限定公開( 2 )

岐阜市で70年以上も続く老舗企業の坂口捺染(さかぐちなせん)。売り上げの95%を占めるのは、衣料へのプリント業だ。2014年に父から社長を引き継いで3代目に就任した坂口輝光氏は、金髪にいくつものアクセサリー、さらに革ジャンという出で立ちで「クセ強社長」として知られる。
輝光氏は社長に就任する以前の2010年から専務として実質的な経営を担っており、当初1.5億円ほどだった売り上げが、2025年11月期は11億円ほどを見込む。この間、取引先は10倍超に急増し、わずか14人ほどだった従業員は今では200人以上にまで拡大した。
単にクセ強なだけではない、輝光氏の経営術を聞いた。
●高卒わずか2日で海外留学
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坂口捺染は1953年、輝光氏の祖父が着物の染物業を営む企業として設立した。以降、2代目となる父の代では量販店向けのパジャマなどにシフトしていった歴史がある。
家族経営の企業として、輝光氏も幼少期からいずれは継ぐつもりだったというが「まだ会社で何をしたいか、どんな会社にしていきたいか何も思いついていなかった」(輝光氏)ことから、帰国したら坂口捺染に入社する約束を親と交わし、高校を卒業してからわずか2日で米国へ留学する。
「日本の大学に行く選択肢もあったろうけど、周りを見ていたら、特に勉強もせずにアルバイトして遊んでいるような人ばかり。要は、いいイメージがなかった。だったら、思い切って全くイメージのつかない海外に行ってみようって」
しかし、英語がそこまで得意ではなかったため、通常では1〜2カ月で終わる語学学校を卒業するまで10カ月もかかった。その後は現地の短大に通い、結婚や第1子の誕生を経て帰国、2004年に坂口捺染へ入社した。
●金髪、サングラス……「ド派手」な格好で営業活動
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入社当初は、通常の社員として現場に出て、主に雑務を担当していた。「誰よりも働いた」(輝光氏)というこの期間に、社内にある課題や改善策をしっかりと考え抜いたことが、現在に至るまでの改革の礎になっている。
2010年に専務へ就任した輝光氏は、さまざまな改革を断行する。取り組んだうちの一つが、営業活動だ。それまでは主に1社の大口顧客からの受注頼みで、3〜5月が繁忙期。この間は、従業員の多くが夜通し働き、週の休みはわずか1日だった。1社に売り上げが左右されているリスクとともに、従業員の働き方という点でも、課題を感じていた。
繁忙期以外の時期に目を向けると、夏であれば夏フェスのTシャツ、秋には運動会や文化祭があるため学校のクラスTシャツ。冬にはカウントダウンライブなどのイベントがある。そのほかエンタメ業界に食い込めれば、年間を通じて開催されるさまざまなグッズの受注を生み出せるとにらんでいた。
そしてあるとき、大口受注先の社長が突然亡くなってしまい、経営がピンチに。いくつか昔からの取引先から仕事をもらえるようになったものの、以前までの売り上げに達するほどではなかったという。そこで、専務自らが営業を担って顧客を開拓していった。
営業といっても、スーツを着込んで恭しく……といった一般的なイメージとは全く異なる。現在の輝光氏のイメージそのまま、金髪やサングラスなど、ド派手な格好で客先へと足を運んだ。
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●「お前の顔なんか、見たくない」と言われたことも
型破りないでたちで訪問してきた輝光氏に対して、顧客は冷たかった。当時を振り返り、輝光氏は次のように話す。
「『何だこいつ』という反応がほとんどで、理解を示してくれる人はいなかった。『ネクタイくらい締めてこい!』と言われて、翌日もネクタイを締めずに訪問したら『お前の顔なんか、見たくない』と言われたこともあったね」
社内の反応はどうだったのか。先代からは「お前が思う経営をしてみろ」とバトンを渡されたため、特に反対はなし。従業員からも、異論は出なかった。それもそうで、10数人の従業員でいわゆる「町工場」的に事業を続けてきた坂口捺染には、それまで営業という概念がなかったのだ。「営業とはかくあるべし」というものがなかったことが、輝光氏の「らしさ」をそのまま生かすことにつながった。
輝光氏が「いかに自社の従業員が素晴らしいか」といった独自のセールストークを交えながら営業活動を続けると、徐々に理解を示してくれる取引先が増えていった。1社に頼っていた取引先が、今では直接やりとりする代理店で150社ほど、その先にいるエンド顧客は10万社ほどに。国内各地で有名な「ご当地グルメ」などのグッズや、誰しも聞いたことのあるような芸能人のグッズなども手掛ける。
しかし、輝光氏の人柄が非常にインパクトがあるとはいえ、それだけでここまで成長できるほど、ビジネスの世界は甘くない。同社の商流が拡大した背景には、他に何があるのだろうか。
●同社が急成長を遂げた要因とは?
同社を飛躍させた秘訣について聞くと、輝光氏は「まずは人の力だよね」と前置きしつつ、値ごろ感を挙げる。同社にプリントを発注した場合、コストは競合と比較して半値か、3分の2くらいがほとんどだという。
ここで気になるのが、価格競争では一般的に海外の方が安いのではないかという点だ。単に安いだけでは、海外に顧客を奪われそうな気もするが、そこには商材ならではの事情がある。
「確かに海外の方が安いかもしれない。『重衣料』という、コートとかスーツとか、保管にかさばるようなものは、保管コストもあるし、海外が多い。でも、ウチが引き受けるようなTシャツとかの『軽衣料』と呼ばれる商材は、保管コストがそんなにかからない。あと、単価を考えると海外から輸送して……ってするよりも、国内でやった方が結局安上がりになるから、国内需要がそれなりにある」
こうした事情に加え、短納期を求められる商品が多いことも、同社が支持を集める要因だ。
「うちは、同業者が認めるくらいに納期が短い。例えば、数千枚規模のTシャツも、1週間以内にプリントして納品できるから」
では、なぜ納期を短くできるのか。背景には、柔軟なシフト調整がある。これも、専務時代に取り組んだ改革の一つだ。
1社の取引先に頼っていた時代は、ある程度の受注が予想できるため、1週間単位でラインをかっちりと固めて仕事をしていた。そうなると、不意に依頼があったものや、短納期を求められるものに対応しにくい。
そこで、入ってくる注文に応じて、正午、午後3時、午後5時と時間ごとにラインを組み替えるような生産管理に切り替えた。1日600〜700件もの商品を扱い、それぞれにしかるべき工程がある中で毎日毎日ラインの組み替えを担当しているという。相当な苦労だとうかがえるが「もう慣れた」と輝光氏はあっけらかんと話す。
この生産管理改革が、同社が「働きやすい会社」として話題を集める一因にもなっている。同社は200人ほどの従業員のうち、子育て中の女性が大半を占める。子どもが急病になるなど、何かしらの理由でシフトに穴があくことも多いが、ラインを組み替えるのが当たり前になっているため、急な欠勤、早退があっても柔軟に対応しやすいのだ。
後編では、同社の労働環境などについても聞いていく。
(鬼頭勇大)
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