アガサ傑作ミステリーが初のマンガ化、86年目のコミカライズに挑んだ若手漫画家「名作であることが逆に心強さに」

30

2025年03月31日 09:30  ORICON NEWS

  • チェックする
  • つぶやく
  • 日記を書く

ORICON NEWS

コミック版『そして誰もいなくなった』(アガサ・クリスティ―/原作 二階堂 彩/漫画)
 原作の発売から86年。これまでに全世界で1億冊以上が出版されているミステリーの金字塔『そして誰もいなくなった』(アガサ・クリスティー著)が、今年ついにコミカライズされた。すでに世界10数ヵ国が翻訳版権を取得し、今年中の翻訳刊行が予定されている。国内外の注目を集めるコミック版『そして誰もいなくなった』を手掛けたのはイラストレーター出身の若手漫画家、二階堂彩氏だ。世界でもっとも売れているミステリー小説はいかにしてコミカライズされたのか。作者に制作の舞台裏を聞いた。

【漫画】コミック版『そして誰もいなくなった』 試し読み!

■「原作に泥を塗るようなことは、絶対に避けなければならない」重圧からのスタート

――まずはコミカライズまでの経緯についてお聞かせいただけますか。

【二階堂】 『名探偵ポアロ』シリーズ(ハヤカワ・ジュニア・ブックス)に携わったことがきっかけでお話をいただきました。2021年にキャラクターの描き起こしをはじめ、約4年の制作でコミックスの発売まで至りました。これまでのコミカライズは短編が2作。長編を手がけるのは初めての挑戦だったので、最初は最後まで描き切れるのかという不安がありました。ただ『そして誰もいなくなった』は、個人的にも思い入れの深い作品でしたので、そのことはとてもモチベーションに繋がりました。

――どのような思い入れが?

【二階堂】 私の父が読書家で、家に『そして誰もいなくなった』もあったんです。とにかくタイトルが衝撃的で「何だこの本は!」と思ったものの、幼少期の私は本を読むよりも虫を追いかけているような子どもだったので、興味を惹かれつつも読まずじまいでしたが、大人になってもタイトルの衝撃だけは私のなかに残り続けていました。そんなときに今回いただいたコミカライズ候補のなかに『そして誰もいなくなった』というタイトルを見つけて、「これも何かの縁かもしれない」と思い、ぜひ描かせて欲しいとお願いしました。

――長く心のなかにあった小説を実際に読まれていかがでしたか。

【二階堂】 幼少期に犯人以外の大まかなあらすじを父から聞いていたのですが、読んでいる間は誰が犯人なのか全く分からなくて、そのうち物語に没入して誰が犯人か考えることすらしなくなり、そのまま最後まで一気に読み終えてしまったほど没入感がすごかったです。それに犯人のヒントは最初からあるのに、全くそう思わせない構成や書き方のすごさ。様々なところから、ミステリーの原点たる所以を感じました。

――そんな世界的ベストセラーを描くことに重圧などは…?

【二階堂】 もちろん、ものすごくプレッシャーを感じました。私が生まれる前からある大名作で、ファンの方も多いですし、ファンの方をがっかりさせてはいけないというのがあって。また未読の方が読んだとき、「名作と言われているけどこの程度か」と思われてもいけない。原作に泥を塗るようなことは、絶対に避けなければならない。つまり名作の名を汚さないためには、私自身が描くコミカライズもまた名作でなければいけなかったわけです。そのためには今持ちうる力の120%を発揮して頑張らないといけないと思ったら、緊張してお腹を壊しました(笑)。

■独特の“間”と視線誘導でミステリーらしさと読みやすさを両立

――『そして誰もいなくなった』を描くうえで心がけたのはどのようなことでしょうか。

【二階堂】 ひとつは、ミステリーらしさを保持するために“間”を多めにとったこと。例えば移動するシーンは、小説では単に部屋を移るだけであっても、コミカライズでは階段を黙々と上がったり、沈黙のなかでぞろぞろと廊下を歩くという間を取っています。この“間”によってミステリー独特の心理的な圧迫感を読者に与えられると思いました。

――無言の移動シーンからは緊張感も伝わりました。

【二階堂】 その他には視線誘導にこだわって描いています。視線誘導というのは、次にどのセリフを読んで、誰の顔を観ればいいのか、何を観ればいいのか、直感的に分かるように吹き出しや人物の配置に気を配ることを言いますが、これによって読む上でのストレスがグッと減って、読みやすくなるんです。ミステリー作品はセリフがどうしても多くなるので、そういうシーンで読みづらく感じられると、読者がそのシーンを読み飛ばしてしまって、結果的に話を追えなくなる。それはすごくもったいないと思うので、読むという行為に対するストレスを極力減らせるように、なめらかに目を動かせるように、コマ割り、カメラワークにはこだわりました。あとはギャップ。殺人シーンはミステリーの見せ場であるので、それを強調するために、きれいなシーンはよりきれいに描くことを意識しました。キャラクターの表情のギャップもこれと同じです。

