ビール列車があるのに、なぜ「京急蒲タコハイ駅」は非難された? 現地で聞いた「何が悪かったのか」の声

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2024年06月29日 11:01  ITmedia ビジネスオンライン

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京急川崎駅に掲示されたポスター

 サントリーと京浜急行電鉄がタッグを組んだ「京急蒲タコハイ駅」イベントが、5月18日〜6月16日に大田区商店街連合会の協力のもと、京急蒲田駅周辺で開催された。


【画像】え!? 「京急蒲タコハイ駅酒場」はこんなに盛り上がっていたの? 大行列、車両やホームで酒を飲む人たち、田中みな実さんのポスターと地元の商店街


 京急蒲タコハイ駅イベントの内容は大きく2つある。


 1つは、5月18〜19日と6月8〜9日に、サントリー「こだわり酒場のタコハイ(以降、タコハイ)」と蒲田のソウルフード「餃子」が楽しめる「京急蒲タコハイ駅酒場」が駅ホームに開店するというもの。餃子は蒲田の人気店「ニーハオ」「ホアンヨン」から提供された。


 もう1つは、京急蒲田駅周辺の飲食店でタコハイ1杯が半額で楽しめる「蒲タコハイ祭」(5月18日〜6月16日開催)。参加店は、居酒屋を中心に、ダイニングバー、スナック、焼肉、ラーメン店など多彩な業態45店に上った。


 また、サントリー公式Xアカウントをフォローして、対象の投稿をリポストした人から抽選で50人に「京急蒲タコハイ駅 オリジナルTシャツ」をプレゼントした。


 駅、街の商店街、バーチャルが一体化した、地域に密着しつつも全国に広がる、上手なマーケティングだったと思う。


 ところが、アルコール依存症の予防に取り組むNPO法人ASKと主婦連合会は、「期間限定であっても駅の呼称を『京急蒲タコハイ駅』とするなど、駅の公共性を完全に無視した愚行」と非難。一部イベントの中止を求める申し入れ書を、5月17日に両社へと提出した。


 サントリーと京急は、申し入れ書を真摯に受け止めた。まず、「京急蒲タコハイ駅」と変更した駅の看板を、元に戻した。また、駅構内の広告の露出を減らすなど、一部実施内容を縮小して対応した。


 本件に関しては、「京急蒲タコハイ駅イベントのいったい何がいけないのか?」と疑問に思った人も多かったのではないだろうか。


●過去にも駅のホームで居酒屋イベントは開催されていた


 京急蒲タコハイ駅の騒動が起きる前から、駅のホームを利用した居酒屋イベントは期間限定で過去に何度か開催されてきた。


 JR総武線・両国駅のホームでは、燗酒とおでんなどを楽しむイベントが何度か開催されている。


 2016年から、京阪電気鉄道・中之島駅で、ホームと車両が居酒屋になるイベントも実施され、サントリーがビールを提供している。


 駅のホームどころか、電車の車両そのものが居酒屋になる、ビール列車、ワイン列車などの企画列車も運行されている。


 また、京急は久里浜線終点の三崎口駅を「三崎マグロ駅」に変え、三浦半島の観光振興を図るイベントを実施している。2018年には、人気漫画『北斗の拳』とのコラボで上大岡駅を「上ラオウ岡駅」、京急蒲田駅を「京急かぁまたたたたーっ駅」などに変えるといった取り組みもしてきた。イベントでの駅名変更による集客は、京急のお家芸でもあった。


 そうした実績を積み重ねてきた上での京急蒲タコハイ駅イベントだった。


 これまでのイベントは“愚行”ではなくて、今になって“愚行”と新しく解釈された形で、環境の変化が起きたと考えられる。


 その変化とは、2月19日に厚生労働省が発表した「健康に配慮した飲酒に関するガイドライン」だ。当該ガイドラインは、「避けるべき飲酒等について」として、5つの項目を挙げている。


 このうち、酒に関する産業に影響を与えそうなのは、「一時多量飲酒(特に短時間での多量飲酒)」だ。いずれ居酒屋・パブなどの飲み放題は続けられなくなると言われている。さらに、将来的には公共の場でのさまざまな酒の提供に関する禁止事項が、タバコと同じように法制化される可能性がある。


