「乗車拒否」ブログが反響を呼んだ障害者のコラムニスト・伊是名夏子さんは、バリアフリー法や障害者差別解消法を根拠に、無人駅への降車をもとめた。
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たしかに、誰もがいつでも平等に移動するため、法律はその助けとなる。しかし、法は万能とは言えず、限界もある。
社会保障法を専門とする上智大学法学部の永野仁美教授に、法的な問題について詳細に解説してもらった。(編集部・塚田賢慎)
永野教授の解説の前に、まずは、「乗車拒否問題」を振り返ってみよう。伊是名さんは「JRで車いすは乗車拒否されました」との記事で、事前連絡なしで、無人駅のJR来宮駅に下車するため、小田原駅の駅員とやりとりをした経緯を伝えている。
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駅員から「来宮駅は階段しかないのでご案内ができません。熱海まででいいですか?」と言われたことで、次に、3〜4人の駅員を集めて、階段を持ち上げてほしいと頼んだところ、今度もまた「熱海駅までで。その後はご自身でお考えになってください」と対応に変わりがなかった。
その後は、法律を根拠として、対応を求め続けた。
「バリアフリー法がありますよね。車いす対応をお願いします」
「障害者差別解消法があり、エレベーターがない駅は、合理的配慮としてほかの手段で対応していただく法律があります。エレベーターを作ってほしいと言っているわけではなく、エレベーターがないならば、それ以外方法で対応する義務があります(編注:ママ)」
これに、駅員は、次のように回答している。
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バリアフリー法に関しては「利用者3000人以下の駅は対象ではありません」
差別解消法にもとづく合理的配慮の提供に関しては「現状としてできかねます」
最終的には、熱海駅の駅員4人が、階段で車イスを持ち運び、伊是名さんは来宮駅で下車できた。
その後、補足のためのブログ記事で、事前連絡をしなかった理由を説明している。
JR東日本の来宮駅構内図をあらかじめ調べたところ、「無人駅であることも、車いすは事前連絡が必要なことも書いてありません。よって、いつもJRを利用するときと同様に、連絡をせずに向かいました。今までも、案内に時間がかかっても、また階段しかない駅でも、駅員がいつも車いすを持ってくれます」
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これらの経緯を踏まえ、障害者政策にくわしい永野教授は、法的な問題点について、以下のように語る。
ーーバリアフリー法(高齢者、障害者等の移動等の円滑化の促進に関する法律)に反する点はあるでしょうか
バリアフリー法は、高齢者や障害者等にとって社会的障壁となっているものを除去し、彼らの移動や施設利用の利便性・安全性を向上させることを目的とする法律ですが、限界もあります。
鉄道駅については、同法に基づき策定される「移動等円滑化の促進に関する基本方針」によりバリアフリー化が求められているのは、1日の平均利用者数が3000人以上の鉄道駅、及び、1日の平均利用者数が2000人以上3000人未満の重点整備地区内の鉄道駅(2021年4月より追加)に限られています。
したがって、1日の利用者がこれに満たない来宮駅に階段しかなくても、現行の法律や基本方針には反していません。
しかしながら、バリアフリー法は、漸進的な発展が求められる法律です。特に、2014年に日本も批准した障害者権利条約は、「都市及び農村の双方において(公定訳)」アクセシビリティを確保するための適当な措置をとることを条約締約国に求めています(9条)。
したがって、バリアフリー法は、まずは利用者の多い鉄道駅(都市部の鉄道駅)からアクセシビリティの確保のための整備を進めることとしていますが、条約の要請に従って、ゆくゆくは都市部以外についてもこれを実現していくことが求められます。
公共交通の維持に苦慮している都市部以外の場所もありますが、そうしたところには、積極的な公的支援も求められるでしょう。
ーー事業者の合理的配慮の提供に関しては、障害者差別解消法(障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律)等に反する点はあるでしょうか
アクセシビリティの整備とは別に、事業者には、障害者差別解消法に基づき、障害者に「合理的配慮」を提供する義務が課されています(8条2項)。ただし、この義務は、民間事業者については、現在のところ「努力義務」であり、また、事業者に過重な負担が生じる場合には免除されます。
問題は、何をもって「過重な負担」が生じていると捉えるかですが、これに関しては個別具体的に検討していくしかありません。
今回のケースでは、バリアフリー法の内容も鑑みると、少なくとも現段階において、来宮駅にエレベーター等を設置して万全のアクセシビリティ環境を整備しておくことまでは合理的配慮の提供として事業者に求められてはいないでしょう。
