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百貨店の元日営業が岐路に立たされている。高島屋や大丸松坂屋百貨店、阪神阪急百貨店は、2025年の元日、2日の休業を発表した。また、昨年までは元日営業を行っていたそごう・西武は、西武池袋本店や西武渋谷店など4店舗の元日休業を発表。これにより、2025年に都内で元日営業する主要百貨店はゼロになった。
百貨店の元日休業の要因として取り上げられるのが「人材不足」だ。例えば日本経済新聞の記事では、「百貨店では人材確保のため働く環境の改善に乗り出しており、本来は稼ぎ時である元日や1月2日をあえて休業にする動きが相次ぐ」(日本経済新聞 2024年11月6日)と説明されている。百貨店に限らず、人口減少を背景にした人手不足は大きな問題であり、よりよい人材を獲得するためにも、休業日の確保は重要な手段だろう。
また、こうした百貨店の元日休業のニュースを取り上げて「日本における24時間365日営業文化の見直しが始まりつつある」といった論調で解説する記事もある。たしかに、百貨店のこうした動きに追随するようにして、大手スーパーでも三が日を休業にする流れが出始めている。
サミットは2021年から、ライフは2022年から多くの店舗で三が日は休業している。一方、イオン系列のスーパーやイトーヨーカドー、ドン・キホーテなどは元日から営業を行うようだ。日本の小売業態の中で巨大な市場規模を持つショッピングセンターにおいても、イオンモールなどは元日から営業しているところが多い。
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つまり、元日休業の流れが、全国的に波及しているとは言い難い。あくまでも、「百貨店で元日休業の流れが来ている」と見るのが妥当だ。では、なぜ百貨店だけが元日営業を取りやめるのか? これには、現在の百貨店を巡る状況が表れている。
●百貨店が正月に営業しないワケ
なぜ、百貨店の正月営業は少なくなっているのか? 答えは簡単で、「一般人が百貨店を使わなくなっているから」ということに尽きる。小売・流通アナリストの中井彰人氏は、産経新聞の取材にこう答えている。「正月に休業しても百貨店の業績に対する影響は軽微だろう。なぜなら足元で各社の好業績を支えているのは一般客でなく、インバウンド(訪日客)や富裕層だからだ」(産経新聞 2024年12月13日)
日本百貨店協会が発表しているデータによれば、2024年11月のインバウンド(免税売り上げ)は前月比で30.4%増加。32カ月連続でプラスとなっている。2024年1〜11月の累計売り上げ5兆1100億円のうち、5856億円がインバウンド関連となっており、その比率は11.5%。2023年のインバウンド関連売り上げの割合は6.4%であり、2倍近くの伸びを見せている。
では、富裕層はどうか。そもそも、富裕層は元日初売りで福袋に並んだり、安いセールを求めたりする客ではない。中井氏によれば「富裕層や企業の外商顧客がいま求めているのはモノでなく、投資や節税。そのため高級時計、金製品、絵画といった高額品がよく売れる。彼らは店内を買い回ったりせず、百貨店を『ショールーム』として使う」(産経新聞 2024年12月13日)とのこと。元日に店舗を開けていても富裕層は来店しないので、ただただ人件費がかさむだけなのだ。
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●一般人の視野にも百貨店はない
百貨店で買い物をする一般客も減りつつあることを示すデータもある。マイボイスコムが2023年3月、9705人の男女に調査したところ、56.7%が百貨店について「利用したことがない」「ほとんど利用しない」と回答している。2006年にも同様の調査を行っているが、そのときの割合は18.4%だった。この20年で驚くほど、百貨店に行くという文化がなくなっているのだ。
こうした変化の背景には何があるのか。2000年に大規模な小売店を建設する際の規制が撤廃され(いわゆる「大店法」の廃止」)、ロードサイドに多くの大型商業施設の建設が相次いだ。その代表例が、ショッピングモールである。同時期に進んでいたモータリゼーションを背景に、ショッピングモール・車文化圏が強力に形成され、百貨店・電車文化は斜陽化していく。
