なぜ、日本で「ネット投票」が実現できないのか

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2024年11月18日 15:31  ITmedia NEWS

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 NHKが報じたところによれば、10月27日に行われた衆議院選挙では投票率が53.85%と、戦後としては3番目に低いという水準であったという。前回に比べて投票率が上がったのは4県しかなく、選挙への興味関心の低下は全国的な傾向と言えそうだ。


【クリックで表示】ネット投票に関する総務省の公開資料(全3枚)


 一方で日本経済新聞の報道によると、現地時間の11月5日に行われたアメリカ大統領選挙の投票率は64.52%で、戦後2番目の高さだったという。直接選挙ではないにしても、国のトップを国民の意志で選択できる大統領制であることに加え、二大政党制というシンプルな構造ゆえに、国民の関心もかなり高い。


 衆議院選挙における年代別投票率の推移を見てみると、平均を大きく下回るのが20代で、次いで10代、30代となっている。40代はほぼ平均値と同じぐらいだが、やはり10代から30代までの投票率を上げるということが、喫緊の課題であろう。


 そもそも忙しい最中、決められた日時に指定された投票所に行って投票というやり方が、現代的なライフスタイルからかけ離れているという意見もある。もちろん投票率が上がる本質は、国民の政治参加意識の向上であるべきなのだが、インターネット投票の導入は、将来を見据えれば避けて通れない道ではあるのも事実だ。


 選挙のたびにインターネット投票の議論が起こるところだが、いまだ実現には至っていない。今回はその実現についての課題を整理してみたい。


●現行制度はどうなってる?


 まず細かい検討に入る前に、現行の選挙制度と、インターネットを使う投票という行為の意義について、考えておきたい。


 既に多くの国民に関係するインターネットを使った公的手続きとしては、e-Taxがある。以前は申告書の郵送もしくは税務署への持参が必要だった確定申告も、現在はオンラインが原則になっている。こうしたすでに動いているシステムを参考にするというのは、一つの考え方である。


 ただ確定申告と投票の違いは、確定申告が国から国民へ課せられた「義務」であるのに対し、投票は国民から国に突きつける「権利」であることだ。つまり、権力の行使が逆向きというわけである。当然これは、システムのベーシックな方向性としても、またエラー処理の考え方としても、仕様として逆向きになるべきということは抑えておきたい。


 またこれも重要な点だが、インターネット投票の最大の目的は、有権者の利便性が上がることである。従って、ネット投票にしたら集計が便利とか役所が楽になるといったことが第一の目的ではない。付加価値としてそうなることはあっても、それを目的にセットしてはいけないということである。


 これを踏まえて、まず現在の投票システムはどのように動いているかを把握しておこう。先日の衆院選を参考にすると、われわれ有権者のところには、「投票入場券」というものが圧着ハガキで届く。展開面には氏名や住所、名簿番号などが記載されており、それを自分の分だけ切り取って投票所に持参し、受付でバーコードを読み取って有権者名簿と照合する。


 この有権者名簿は、市町村ごとにマスターファイルが管理されており、バーコードの読み取りを行うと、自治体専用回線を経由してリアルタイムに更新されてゆく。投票入場券は、単にデータベースとの照合を簡易化するためのものなので、これがなくても受付で身分証明書を提示してデータベースと照合し、本人確認ができれば投票できる。


 実際の投票は受付後に行っているので、受付した瞬間に投票済みと認定されるのは厳密にはまあちょっとおかしい話ではあるのだが、仮に投票所まで来て投票を棄権したとしても、「投票する権利は行使した」と見なされるわけである。


 実際に投票する瞬間は、選挙管理委員会から指定された立会人が同席している。この立会は、第三者に投票を強要されていないかなどの不正を防止するための措置として、公職選挙法で義務付けられている。こうした仕組みは、期日前投票でも原則的には同じである。


 そして投票時間終了後、全ての投票は複数の投票区を束ねた開票区単位で開票所に集められ、集計される。


 ネット選挙を導入すれば、「投票所」という概念がなくなるので、投票区もなくなるということになる。それなら全国の投票を1つのシステムで、という考え方もあるだろうが、日本の場合は有権者名簿が住民票とひも付いており、市町村管理なので、ネット投票では最小単位を投票区ごとか、選挙区ごとか、市町村ごととして、各地方の選挙管理委員会の元で管理運営していくというのが筋だろう。リスク分散という意味でも、小分けする意味はある。そこから先、上流への報告は、オンラインだろうがオフラインだろうが電話連絡だろうが、有権者は知ったこっちゃない訳である。


 ただ取りまとめ単位として「投票区」や「選挙区」を採用すると、選挙の種類によってその領域が変化する。一番広域化するのは都道府県知事選挙と参議院選挙区だが、逆に一番狭域化するのは市町村議会議員選挙ということになる。それだと選挙ごとに別システムを組むことになってしまうので、現実的には市町村単位であらゆる選挙に対応できるようなシステムを運用するというのが妥当だろう。


●技術的課題


 ネット投票に関する大きなハードルの一つが、セキュリティ対策である。なりすましや重複投票を防止することはもちろん、サイバー攻撃への対応も必要だ。また不正はなくてもアクセス集中のためにサーバがダウンするとか、技術的トラブルへの対応が必要となる。