 2020年4月に改正健康増進法が全面施行されたことで、全ての公共施設が原則屋内禁煙となった。望まない受動喫煙による、肺がんなどの健康被害から非喫煙者を守るのが目的だ。


 厚労省のバックにはWHO(世界保健機関)がいて、タバコの次は酒の規制だと、飲食関係者の間では言われてきた。いよいよ本格的に動き出した印象がある。


●酒類のマーケティング全てを否定しているわけではない


 ASKの公式Webサイトで、「『京急蒲タコハイ駅』への駅呼称変更とホームでの酒場開店の中止を求める申し入れ書に関するお問い合わせについて」(6月18日付)を閲覧してみた。そこでは、酒類業界団体が共同で定めた「酒類の広告・宣伝及び酒類容器の表示に関する自主基準」(1988年12月9日制定、2019年7月1日最終改正)について言及している。


 しかし、「今回の事例のように、駅名自体を酒類の商品名にして駅空間の仕様を変更することや、プロモーションの一環として駅ホームで酒場を営業することは、当時はまったく想定していなかったため、自主規制項目に規定されていない」と明記している。


 つまり、サントリーと京急は、法、条例はもちろん、自主基準をも破っていなかったのだ。


 お酒を使った街の活性化イベントは、ビールを楽しむ「オクトーバーフェスト」など、公園のような公共の場で数多く開催されている。こうしたイベントが、「公共性を完全に無視した愚行」として、今後は開催されなくなるのではないかという不安や疑念が、全国各地の商店街や行政からも聞かれるようになってきた。


 しかし、ASKは「酒類のマーケティングのすべてを否定しているわけではない」としている。今回は不特定多数が利用する極めて公共性が強い場といった駅の特殊性を勘案し、駅に限定した超法規・超自主基準の抗議、中止の要請だったと考えられる。


●京急蒲タコハイ駅イベントに参加してみた


 筆者が京急蒲タコハイ駅イベントに参加したのは、6月9日の午後5時頃だ。


 まず、京急蒲田駅の京急蒲タコハイ駅酒場を訪問した。駅でのイベントは午後1〜7時に開催されている。


 3階2番線ホームに設けられた受付には、長い列ができていた。列には若い人のグループもあれば、カップル、熟年の夫婦、ママたちの集まり、インバウンドとおぼしき外国人も見受けられた。女性1人で飲みに来ている人もいた。


 2番線ホームは電車が発着していたわけでなく、停車している車両が酒場の座席として利用されていた。


 ASKと主婦連からクレームが入ったからか、列に並んでいる時に、アンケートにチェックを入れるように求められた。その中には、「あなたは20歳未満ですか」「あなたは妊娠していませんか」などといった設問もあり、「いい歳の男(筆者)を、見たら分かるだろう」と苦笑せざるを得ない項目もあった。それだけ現場は、ピリピリしていた。


 20分ほど並んで、300円でタコハイ1杯と餃子2個がセットで楽しめるチケットを買い、会場に入った。タコハイも餃子もまたも長い列。タコハイを確保するのに10分、餃子は30分ほどかかった。餃子は鉄板で焼いてアツアツを提供するので、一度提供分が売れてしまうと焼くのに時間がかかるのだ。


 やっとワンセットのタコハイと餃子を確保して、飲食する頃にはくたくたになってしまった。サービスで「南アルプス天然水」も付いてきた。そうこうしているうちに、田中みな美さんの「みなさん、お疲れさまでした。ハイ、タコハイ」といった30秒ほどの場内アナウンスが流れてきたと記憶している。


 実際に参加した感想としては、並んでいる時間がやたら長く、おかわりしようにも「またあの行列か」と思ってしまう。そのため、泥酔する前に帰りたくなった。筆者が見た範囲では、いわゆる「酔っぱらい」はいなかった。


 たいへんな活況で、京急の広報によれば4日間で約6000人が訪れたという。


●「何が悪かったのか」の声も


 蒲タコハイ祭に参加する店舗の様子を見るために、改札を出て蒲田の街に繰り出したところ、商店街ごとに温度差があることに気付いた。


 京急蒲田駅とJR・東急の蒲田駅は800メートルほど離れている。京急に近い京浜蒲田商店街「あすと」では、3軒の店の前で蒲タコハイ祭のポスターを見ただけだった。全部の飲食店が参加したわけではなく、物販の店も多いのが分かった。


