンバーに欠員が出て急ぎ人手が必要な求人企業やスキマ時間に働いて収入を得たい求職者などにとって、スポットワークはなくてはならない存在になりつつあります。


●利便性の影に潜むリスク 闇バイトや不透明求人の温床に


 しかし、サービスが広がるとともに問題も指摘されるようになってきました。記憶に新しいのは闇バイト求人の掲載問題です。強盗や殺人といった凶悪犯罪につながる可能性のある求人がスポットワークを通じて行われているのではないかという指摘があり、社会的にも大きな関心を集めました。


 また、実際にどんな業務に就くことになるのか勤務条件が不明なまま、待機要員であることのみ記された求人なども問題視されました。これら怪しげな求人へのスポットワーク事業者の対応は後手に回っていた感があるものの、求人掲載前に事前チェックする仕組みを導入するなどの改善を進めました。


 慎重に事業を進めていたとしても、新しいサービスを構築していく際に想定外の問題が生じてしまう事態は、どうしても避けきれないものです。スポットワーク業界は、利便性を追求しながらも、都度発生する問題にこれまで懸命に対処してきたように思います。


 しかしながら、業界の対応に不安を感じる事態も目に付くようになってきています。無断欠勤などがあったワーカーに対して、一部事業者が無期限の利用停止措置を課していた問題に対しては、行政から指導が入りました。


 職業安定法で定められている求職全件受理が果たされなくなるとの忠告は、人材サービス業界内からも聞かれましたが、後手に回って対応しきれませんでした。


●休業手当をめぐる“責任の空白”


 さらに、現在注目を集めているのが、仕事キャンセル時の休業手当をめぐる問題です。


 休業手当の支払い義務は、雇用主である求人企業が負います。スポットワーク事業者は求人と求職を仲介しているだけの立場に過ぎませんが、スポットワークの業界団体からは休業手当の支払いが不要となる労働契約の解約可能事由として11項目が示されました。


 これは求人企業が目安にできるようにと親切心から出された見解なのだと思いますが、求人企業が解約可能事由通りに対応したからといって、休業手当を支払わなくてよいとは限りません。スポットワーク事業者に、休業手当の支払い可否を決められる権限があるわけではないからです。


 中には、就労開始時刻の24時間前までであれば、求人情報の業務内容や日時に掲載ミスがあったという理由で解約しても休業手当の支払いは不要といった見解も示されています。しかし、働くつもりで予定を空けていた求職者からすれば納得できないかもしれません。


 休業手当の支払いをめぐって見解の相違があれば労働基準監督署などに相談し、最終的な判定は訴訟などに委ねられることになると思います。しかし、スポットワーク事業者側が解約に対する見解を示すとそれが抑止力となり、本来は休業手当の対象となりうる求職者まで泣き寝入りしてしまうようなケースが生じることが懸念されます。


 雇用主が責任を負う個々の労働契約に、責任を負わない立場のスポットワーク事業者が見解を示す形で介入することによって、求人企業にも求職者にも小さくはない影響を及ぼす可能性があるということです。


 手軽さを追求したスポットワークを含め、日々紹介という事業で最も懸念されるのがこの点になります。サービスの利用を制限できる権限や、働きぶりを評価できる権限を持つスポットワーク事業者に対して、求職者は弱い立場です。不満を感じる事態が起きてもペナルティが頭をよぎると、意見が言いづらくなります。


 雇用主としての責任を負わないスポットワーク事業者が求職者に対して一定の影響力を持つため、権限だけが行使できる状況です。この歪(いびつ)な力関係を悪用する事業者が現れたり、事業者側に意図はなかったとしても、求職者が意思を伝えづらい圧力を感じたりすると、不当な勤務条件や希望しない就業を受け入れさせてしまう事態も想定されます。


●権限だけ残る危うい構造 便利さの先に待つものは……?


 休業手当については、多額の未払い賃金になっているとする指摘もあります。しかし、求職者に休業手当を請求しづらい心理が働いているとしたら、スポットワーク事業者との間に支配従属関係が形成される前兆とも言えます。そうなると、違法な労働者供給に該当する懸念が、現実味を帯びてきます。


 実は、労働者派遣であればこのような問題が起きる心配はありません。仕事を仲介する立場にある派遣事業者自身が雇用主であるため、休業手当の支払いを含めて派遣事業者が責任を負うことが明確で権限と責任のバランスが取れているからです。


 ところが、日雇い派遣は原則禁止とされ、権限と責任がアンバランスなスポットワークや日々紹介は認められているというのは皮肉なことです。労働者派遣は期間が長すぎるとさまざまな問題が生じやすいというのは世界共通の課題認識ですが、期間が短い日雇い派遣を禁止にしているのは日本しかありません。


 スポットワークが広がってきたことで、求人企業も求職者も大きな恩恵を受けています。メリットが大きいサービスだけに、さらなる発展が期待されます。しかし、急速な拡大の裏側で課題への対応が後手に回り、権限に対して責任が伴わない状況も見られます。


 求人掲載にミスがあったからと、24時間前以前であれば休業手当の支払いはなしで労働契約を解約できるとしたら、求人企業にとっては自力で採用するよりリスクが少なく便利なサービスでしょう。ただ、便利さを追求するあまり、求人企業が負う責任が軽くなるかのように錯覚させ、権限と責任の歪みがさらに深刻化していかないか心配です。


 スポットワーク事業者の中には、セミナーを開催するなどして仕事キャンセルによる未払い賃金の発生に警鐘を鳴らし、求人掲載ミスであったとしても休業手当の支払い対象としているケースも見られます。いまのところ、事業者間の対応や見解には温度差があるようです。


 業界全体がサービスの利便性追求に目を奪われ過ぎると、自浄作用が働かなくなり、未来には暗雲が漂うことになります。丹念に築いてきた事業を砂上の楼閣にしてしまわないためにも、現状を見つめ直す必要があるのではないでしょうか。


著者プロフィール:川上敬太郎(かわかみ・けいたろう)


ワークスタイル研究家。1973年三重県津市生まれ。愛知大学文学部卒業後、大手人材サービス企業の事業責任者、業界専門誌『月刊人材ビジネス』営業推進部部長 兼 編集委員の他、経営企画・人事・広報部門等の役員・管理職を歴任。所長として立ち上げた調査機関『しゅふJOB総研』では、仕事と家庭の両立を希望する主婦・主夫層を中心にのべ5万人以上の声を調査。レポートは300本を超える。雇用労働分野に20年以上携わり、厚生労働省委託事業検討会委員等も務める。NHK「あさイチ」「クローズアップ現代」他メディア出演多数。


現在は、『人材サービスの公益的発展を考える会』主宰、『ヒトラボ』編集長、しゅふJOB総研 研究顧問、すばる審査評価機構 非常勤監査役の他、執筆、講演、広報ブランディングアドバイザリー等に従事。日本労務学会員。男女の双子を含む4児の父で兼業主夫。



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