
日本は今、国民の5人に1人が75歳以上という「超高齢社会」を迎え、“介護”は誰にとっても無関係ではない問題だ。
芸人×介護13年。笑いと奮闘の日々
厚生労働省の資料によると、施設や訪問介護などに従事する介護職員は約212万6000人(令和5年10月1日時点)に上り、介護の現場で働く人々も少なくない。お笑いコンビ「マッハスピード豪速球」でボケを担当するさかまきさんもその1人。芸人としての活動と並行して、高齢者施設で介護職員として働く。
その介護現場のリアルを、芸人ならではの視点で笑いにかえてSNSで発信。書籍にまとめ、マンガの原作も手がけるなど、“介護芸人”として注目を集めている。
「夜勤のアルバイトを探していたとき、芸人仲間にすすめられたのがきっかけなんですが、もう13年くらいたちます。国家資格である介護福祉士の資格も取りました」(さかまきさん、以下同)
さかまきさんは現在、有料老人ホームと、認知症の高齢者を対象にしたグループホームの2か所で勤務。日によって夜勤と準夜勤をこなしている。
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「寝る前の口腔ケアや着替え、服薬、トイレなどをサポートする就寝介助のほか、食事介助や夜間の見回りも行います。介護職は“ハードできつい”というイメージがありますが、夜間は待機時間も比較的長くて、ずっと忙しいわけじゃないんです。いろいろなバイトを経験した中でも、正直、居酒屋のほうがきつくて疲れますね。おむつ交換や排泄介助は“きつい”と感じる部分かもしれませんが、1日で慣れました」
予測不可能な介護現場のコント劇場
シフト制で時間の融通がつきやすいこともあり、介護との二足のわらじで活動する芸人は少なくない。
「『メイプル超合金』の安藤なつさんは介護現場歴20年以上ですし、介護芸人が集まってトークライブをしたこともあります」
トークライブで語られるのは、“介護現場あるある”のエピソード。利用者とのやりとりの中には、思わず笑ってしまう場面も多い。
「語弊はありますが、認知症の方っておもしろいんです。動物の幻覚を見るおばあさんがいて『部屋に猫がいて眠れない』とおっしゃる。こういうとき、相手の言葉を否定しちゃダメなんです。だから『どこにいます?』と聞いて、指さす方向に向かって“しっしっ”て追い払ったんです。そうしたら今度は『イタチがいる』と。
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これも追い払うと、次はキツネと……。で、こっちも調子に乗って『馬がいますね』と言ったら『ほんとだ、馬が来た』と。どれだけこの部屋に動物がいるんだってなって(笑)。さらに悪ノリして『象が来た!』って言ったら『象はいない』と却下されちゃいました」
認知症の人への寄り添いは介護の基本。特徴的な症状のひとつである短期記憶障害による言動にも、とことん付き合う。
「コントでもよくある“ごはん食べたでしょ”問題。食べてもすぐに忘れてしまって『ごはんはまだか』と言い出すおじいさんがいたんです。『もう食べたでしょ』と言っても暴れちゃうので、半量にして2回出すという方法にしてみたんですが、2回目を食べ終わると、また『ごはんはまだか』になっちゃって失敗。
そこで、食べ終わった食器を下げない作戦に出たんです。しばらくは食器を見て“食べた”と理解できていたんですが、今度は空の食器を見ても『これは私のじゃない』と言うようになって逆戻り。そこでさらに、食後に“食事の感想文”を書いてもらうことにしたんです。認知症でも、自分の筆跡はわかるらしく、『これは私のじゃない』とは言わなくなって、やっと“ごはんはまだか”のループがなくなりました」
介護の日々で出会うさまざまな人生模様
だが、時には寄り添うことで、思わぬハプニングに発展することも。
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「脚の悪いおばあさんに『歩けるようになったら一緒にディズニーランドに行きたい』と言われたので約束したら、いつのまにか結婚の約束をしたことになっていて(笑)。ご家族の方から『母がそう言っているんですが……』と言われて焦ったことがあります」
こうした介護現場の日常は、さかまきさんにとってネタの宝庫でもある。しかし、無断で施設を抜け出す“離設”の人を追いかけたり、柔道黒帯のおじいさんに投げ飛ばされたり、5分おきに尿意を訴える方に付き合ったりするなど、大変なこともある。利用者が高齢者であるため、亡くなった方を見送る経験もしてきた。
「利用者さんにはいろいろな人がいます。元バンドマンだったり、フラメンコダンサーだったり、反社の人もいたりします。今のご自身の年齢を忘れて、心は働いていたり、子育てをしていた若い時代に戻っている方も多く、施設を旅行先や仕事場だと思って過ごしている方もいます。さまざまな人生の最後のページを見せてもらっている感じです。時には泥棒に間違えられることもありますが(笑)」
明るい介護のイメージが家族や本人の安心となる
さまざまな困難もアイデアで乗り切り、笑いのネタに昇華させ、SNSやライブで介護現場のリアルを伝えるさかまきさん。
「介護にはどうしても暗いイメージがつきまとうけれど、それを少しでも明るく変えたいと思っています。施設に入居することも悪くないと、本人や家族に思ってもらえれば、負担が軽くなる人も多いはずです。実際、家族だけで抱え込むのは大変です。元気だったころを知っているからこそ、できないことや忘れてしまうことに対し、イライラしたり、きつい言葉を吐いてしまって疲弊してしまうこともあると思います。仕事として他人だからこそできるというのもあるので、介護のプロを頼ってほしいですね」
さかまきさん自身、父親が要介護となり施設に入居するという体験をした。
「日頃はプロの介護の必要性を発信していても、実際に自分の家族のこととなると、『施設に入ってほしい』とはなかなか言えませんでした。結局、父が自ら入居を申し出てくれたのですが、だからこそ、社会全体で介護へのイメージが明るいほうへ変わっていくといいなと思っています」
介護は自分事である。家族も、自分自身も、年齢を重ねれば避けては通れない。だからこそ、元気なうちから、いつかの日について考えておきたい。そして、さかまきさんの話にあるように、その日常は決して暗く悲しいだけのものではないことも、心に留めておきたい。
<取材・文/小林賢恵>