 誰が対応するのかといえば、市町村単位の公務員だ。選挙システムの管理運営を一般民間のセキュリティ会社に投げれば、買収贈賄の可能性を排除できない。そこは公務員法で縛られた公務員が直接担当すべきである。


 とはいえ、現時点でも自治体DX推進計画の初期期限である2025年度末までに、住民基本台帳や戸籍といった計20の基幹業務システムを標準仕様に準拠して作り直す作業が間に合わない自治体がポロポロ出てきているような状態だ。


 全ての自治体に、セキュリティ対策ができてシステム障害対応ができる公務員が配備できるのか、それはいつなのかも、まだ全然分からない。少なくとも「人材」という意味では、ネット投票の実現は自治体DXが一通り回り始めてから、ということにならざるを得ないのではないだろうか。


 なりすましや重複投票の防止という観点では、個人認証が必要になる。これに利用できるものとしては、現時点ではほぼマイナンバーカード一択ということになる。マイナンバーカードも昨今は券面情報をスマートフォンへ搭載するという方向性で進んでおり、このスマートフォンを使って、専用アプリで投票するという流れで検討するのが妥当だろう。


 マイナンバーカード自体にも賛否あるところだが、少なくとも全国民が所有する可能性が一番高い、個人認証可能な仕組みであることは間違いない。ネット選挙の実現は、現実問題としてはマイナンバーカードの普及とセットで考えるしかない。


●制度的課題


 選挙のやり方を変えるには、公職選挙法の改正は欠かせない。改正のポイントは、いくつかある。まず大原則として、投票所以外の場所から投票できるという、投票場所の制限を撤廃する必要がある。


 加えて、先に述べた立会人の問題がある。投票の強制などの違法行為をどうやって確認するのか、あるいは人による確認に変わる方法があるのか。先行議論としては、総務省内において国外に住む有権者に対するネット投票の調査研究が続けられており、これは一つの参考になる。


 ただこの議論の中でも、有識者によりオンライン受験の例が報告されているが、厳密に行うなら十分ではないという報告がされている。


 法改正は国会でしかできないので、国会議員による賛成多数が求められる。だが仮に議員立法により改正案が提出されても、ネット投票にメリットがある議員しか賛成しないだろう。投票率の低下は問題だが、40代以上の有権者の支持が厚い議員は、ネット選挙によって若い人の投票率が上がることはメリットにならない。


 つまりこの法改正は、若い人に支持される議員が多数いなければならないが、現状の投票制度である限りはそういう議員は増えないという、デッドロック状態になっている。


●社会的課題


 ネット投票を実現するには、有権者が自分の端末を使ってネット回線に接続し、操作する必要がある。そこにはデジタルデバイドの問題が横たわる。例えばインターネット環境や端末を持たない人、あるいは使いこなせない人、ネット接続が難しい地域に住む人など、有権者の条件は同じではない。


 既にe-Taxは実現できているではないかと思われるかもしれないが、確定申告は税理士による代理申告が可能だ。また本人の意思が確認できるのであれば、申告書の送信だけなら家族や友人などの代理提出もできる。


 一方投票の代理ができるのは、現行法では投票所の係の者と決められており、家族や介助人が代行することができない。こうした原則がある以上、全ての人を対象にネット投票を展開したり、ネット投票だけに切り替えるということは相当難しいことになる。ネット投票もできるが、不調なときは投票所に行っての投票もできる、あるいは逆に災害が起こって投票所に行けなくなったら、ネットで投票するというような、互いに補完できる形で展開するのが望ましい。


 だが社会的問題として大きいのは、ネット投票というシステムが国民に信頼されるのか、というところだろう。例えば投票所とネット投票の傾向が著しく違っていた場合、ネット投票の信頼性が疑われることになる。利用者層が違えば投票結果が異なることは当然考えられるのだが、それにしても…という疑いが晴れなければ、制度維持は不可能になる。


 ここまで技術的、制度的、社会的課題に分けて問題を整理してみたが、このどれか1つでも解決不能であれば、ネット投票の実現は難しい。実際世界でもネット投票が実現できているのは、エストニア、フランス、スイス、オマーンぐらいしかなく、フランスではセキュリティの問題が解決できず一時中止されたこともある。2022年に再開されたものの、事前情報配信の不備などが重なり、選挙結果が無効になるなどの騒動が起きている。万全のシステムなど存在しない中、それでも実施するメリットは、投票率の高さだろう。


 日本においてネット投票の議論が進まない理由は、そうしたメリットを追うモチベーションがないからである。例えばこのままの現行制度下でこれ以上の世代間格差が広がることは違憲であるといった裁判所判断が出るなどすれば、事情は変わるかもしれないが、若い世代がそうした裁判を起こす可能性は低い。


 先日の衆議院選挙では、18歳になって初めて選挙権を得た娘を伴って投票所に足を運んだ。ネット投票の機が熟すまで、若い世代にこうした「選挙に行くクセ」を付けることぐらいしか、今のところやれることがないのではないだろうか。



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  • 全ては岸田が悪いんだと河野とかいう外国人がいうてました。(´・ω・`)ションボリ
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