――本性を露わにした後のキャラクターたちは“恐ろしい”のひとことでした。

【二階堂】 体育教師のヴェラは普通のどこにでもいそうな感じの女の子だけど、実際は自分の幸せのために子どもを“手に掛けて“しまう。そういう二面性はどのキャラクターにもあって、平素の状態と内面がむき出しになったときでは、表情に大きく差を付けるように意識しました。あと原作では、(たとえばあるキャラクターは)「狼のように笑った」など“獣”に例えられていることが多いので、そういったシーンでは、実際に獣が牙をむいている瞬間みたいなものを意識して描きました。

――絵のテクニックは美術系の学校で学ばれたそうですが、マンガで影響を受けた作品や作家さんはいますか?

【二階堂】 誰かお一人から影響を受けて、その方を目標にしているみたいなことはなくて。いろんな作家さんの作品を観て、「この作家さんのここがステキだ!」と思ったところを自分のなかにストックして、必要なときに取り出して参考にしながら描いている感じなので、読んだマンガ全てから影響を受けていると言えるかもしれません。ただ「すごい!」と思うのは、デザインやレイアウトの部分では『とんがり帽子のアトリエ』を描かれている白浜鴎先生、人物が走る描写は『呪術廻戦』の芥見下々先生、そして人物の表情は『僕のヒーローアカデミア』の掘越耕平先生です。走るシーンは描くのがとても難しくて、走っているポーズを取ったまま静止しているように見えてしまうことがあるのですが、芥見先生が描くと集中線や動線を使っていないのに動いているんですよ!

――少年マンガがお好きなんですね。それでも学校卒業後は漫画家ではなくイラストレーターの道を選ばれた。

【二階堂】 イラストレーターとして活動しているときにも、実はマンガのお仕事もたまにお声がけをいただくことはありました。ただ、あまりに自信がなくて頑なにお断りしていたんです。自分はマンガに向いていない。例え魅力的な演出をしたとしても、それについて行ける画力が自分に備わっているとは思えなかったし、物語を考える才能が絶望的に無いことには自信がありました。それが編集者の方に上手く誘導され、気がついたらマンガ畑にいたという状況です。『そして誰もいなくなった』はゼロから考えるのではなく素晴らしい物語がすでにあって、名作というプレッシャーはありましたけど、名作であることが逆に心強さに変わりました。

■名作小説のコミカライズは読者層だけでなく個々の世界をも広げる

――重圧の中、描き上げられたコミック版『そして誰もいなくなった』には、Xでも「すごい才能の漫画家さん発掘!」「ミステリ的なセンスが素晴らしい」など称賛の声が寄せられていました。名作小説のコミカライズにはどのような役割があると思いますか?

【二階堂】 様々な意味で「広げる」役割があると思っています。過去の私がそうであったように、興味を持ちつつも手を伸ばすまでには至らなかった人でも、マンガなら手を出しやすいというところがあると思います。また、読者層を広げるだけでなく個々の世界を広げる側面もあるのではないでしょうか。原作、コミカライズ、映像作品といった、違うかたちでたくさんの作品が存在していることで、一つの作品をいろんな角度から見比べることができ、「このシーンはこの作品の描き方が好きだ」といった具合に、自分の世界を広げることにもつながる。そんな「広げる」役割がコミカライズの魅力の一つだと思います。

――次回作を描くときも、またミステリーを選ばれますか?

【二階堂】 そうですね。今回すごく楽しかったので。人間が追い込まれていく過程、追い込まれた人間は、すごく描きがいがありました。それに先ほどお話しをした階段を黙々と上がるだけで雰囲気を作るとか、そういったギミックを考えることにもやりがいを感じましたので、次もミステリーを描きたいです。

――コミカライズの先には、例えばアニメ化や海外版の発売など考えられますが、二階堂さんが期待する展開をお聞かせください。

【二階堂】 描いている最中は目の前のことに集中するだけだったので考えていませんでしたけど、もちろんアニメ化されたらすごく嬉しいですし、期待もしています。また海外版は現状、中国とフランスで翻訳がすでに進められているそうなので、海外でも楽しんでもらえる日が今から楽しみです。

(取材・文/榑林 史章)

このニュースに関するつぶやき

  • 本を読まない人を本に…の、良いきっかけになるかもね。。。
    • イイネ!3
    • コメント 8件

つぶやき一覧へ(19件)

ニュース設定