クルマの正月飾りはなぜ廃れたのか 季節感が薄れた時代のクルマ文化

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2026年01月09日 07:20  ITmedia ビジネスオンライン

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フロントグリルとしめ飾りが共存できなくなった

 「正月感がなくなった」という話は、以前からさまざまな業界で言われている。それをクルマで端的に感じるのは、フロントマスクに正月飾りをつけたクルマをほとんど見かけなくなったからではないだろうか。


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 かつて日本では、正月を迎えるにあたり、自宅の玄関だけでなくクルマにも正月飾りを施す光景が見られたものだ。フロントグリルやナンバープレート付近に小さなしめ飾り(しめ縄飾りとも言う)を取り付け、年神様を迎え入れると同時に1年の交通安全を祈願するという風習である。しかし、近年はこのような正月飾りを目にする機会が減った。


 高度経済成長期以降、クルマは「家の一部」あるいは「家族の象徴」として扱われ、クルマの正月飾りにも自然な意味づけがなされていた。しかし現代では、クルマは実用的な移動手段としての性格が強まり、宗教的・儀礼的な意味を付与する対象として捉えられにくくなっている。


 特に若年層を中心に、正月行事そのものを簡略化する傾向があり、門松や鏡餅を飾らない家庭も増えている。その流れで、クルマの正月飾りも「しなくてもよいもの」と認識されるようになったと考えられる。こうした生活様式や価値観の変化が、クルマから正月飾りがなくなっていった理由の一つだろう。


 コンビニエンスストアなど24時間営業の店舗が増え、ネット通販の普及によっていつでもあらゆる商品が手に入りやすくなった。最近は経営者の高齢化や人手不足によって、深夜営業を取りやめる店舗もあるようだが、年中無休の店舗が増えたことも正月らしさを感じにくくさせた一因だろう。


 ハロウィーンなど、筆者の子ども時代にはなかったイベントが増えていることからも、伝統行事の存在感が薄らいでいる印象もある。また、気候変動により四季を感じにくくなってきたことも、正月感を薄めている要因の一つだろう。


●正月飾りが似合わないクルマへと変化


 そもそも正月飾りは、大工職人の副業的要素が大きかった。降雪地帯の建築職人は冬季、現場仕事がなくなるため、こうした手仕事で副収入を得たとも言われている。


 ところが現代では、建築工法の発展や作業服の多機能化、気候変動、人手不足などもあって、1年を通して現場仕事が存在する。昔ながらの手仕事を手掛ける大工職人も減り、正月飾りなどを露天で販売する姿を見かけることもほとんどなくなった。


 地方によってはまだあるのかもしれないが、首都圏では、正月飾りは雑貨店やドラッグストア、ホームセンターなどに置かれているのを見かけるくらいだ。しかも、従来クルマ用だった縦長のものはなく、玄関ドアなどに取り付けられる小さなリース状の飾りしか置いていない店もある。


 一方、鏡餅などの室内用の正月飾りはコンビニやスーパー、ホームセンター、ドラッグストアなど幅広い小売店でたくさん売られていることから、正月飾りにそれなりの需要はあると思われる。日本人の最近の傾向として、宗教のプライバシー化が進んでいるという見方もある。


 冒頭に書いた通り、クルマにおいても昔はフロントマスクに正月飾りを施したクルマを見かけたが、最近はほとんど見ない。


 クルマにおいては、スタイリングデザインの変化も大きな影響を与えている。立派なフロントグリルが備わっていた昭和のクルマには、そこに正月飾りが追加されても違和感はない。むしろ格調高く、厳かな気持ちにさせてくれた。


 ところが近年のクルマは、スラント(傾斜)させたフロントマスクが一般的になった。空気抵抗を軽減するためだ。フロントグリルも、バンパー下のアンダーグリルのみのクルマが増えている。


 そもそもラジエターグリルがなければ、正月飾りを取り付けるのも難しい。クルマとして似合わないだけでなく、走行風で塗装部分に飾りがこすれれば、塗装面にキズがつく可能性もある。