ただ、アクセシビリティに関連する情報として、エレベーターの有無等に関する情報だけでなく、当該駅が無人駅である旨の情報もHP等で提供しておくことは、今後、求められるのではないでしょうか。
無人駅であることは、合理的配慮の提供、ひいては障害者の移動に大きな影響を与えうるからです。
無人駅には、合理的配慮の提供のために他の駅から人員を送る措置をとらなければなりません。また、こうした措置の必要は、障害者の側でも容易に予測がつきますので、情報があれば、あらかじめの連絡や、相談をするという行為にもつなげることができます。
なお、必要な情報を事前に把握できるような情報提供は、上記の「基本方針」も要請しているところです。情報提供があるだけで防げる紛争があるように思います。
もちろん、情報提供さえすればよいわけではありません。それは、あくまでも合理的配慮の提供につなげるための前段階に位置付けられるものです。
事業者としては、合理的配慮の不提供は障害に基づく差別にもなりうることを踏まえ(障害者権利条約2条)、そのための業務を、「突発的に生じる追加的な業務」ではなく、「常にある業務」として捉え、準備をしておくことがもとめられます。
また、他の駅と、さらには他の交通機関との連携・協力の体制を整えておき、実際に求めがあったときに滞りなく合理的配慮の提供ができるようにしておくことも重要だと言えます。
ただ、人員配置の少ない駅や路線では、これらは「言うは易し、行うは難し」だとも思います。今回は、熱海駅が観光地にある比較的大きな駅で、来宮駅もそこから1駅だったことが最終的に幸いした側面も否定できません。
ーーそのような課題を踏まえ、法整備の方向性はどうすればよいのでしょうか
現在のバリアフリー法(基本方針)は、1日の利用者数を基準として優先的にアクセシビリティの整備を行う駅を決めています。
そこで、無人駅であること、その中でも有人駅から離れた駅であること(すなわち、人的な合理的配慮の提供がより困難であること)等も、整備を優先する場所の基準としたり、あるいは、優先的なアクセシビリティの整備のための公的支援の対象とすることも、対策としては考えられるのではないでしょうか。
障害者の側の「事前連絡などなしに駅を利用したい」という、ごく自然な思いを実現するには、アクセシビリティの整備と合理的配慮の提供とを相補的に機能させることも重要と言えるでしょう。
ーー誰もが平等に、事前連絡を必要とせず、移動できる社会は理想的です。しかし、障害者の移動には、駅員の人的負担がかかることになるのも理解できるところです。どのようにバランスをとって、この課題を克服すればよいのでしょうか
社会は、多数の人にとって、便利にできています。
多数派に属する人は、その恩恵を被っているわけですが、普段、それを意識することは稀で、それに感謝することもしていません。
例えば、駅で階段の全面改修工事があって、上下階への移動はこれでお願いしますと言わんばかりにロープのみが用意されていたら、私なら「階段を用意して欲しい」と全力で要求するでしょう。しかし、たいていは、そのような要求をする必要はありません。多くの人の利便性を考えて、仮設の階段が用意されるからです。
多数派に属するとは、全力で必要なものを要求する労から解放されている、また、受けている恩恵に感謝することからも解放されていることを意味していると思います。そう考えたときに、社会の中で少数派として生きることの大変さはいかほどかと、思いを巡らさずにはいられません。
ですから、多数の人の利便性だけでなく少数派に属する人たちのことも考慮に入れて、社会が変わっていくことが、現在、求められていると思います。アクセシビリティの確保のための改修を行ったり、ユニバーサルデザインを取り入れたり、合理的配慮の提供を義務付けたりということは、その一環だと言えます。
ただ、一朝一夕な実現が困難であることもまた、受け入れざるをえません。バリアフリー法は、少しずつアクセシビリティ確保のための整備を行っていくこととしていますし、差別解消法も、民間事業者の合理的配慮提供義務については、「努力義務」から始めました。これについては、今国会で「法的義務」に改正される予定ですが、できることから始めて社会の変化を促し、段々と規制を強化していく姿がここには見られます。
もちろん、早急な変化が求められることは言うまでもありません。しかし、変化は漸進的であるがゆえに、過渡期には、障害者の側の希望と事業者が可能だとすることとの間で差異が生じることもおきえます。
それが軋轢となり、対立・分断の状態のまま残ってしまうのはとても残念です。両者に衝突が生じたとしても、それが差異を埋めていくための「話しあい」のきっかけとなり、社会がよりインクルーシブな方向に変化していくことへとつながることが重要だと思います。障害者権利条約が要請しているのも、まさに「建設的対話」です。
【プロフィール】 上智大学法学部教授。日仏の障害者政策について比較法的観点から研究。主著に、永野仁美『障害者の雇用と所得保障』信山社(2013年)。
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