米同時テロで亡くなった杉山陽一さんの遺影を手に、自宅で取材に応じる父親の住山一貞さん=8月31日、東京都目黒区 約3000人が犠牲となった2001年の米同時テロから11日で25年。テロで長男の杉山陽一さん=当時(34)=を亡くした住山一貞さん(89)=東京都目黒区=は「(テロの)悲しみと怒りは、自分が死ぬまで続く。この気持ちをどう持って行けばいいかわからない」と訴える。
杉山さんは崩壊したツインタワー南棟の旧富士銀行(現みずほ銀行)ニューヨーク支店に勤務していた。テロに巻き込まれ行方不明となり、02年4月に死亡が確認された。
「海外へ行きたい」と学生時代から英会話などを学んでいた杉山さん。テロ前年の00年には念願だったニューヨーク支店に配属された。住山さんは「世界の金融の中心で働いている」と息子を誇らしく思った一方、海外でのテロが当時続いていたため、不安を少し抱いた。
住山さんは25年前のあの日、テロのニュースをテレビで知り、4日後に現地へ飛んだ。ただ現地に行っても安否は分からず、情報を求めて病院を巡り、壁にポスターを張った。「つらい作業だった。不安でいっぱいだった」と振り返る。
住山さんは「日本人の犠牲者がいたことを知ってほしい」と現地で撮影した写真の展示会を不定期で開催するなど、テロの残酷さや遺族の思いを伝え続けた。米テロ調査委員会報告書を辞書を使い約8年かけて独力で翻訳し、21年には邦訳版を刊行した。ただ最近は体力の衰えを感じることが増え、展示会も今年で終了したという。
それでも自身の体験を伝えたいとの思いは持ち続けている。「歩くのはしんどくなったが、話はできる。機会があれば自分の経験は語り続けたい」と力を込める。