そんなショッピングモールでさえ2013年を頂点としてその数が減少傾向にあるのだから、駅前にある百貨店に行く文化が廃れているのは、言わずもがなだろう。そうなれば、百貨店側も一般人ではなく、富裕層やインバウンドにかじを切り始めるのも当然のこと。言い換えれば、富裕層やインバウンドへの「選択と集中」戦略が、元日休業に表れているといえる。
●ルイ・ヴィトンに見る百貨店の変化
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こうした百貨店の傾向は、特に近年顕著になり始めている。百貨店に入るテナントもどんどん「富裕層化」していて、その1つが高級ブランド、ルイ・ヴィトンだ。
ルイ・ヴィトンはそのブランド力から、地方百貨店にとってぜひとも入って欲しいテナントの1つであり、実際に多くの地方百貨店に入っていた。しかし、地方百貨店におけるルイ・ヴィトンの店舗が、ここ数年で数多く撤退しているのだ。2019年に「トキハ大分店」が、2021年に「神戸阪急店」、2023年に「うすい店」「浜松遠鉄店」が相次いで閉店。今年は「柏店」と「水戸京成店」が閉店した。
興味深いのはこうした閉店と同時に、ルイ・ヴィトンは新規出店も続けていることだ。顕著なのが、東京や大阪といった大都市である。特に新宿は2024年11月に「ルイ・ヴィトン 伊勢丹新宿店 4F」がオープン。その結果、新宿周辺ではルイ・ヴィトンが4店舗もある。
また、インバウンド向けの店舗も増やしていて、2022年には羽田空港、2023年には成田空港、関西国際空港にそれぞれ店舗が誕生。その他、2023年にはインバウンド観光客が多く訪れる北海道のスキーリゾート「ニセコ」への期間限定のポップアップストアも展開しており、都心部や、訪日観光客が多く集まる場所への「集中」戦略を強めている。まさに、「富裕層のための百貨店」のありようが、ルイ・ヴィトンに現れており、こうした動きとも連動して、元日休業も行われているのだ。
●これからの元日はどうなる?
富裕層やインバウンドへの集中戦略を進めている百貨店にとって、元日休業は自然な成り行きといえる。その意味では、百貨店の元日休業が増えるからといって、これからの日本の働き方や雇用のあり方が大きく変わる、とはまったく思えない。
2025年も元日からいつも通りショッピングモールは開いているし、多くのスーパーも営業している。ライフやサミットといったスーパーが休業していることから、他のスーパーやコンビニもこの流れに追随するかもしれないが、「元日でも何でも手に入る」便利さを知った消費者が、それをやすやすと受け入れるとは考えにくい。
もし、多くの店舗が休業したとしても、元日営業をしている店舗に人が集中し、結局他の店舗もまた元日に営業を開始する……なんて流れも想像できる。2025年以降も、元日のありようは変わらないのではないか、というのが筆者の見解である。
今回のニュースを見て改めて思ったのは、いまだにわれわれの意識の中では「百貨店が商業の中心」かのような錯覚があるということだ。本稿で書いた通り、今回の休業は明らかに百貨店固有の事情によるもので、日本の商業全体の流れとはほぼ関係ない。にもかかわらず、「日本の労働環境」とか「日本の商業のあり方」といった大きな主語の話に展開する論調もある。
百貨店が都心を中心とした大都市で隆盛を誇っていることもあって、同じく大都市に集中しているメディアが、百貨店を主語に日本の商業を語る傾向にあるのかもしれない。こうした「都心・百貨店中心史観」の根強さを感じた次第でもある。
●著者プロフィール
谷頭和希(たにがしら かずき)
都市ジャーナリスト・チェーンストア研究家。チェーンストアやテーマパーク、都市再開発などの「現在の都市」をテーマとした記事・取材などを精力的に行う。「いま」からのアプローチだけでなく、「むかし」も踏まえた都市の考察・批評に定評がある。著書に『ドンキにはなぜペンギンがいるのか』他。現在、東洋経済オンラインや現代ビジネスなど、さまざまなメディア・雑誌にて記事・取材を手掛ける。講演やメディア露出も多く、メディア出演に「めざまし8」(フジテレビ)や「Abema Prime」(Abema TV)、「STEP ONE」(J-WAVE)がある。また、文芸評論家の三宅香帆とのポッドキャスト「こんな本、どうですか?」はMBSラジオポッドキャストにて配信されている。
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