
「高輪ゲートウェイ」という駅名は、何かと話題になりやすい。山手線・京浜東北線では西日暮里以来の新駅として注目を集めた一方、駅名に「ゲートウェイ」が付いていることに、首をかしげた人も少なくないだろう。
JR東日本は、品川・高輪エリアで進めるグローバルゲートウェイ品川プロジェクトの玄関口として、この駅を設けた。ゲートウェイは出入口や玄関口を意味しており、国内外のさまざまな場所から人が集まる東京への新たな入口として、このエリアを位置付けたことが駅名の由来だ。
その駅の周辺で、現在開発が進んでいるのが、「TAKANAWA GATEWAY CITY」(以下、高輪ゲートウェイシティ)である。
高輪ゲートウェイシティとは、一体どんな場所なのか。その正体を探ってみたところ、“歴史の上に未来を築く街”の姿が見えてきた。
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●歴史の上に街の繁栄がある
高輪ゲートウェイシティを語る前に、この場所が歩んできた歴史を振り返っておきたい。
鉄道を建設すること自体が革新的だった明治時代。新橋〜横浜間で鉄道を開業するにあたり、高輪海岸周辺では土地の取得が難航した。その解決策として生まれたのが、「海の上に線路を敷く」という発想だった。
築堤(ちくてい)の建設では、江戸時代から受け継がれてきた城の石垣技術が応用され、その上に英国製のレールが敷かれた。日本の伝統技術と海外の先端技術を組み合わせ、新しい交通インフラを生み出したのである。
鉄道の発展とともに、都市も姿を変えていった。高輪築堤周辺は埋め立てが進み、車両基地が整備された。海側にも陸地が広がり、エリア全体が都市の成長とともに拡張していった。
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この車両基地は、寝台特急車両が昼間に待機する場所として知られ、東京駅で折り返す普通列車も数多く置かれていた。つまり、首都圏の鉄道輸送を支える重要拠点だったのである。
しかし、上野東京ラインなどの整備により、都心部に車両を置く必要性も薄れて、広大な車両基地として使い続けることへの見直し論も強まっていった。
こうした流れの中で、高輪地区の土地活用に注目が集まった。山手線沿線で再開発が進む中、品川エリアでも街づくりが本格化し、高輪から品川までを一体で再編する構想が動き出した。その象徴として誕生したのが、高輪ゲートウェイシティなのである。
●100年先の心豊かな暮らしのための実験場
高輪ゲートウェイシティの開発は、東京総合車両センター田町センターの敷地のうち約13ヘクタールを活用して進められている。広大な土地を有効活用し、日本全国や世界各地からのアクセスの良さを生かして、イノベーションが生まれる街を目指した。
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掲げるコンセプトは、「100年先の心豊かな暮らしのための実験場」である。完成して終わるのではなく、時代に合わせて常にアップデートを続ける街だという。
この地は、江戸時代には江戸の玄関口として高輪大木戸が置かれ、明治時代には海の上に築堤を築いて鉄道を走らせるという挑戦が行われた場所でもある。
人やモノが行き交い、新しい価値が生まれてきた歴史こそが、未来へのゲートウェイになろうとする発想の土台になっている。
●品格ある新しい都市像を提示
こうして開発された高輪ゲートウェイシティは、南北に細長く伸びる形状となっており、東西の幅は比較的コンパクトだ。
高輪ゲートウェイ駅近くには、街の中核を担う「THE LINKPILLAR 1 SOUTH」と「THE LINKPILLAR 1 NORTH」がそびえる。ツインタワー形式の施設で、低層階は一体となっている。SOUTHには高級ホテルが入り、両棟にはオフィスや商業施設のほか、国際会議の開催を想定したコンベンション・カンファレンス機能も備える。2025年3月には、このエリアの「まちびらき」が行われた。
2026年3月には、オフィスや商業施設を備えた「THE LINKPILLAR 2」と、文化発信拠点となる「MoN Takanawa: THE Museum of Narratives」(以下、MoN Takanawa)が開業した。
名称のMoNには「問」と「門」という2つの意味が込められている。来館者が多様な物語に触れ、新たな自分と出会うための「問い」を受け取り、自らの可能性の「門」を開く。そんな思想を掲げる施設だ。巨大展示空間やシアターホールも備え、街の文化的な核となっていきそうだ。
さらに、レジデンスは外国人ビジネスワーカーにも対応した国際水準の仕様で、インターナショナルスクールの開業も予定されている。
このように、高輪ゲートウェイシティが目指しているのは、単に利便性の高い街ではない。オフィス、ホテル、商業、文化、居住機能を集積させ、品格ある新しい都市像を提示しようとしているのである。
●あえて行く街
最寄り駅である高輪ゲートウェイ駅は都営浅草線・京急線の泉岳寺駅にも近く、交通アクセスは決して悪くない。とはいえ、品川駅のような巨大ターミナル駅ではなく、“目的地として訪れる駅”という印象が強い。
JR東日本は、この一帯を「広域品川圏」と位置付けて都市開発を進めている。浜松町、田町、品川、大井町といったエリアを、品川駅を中心に鉄道で結び、一体的な都市圏として育てていく構想だ。その中核の一つとして、高輪ゲートウェイシティが位置付けられている。
未来を見据えながら、人を引きつける価値を育てていく。そこには、かつて鉄道が走り、都市の発展を支えてきたこの土地の歴史が息づいている。
(小林拓矢)
※下記の関連記事にある『【完全版】高輪ゲートウェイは“ネタ駅名”だけじゃない いま「目的地の街」になりつつある理由』では、配信していない豊富な写真とともに記事を閲覧できます。
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