●ディーラーの「初売り」にも変化


 自動車産業と正月といえば、販売店の初売りセールも最近はあまり見かけなくなった。もちろん積極的な販売店もまだ存在するが、納期が長引く傾向の今、年明けから積極的にクルマを買おうというユーザーも多くはなさそうだ。


 ボーナスを頭金にして分割払いでクルマを購入するのであれば、ディーラーは年末までに登録できるクルマを販売したいから、年明けに納車できるクルマを優先して販売するだろう。


 年末や年度末は登録台数、すなわち業績に影響するので、販売店もメーカーも一生懸命だが、半導体不足や海外需要の拡大などもあって、国内向けの供給は絞り込まれている。ユーザーが値引きよりも納期短縮を望み、ディーラーの収益性改善にも寄与しているから、市場が縮小傾向(昨年は前年より微増だったようだが)にあるディーラーやメーカーにとっては悪いことばかりではなさそうだ。


 ガソリンスタンドも、セルフ式が主流になったことで24時間営業が増え、年末に洗車して燃料を満タンにしておく必要はさほどなくなった。それでも新年を気持ちよく迎えたいドライバーは洗車するので、コイン洗車場や自動洗車機などは年末に混雑する。


 以上のように、クルマに正月飾りが施されなくなった背景には価値観の変化、車両構造やデザインの進化、そして宗教観の変容といった複数の要因が複雑に絡み合っている。この風習の衰退は、日本社会が伝統を失ったという単純な話ではなく、時代に応じて生活文化の形を変化させてきた結果であるといえるだろう。


 それと同様に、クルマとオーナーの関係性も変わってきた。以前は点検や洗車、ワックスがけなど、自分で手間をかけるオーナーが一般的であったが、時短や多機能を重視する傾向が強まっている。


 これは共働きの増加や可処分所得の減少と無関係ではないだろう。クルマにかける時間や予算が減っていくことにもつながるのだ。つまり、人々に余裕がなくなったことも正月飾りがなくなった一因なのである。


●シーズンフリー、メンテナンスフリーが加速


 カーケミカル用品、特に洗車用品はオールインワンの商品がそろっている。カーシャンプーもシンプルな洗浄成分だけのものは少なく、水あか対策やコーティングなどを同時にできる多機能型が主流だ。


 単機能の高級品もネット通販を中心に人気を集めているが、それらは洗車マニアとでもいうべき“こだわり派”のユーザーが支持するアイテムで、一般のドライバーはなるべく洗車を時短化したいのである。


 「フクピカ」に代表されるウエットティッシュタイプの洗車クロスも、ボディの汚れ落としとコーティングができるだけでなく、窓ガラスや室内の専用品のほか、クルマの内外装に広く使える万能タイプも登場している。


 塗装面の保護については、ガソリンスタンドやディーラー、洗車専門店などでボディコーティングするユーザーも増えている。洗車やボディを磨く手間を省くだけでなく、長期間ボディの光沢を維持して塗装面を保護できるから、リセール時にも効いてくる。


 タイヤも、オールシーズンタイヤの雪道性能が高まったことで、降雪地帯でなければ冬タイヤに履き替える必要がなくなってきている。エンジンオイルも、マルチグレードで低粘度化が進んだため、1年を通して同じ粘度のオイルを使うケースが増えた。


 カーシェアリングが普及してきた近年では、クルマのメンテナンスフリー化がますます求められるようになった。EVが普及して保管スペースに充電器が取り付けられれば、燃料補給やオイル交換などのメンテナンスが不要になる。エアフリータイヤを装着してパンクのリスクもなくなれば、車検以外は掃除くらいしか日頃のメンテナンスがいらなくなる。


 クルマがシーズンフリー、メンテナンスフリーになっていくのは正常な進化といえる。昔はクルマのオーナー自身が対応していたトラブルもすべてプロ任せになり、ロードサービスの需要も高まっている。


 自動車税制が見直される動きが出ているのは、自動車業界にとっては朗報といえるだろう。ただ、こうした負担軽減はあくまで経済面の話であり、クルマをどう扱うかという生活者の意識や習慣とは別の問題だ。


 クルマの維持費負担が軽減されたからといって、クルマに正月飾りが復活することはなさそうだ。


(高根英幸)



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