
娘に聞いてみたら……
「8時10分前問題についてはテレビで知りました。帰宅した娘に早速、問い掛けてみたら、『8時7分かな、8分くらい?』と当然のように言ったのでビックリ」苦笑しながらそう言うのはユリコさん(47歳)だ。「8時10分前といったら、7時50分でしょう」と言うと、17歳の娘は目を丸くしていたという。
「なにそれ、だったら7時50分って言えばいいじゃん、と。それはそうなんですが、そういう話ではなくて、集合時間は8時10分前、という言い方はよくあるでしょと言ったんです。そうしたら『それはない』と。8時10分前といったら、8時10分より前に集まれという意味になるはずだって。デジタル世代なんですかね。
8時10分前と言われたら、私や夫の世代は、時計の短針がほぼ8のところ、長針が10を指しているところが目に浮かぶ。でも娘の頭には8:10という文字が浮かぶんですって。だからそれよりちょっと前に行けばいいのねとなるらしい」
興味を持ったユリコさんは、職場にいる外国人に話をしてみた。アジア出身の20代の若者はユリコさんの娘と同じ感覚だった。
「8時7分か8分か、はっきりさせてほしいけどねと彼は笑っていました。本当は7時50分のことよと言ったら驚いていた」
さらに驚いたのは、「8時10分前を、7時50分だと誤解している人がいる」というネット記事だった。自分の方が「間違っている」のが、今の時代の現実らしいと知り、がっくりしたそうだ。
|
|
言葉の勘違いが増えている?
「言葉は時代によって変わるというけど、なんだかそういう問題ではないような気がして……。難しいことでなくても、読み解けない人、勘違いする人がやたら多くなっているように思うんです」例えばつい先日、テレビの字幕に「明日も全国的に猛暑 都心35度 38度の地域も」と出ていた。35度か、明日もつらいなと思っていたら、娘が「38度だって」と騒いでいる。
「いや、都心は35度って書いてあるじゃないと言ったら、だってここ都心じゃないもんって。ん? と思いました。私の解釈では全国的に暑い、都心は35度、全国の中には38度になる地域もある。だけど娘は都心は35度、それ以外の東京は38度になるかもという解釈なんですよね。難しいなあと思いました」
どう解釈するか、どう思うかは人によって大きく違うのかもしれない。
“1000円弱”、“〜以来”も
職場でおいしいランチ、一緒に行きませんかと後輩から誘いを受けたミスズさん(40歳)は、「いくらくらい?」と聞いた。すると後輩は「1000円弱ですかね」と答えた。「コーヒーもデザートもつくというから、それで1000円しないなら安いじゃないと思ったんです。でもいざ行ってみると1200円でした。別にいいんだけど、1000円弱って言ったよねと言うと、『ええ。1000円弱でしょ』と。
20代後半の後輩ですが、彼女にとって1000円弱というのは1000円を少し超えた額だという。じゃあ1000円強はと聞いたら『1400円くらいですかね。1500円よりは下というイメージ』と。面白いなあと思いました」
1000円程度なら問題にならないかもしれないが、それが1万円となったら「1万円しないって言ったじゃない」と文句が出る可能性もあるだろう。
|
|
「言葉の共有感覚」が崩壊した先に起こること
「そういえば、映画好きの年下の友達と話していて、『このところ映画を観に行けてないの。5月以降、観てないな』と言ったら、『最後に観たのが5月ですか……』と。いや、5月から観てないという意味と言い換えました。以降とか以来とか、そういう言葉も誤解を生じやすいですよね」こういった言葉の感覚は、以前だったらある程度「常識としての共有感覚」があったはずなのだが、今やそれは完全に崩壊している。自分の常識は相手の非常識だと思って、一つひとつ確認する必要がありそうだ。
世間話の範疇(はんちゅう)ならいいが、仕事上の納期や金額などで思い違いが生じていたら、大問題となる恐れもあるからだ。
亀山 早苗プロフィール
明治大学文学部卒業。男女の人間模様を中心に20年以上にわたって取材を重ね、女性の生き方についての問題提起を続けている。恋愛や結婚・離婚、性の問題、貧困、ひきこもりなど幅広く執筆。趣味はくまモンの追っかけ、落語、歌舞伎など古典芸能鑑賞。(文:亀山 早苗(フリーライター))