限定公開( 2 )

声優の浪川大輔さん本人が監修した“公認AI合成音声サービス“「POLYPHONY(ポリフォニー)」のリリースが、7月13日に浪川さんが代表を務める声優事務所・ステイラックより発表されました。SNSや動画投稿サイトを中心に声優や俳優の声を無断で学習させたとみられる生成音声が投稿されて問題視される中、なぜ自らAI合成音声を作ることを選んだのか。浪川大輔さんにお話を伺いました。
取材の冒頭で披露されたのは、古びたトンネルを舞台にした怪談を読み上げる浪川大輔さんの音声。不安を誘う抑揚や、声音を変えることにより複数の登場人物が自然に会話する様子、臨場感あふれる息遣いは浪川さんがスタジオで実際に読み上げた台本のように聞こえます。
しかし、浪川さん自身はこの音声について「僕は一言もしゃべっていないんです」と説明。これらは浪川さん本人が監修を務めた上で、浪川さんの声を学習させたAIによって生成されたものなのだそうです。
“公認AI合成音声サービス“「POLYPHONY(ポリフォニー)」の開発が始まったのは約2年前のこと。音声の収録を始めてからも1年以上が経過していると浪川さんは話します。
|
|
|
|
近年、声優本人の許可を得ないまま、担当キャラクターに歌を歌わせたり、実際には発言していない言葉を話させたりする生成音声が相次いで投稿されており、中には誹謗中傷や政治的な主張など、本人が望まない内容に悪用されるケースが問題となっています。
こうした問題を受け、2026年にはアニメ「呪術廻戦」の七海建人役や「ゴールデンカムイ」の尾形百之助役を務める津田健次郎さんが、動画共有アプリ「TikTok」の運営会社を提訴したことも大きな話題となりました。
また、経済産業省も本人の許諾を得ずに「ある人物と同一の声を出力することができる生成AIを用いて、当該生成AIに当該人物 の持ち歌ではない曲を歌わせ、それを動画投稿プラットフォームに投稿した場合」や「ある人物と同一の声を出力することができる生成AIを用いて、当該人物の声を使用した 目覚まし時計を作成し、それを販売する場合」については、当該人物の声が周知されていれば、不正競争防止法第2条第1項第1号によって対処し得るとの見解を示しています。
浪川さん自身も、担当キャラクターの声で勝手に歌われていたり、セリフを話されていたりする動画を目にしたことがあると言い、「『これがみんなの言っているやつなんだな』と思いました。いい気持ちはしないですよね。そのキャラクターが生まれるまでには何年もかかっていますし、オーディションで勝ち取った役でもありますから」と話します。
浪川さんは声まねやモノマネそのものを否定しているわけではない一方で、本人や権利者の許可なく声を再現し、動画の再生数などによって収益を得る行為については、従来のモノマネとは異なる問題があると考えています。
|
|
|
|
声優業界では数年前から、音声の無断生成にどのように対応するべきかの議論が続いており、声優自身のキャラクターやIPを作る取り組みや、企業・研究機関との連携や、行政への働きかけなど、さまざまな方法が試されているとのこと。
浪川さんも顧問の中島博之弁護士らと議論を重ねる中で、「勝手に使われて、投稿主に勝手に収益が発生するのではなく、声優がきちんと関わり、作っていただいた技術者の方にも還元され、声優にも還元される方法はないか」を考えたと言い、「そのコンテンツを皆さんに楽しんでもらえれば、正常な形になると思うんです。本人が許可し、本人が監修した公式のAI音声を作ることで、正規版と海賊版を区別できるようになればと思います」と語りました。
AIに声を学習させるため、収録では五十音ではなく、現代的な会話や古い言い回しや感情を込めた文章、全く意味をなさないものなど、さまざまな文を読み上げたと浪川さん。例えば同じ言葉でも感情や文脈により、発音や抑揚が変化することから、さまざまな文章や感情のパターンを収録する必要があったと振り返ります。
そうした収録データを元に技術者が「もっと不安そうに」「明るく」といった指示をAIに与え、いくつかの音声パターンを生成。浪川さん自身が確認の上、アクセントや感情表現などについての修正指示を出し、技術者がトライアルアンドエラーを繰り返していったそうです。
その上でどうしても理想的な表現ができない場合には浪川さんが追加で音声を収録。再びAIに学習させることにより、精度を高めていっているとのことでした。
|
|
|
|
「(公認AI合成音声を使うよりも)今は僕がしゃべった方が早いんですよ」と冗談混じりに話してくれた浪川さんですが、開発を続けている理由として、人間にしかできない仕事がある一方で、AIにしかできない仕事もあると考えているからだと明かしてくれました。
例えば、サービス利用者一人一人の名前を呼ぶというコンテンツがあった場合、声優本人が数千、数万種類の名前を収録するのは現実的ではありませんが、公認AI合成音声を用いることでそれらが容易になる可能性があります。
一方で、細かな感情の変化や相手の芝居を受けて生まれる表現は、人間の声優にしかできない部分だといい、浪川さんは声優をAIに置き換えることではなく、互いの得意分野を生かした「共存」を目指していると語りました。
「POLYPHONY」は当面の間、企業向けにのみ展開する予定。
企画ごとに利用目的を確認したうえで、音声の使用範囲を契約で定める「コントロール権」を弁護士監修のもとで設定し、声の権利者が認めていない内容への使用や、第三者へのデータ提供、別のAIへの再学習などを制限します。
浪川さんは「僕が『これは僕の声です』と言って、僕が認めているものとして聞いてもらうことと、勝手に流れているものは違います。そこが一番大事なんです」と語り、完成度だけでなく、本人が監修し、公式に認めた音声であること自体に大きな意味があると話しました。
近年、日本語吹き替えなどで収録した音声を将来の機械学習に利用する可能性を契約書に盛り込む海外の映画・ドラマ制作会社が増えてきているといわれています。こうした契約を行う背景には、将来的に、海外俳優本人の声をAIで再現し、その俳優自身が日本語を話しているような吹き替え音声を作るために、日本人声優の音声が学習される可能性もあります。
浪川さんはAIや海外企業と対立するのではなく、日本の声優側も利用方法を決め、主導権を持てる仕組みを作るためにもAIを拒絶するだけではなく、自ら活用する必要があると考えています。
生成AIを巡っては、「若手声優の仕事が奪われるのではないか」という懸念も聞かれます。声優事務所の代表として若手の育成にも携わる浪川さんは、電子書籍が普及しても紙の本が残り、ネットニュースが広がっても紙媒体が存在していることを例に「人間がやるコンテンツはなくならないと思っています」と話します。
「POLYPHONY」に参加している声優は、現時点では浪川さん一人。ステイラックの所属声優に参加を強制する考えはなく、サービスの内容や世間の反応を見た上で、それぞれが判断すべきだといいます。
さらにステイラックの所属声優以外にも同サービスに興味がある声優がいれば協力は惜しまない考えも示しました。
「これは僕の声です。僕がちゃんと監修して、認めたものです」そういえることが大切だと話す浪川さん。「POLYPHONY」は、人間の仕事をAIに置き換える取り組みではなく、人間がAIを管理しながら、新しい表現や仕事を生み出すための第一歩となりそうです。
(Kikka)
|
|
|
|
|
|
|
|
Copyright(C) 2026 ITmedia Inc. 記事・写真の無断転載を禁じます。
掲載情報の著作権は提供元企業に帰属します。