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「保険の不正利用は許せない」――AI研究で知られる松尾・岩澤研究室(東京大学)の留学生が医療費を不正取得したとの疑惑がX上に流れ、物議を醸している。
波紋を広げているのは、2月上旬にあるXユーザーが投稿した一連のポストだ。そのポストは、松尾研に所属する中国人留学生の女性が「留学生として入院したらわずか1年で日本で1300万円の医療費をだまし取った」と、日本をあざける表現を交えて中国のSNS「小紅書」(RED)に投稿した――と主張。添付された写真には、2023年11月から24年10月までに総医療費が約1326万円かかり、そのうち約58万円を自己負担したと読み取れる明細書が写っていた。
一連のポストが拡散された結果、X上では「保険の不正利用は許せない」「大学・研究室はどう説明するのか」などの批判が続出。一部では「保険料を払っているなら問題ないのでは」と擁護する声も上がるなど、さまざまな投稿が飛び交う事態になった。
さらに中国発の生成AI「DeepSeek」の性能や、利用に関する懸念が話題になった時期とも重なったことから、「(留学生によって)AI技術も中国に盗まれるのでは」といった懸念も飛び出すなど、医療費の不正取得疑惑にとどまらず、地政学リスクの面からも批判の声が上がった。
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一方、拡散されたポストとスクリーンショットにはおかしな点もある。明細書から読み取れるのは、医療費には総額1300万円かかっているものの自己負担として58万円払っていることであり、「だまし取る」という表現は微妙だ。スクリーンショットにある中国語ともニュアンスは微妙に異なる。
果たしてこの投稿は事実なのか。松尾豊教授に話を聞いた。
●「こういった投稿はしていない」
――医療費の不正取得は実際にあったのでしょうか。
松尾 広がってすぐ、彼女から連絡と謝罪がありました。「騒動になってすみません。ただ、こういう投稿はしていないです」と。
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――どういうことでしょうか。
松尾 彼女に見せてもらったオリジナルの投稿では、「留学1年の医療費が1300万円 1年間入院していたため」(原文:留学一年医疗费1300w円 因为住了一年的院)と記載されていました。オリジナルの中国語版には大泣きしている絵文字が付いていて、彼女としては「1年間入院してこんなことになってしまって辛い」という意味だったそうです。
ところが、X上で広まった投稿(※)では、「净赚」「八?币」といった箇所や、続く1文も変えられていました。その結果、「1年留学して1300万円稼いだ」と変わっているのです。つまり画像が改ざんされて拡散されたということになります。
※Xで拡散された文面は「留学一年净赚1300w八?币 只要住一年的院就好了」
――現時点(取材日は2月7日)で、Xで広まっている投稿は中国SNS上で確認できないものの、留学生のものとされるアカウントネーム「橘猫巻巻」のユーザーを確認できます。これは本人のものでしょうか。
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松尾 もともとは「橘猫巻巻」というアカウントネームで(留学生本人が)やっていましたが、炎上後、アカウントをプライベート、Xの“鍵アカウント”のようなものにしました。それでもDMが多く来るのでアカウント名を変更し、現在は削除していると聞いています。
――「橘猫巻巻」というユーザー名で本人になりすましたアカウントが表現を変えてREDに投稿したものがXで拡散されたのか、それとも本人の投稿のスクリーンショットが改変されてXに流されたのか、現時点で何か把握されていますか?
松尾 なりすましか画像を変えたのかは分かりません。
●本人の病気療養は「事実」
――留学生が病気で療養していたのは事実でしょうか。
松尾 事実です。当然、東京大学に在籍している留学生ですから、医療を受ける権利もありますし、別に何か不正をして医療を受けたわけではなく、正当な権利として医療を受けています。
※編集部注:「在留資格が『留学』で住民登録をする学生は全員、国民健康保険に加入しなければならない」
――1300万円という額は医療費としてはかなり高額ですが、どのような症状かなど、研究室で把握しておりますか?
松尾 学生の個人情報に関わる内容ですので、詳細は差し控えさせていただきますが、命に関わる重篤な病気です。これだけの医療費がかかるような大変に深刻な病気であるということです。診断書も確認しています。
●大学・研究室として正式に声明を出さない理由は?
――研究室として今回の騒動についてどのように判断していますか。
松尾 学生のことを少しお話ししますと、非常に真面目で、おとなしい学生です。生成AIに関して、LLM(大規模言語モデル)の中の挙動を明らかにするといった研究をしています。病気で大変な状況の中頑張って研究をしている、同級生からも信頼が厚く、仲間に助けられながら頑張って勉強している、そういう学生です。
彼女の普段の言行や、今回の騒動における彼女との一連のやりとり、説明内容、証拠などから、彼女の主張は一貫しており信ぴょう性が高いと考えています。今回の騒動は、彼女に非があるわけではなく、巻き込まれたと判断しています。
――大学・研究室として正式に声明を出されていない理由は何かあるのでしょうか。
松尾 今回の件は、個人のソーシャルメディア上の発信に関することであり、大学や研究室が何か声明を出さなければならないという性質のものではありません。そもそも、彼女のアカウントは「東京大学の松尾研の学生です」と名乗って発信しているわけではありません。そこに研究室ないし大学が、本人との同一性を明示的に示してしまうことも問題です。
●「アカデミアは人々をつなぐ役割であるべき」
――今回の騒動について、松尾教授はどう捉えているのでしょうか。
松尾 今回は生成AIの画像というわけではありませんが、偽情報が広がることに関しては注意が必要だと思います。研究室としては、それを身をもって体験したわけですが、その対応の難しさを改めて実感しました。
もう一つ、今回非常に危惧していることが、国際的な政治情勢に関するところです。彼女が中国からの留学生で、「日本の医療費を盗んだ」として攻撃されましたが、その背景には昨今の政治情勢があると思います。私も「AI戦略会議」などの政府の立場として、こういった政治情勢にも気を遣って振る舞う必要があることはよく分かっています。
ただ、大学の教員という立場からすると、また事態は異なります。私はアカデミアや文化、スポーツというのは、政治情勢がどうあろうとも、人々をつなぐ役割であるべきだと思います。
中国からの留学生は、わざわざ母国を離れ、日本に留学してくれているわけですよね。日本の文化の中で暮らして、日本の教育を受けているということは、両国の関係性にとっても大事なことですし、そうした人が世界で活躍してくれることは、長期的に見たときに日本にとって大きな財産になると思います。
アカデミアでは人種や国籍を問わずに世界中の研究者たちが頑張って努力をして、論文を書いて、知見を共有しながら科学技術を前に進めている。それが社会をより良くすることだと思ってやっているわけですので、研究室に所属する学生が国籍をからめて非難されるのは、私は適切ではないと思います。こういった時代だからこそ、アカデミアは人々の間をつなぐ役割を果たしていきたいと思っています。
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留学生が医療費不正取得? 事実は(写真:ITmedia NEWS)42
留学生が医療費不正取得? 事実は(写真:ITmedia NEWS)42