 JR・東急に近い蒲田東口商店街には、先ほどと違い、多くのポスターが貼ってあった。


 駅の反対側にある蒲田西口商店街では、物販の店が多いこともあるが、全くポスターを見かけなかった。


 ポスターを貼った居酒屋の店員は、「1日に20人を超える利用者があった」とイベントの効果を強調。一方、ラーメン店では「1日に1〜2人いるかどうか。もう少し来ると思った」と、寂しげだった。業態によって、効果が分かれた模様だ。


 蒲田は、つかこうへい氏の直木賞を受賞した小説で、映画や演劇にもなった『蒲田行進曲』の舞台になっている。かつて松竹蒲田撮影所があり、日本映画界の黎明期をリードした場所だ。東急線ガード下に沿って「バーボンロード」という個性的な店が集まる飲み屋街もあり、大人の酒文化を発信するにはもってこいな場所ではないだろうか。


 「蒲田らしいイベントなのに、何が悪かったのか」という店主の声も、バーボンロードでは聞いた。バーボンロードでもポスターはまばらにしか、見かけなかった。


 企画の趣旨として、京急・広報は「街のにぎわい創出及び商店街活性化のために、街全体を盛り上げることを目指して実施した」としている。


●サントリーの見解は?


 一部自粛してイベントを開催した理由として、サントリーHD・広報は、次のように回答した。


 「適量のお酒はさまざまな場面に彩りを与え、生活を豊かにしてくれる素晴らしいものと考える。だからこそ当社では適正飲酒を勧めるモデレーション広告を、1986年に開始後、現在も継続しており、また当社社員が直接、お客さまに働きかけるDRINK SMARTセミナーを実施するなど、さまざまな取り組みで、適正飲酒の啓発に努めている。


 広告出稿に関し、ルールを順守し、さまざまなリスクに対する考慮・配慮を講じたうえで実施しているが、ご指摘をいただいた場合には、内容を検討し、責任あるアルコールのマーケティングの実践につなげている」


 確かに、酒に含有されているエチルアルコールには、致酔性、依存性、発がん性、胎児毒性などさまざまなリスクがあり、単なる嗜好(しこう)品ではないかもしれない。また、酒の広告を、20歳未満の人、断酒・禁酒中の人、飲めない体質の人に、意図せず目に飛び込むような強制視認性が強い、駅のような公共の場所で、見せるべきではないという意見も分かる。


 筆者は交通広告の心理学に詳しくないが、過去の経験を振り返ると、広告が購買行動に影響を与えたことはあったかもしれない。強いて挙げれば、週刊誌など雑誌の中吊り広告は、情報として入ってかなり入ってきた感がある。


 京急蒲タコハイ駅の看板、ポスターを見ると、田中さんの容姿ばかりが目立って、タコハイの情報はそれほど目立たない印象だ。


 今時、駅の出入口や通路などは通過するだけで、駅のホームや電車の中では、だいたい皆、スマホを見ている。交通広告の強制視認性も薄らいでいる感がある。


 筆者の知人がアルコール依存症に苦しんでいたので、酒のポスターを見ただけでもついついコンビニで酒を買ってしまうということがあり、飲酒を自力でコントロールできない症状があることは承知している。


 しかし、日本のアルコール依存症の成人の人口比は、2016年のWHO調べで1.1%と低い。米国は7.7%、韓国は5.5%だ。欧州のベラルーシでは11.0%など特に高い国もある。


 日本のアルコール依存症の人の割合が低いのは、前述のASKや主婦連の尽力もあるが、日本の酒にかかわる産業、酒を飲む人の自己管理が、意外としっかりしていることを示しているのではないか。


 アルコール依存症予防と救済の観点から、酒という特殊な商材の広告を見たくない権利を主張する気持ちも分からないでもない。しかし、これを端緒に違法でもないのに、自分が見たくない権利が認められていくと、表現の自由がどんどんと奪われていく可能性がある。また、日本国憲法で掲げる基本的人権の尊重に照らして、98.9%の非アルコール依存症の成人のお酒を飲む自由にも、配慮していただくわけにはいかないだろうか。


(長浜淳之介)


このニュースに関するつぶやき

  • クレーマーが大手を振る時代か、、、 嫌な時代になったものだわ(爆)
    • イイネ!21
    • コメント 6件

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