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2026年1月6日17時、NTTドコモの公式Xアカウントがクイズをポストした。提示されたのは「14106」と「221112324493」という2つの記号的な文字列だ。これらが実は同じ言葉を指しているという問いに対し、かつて「ポケベル」を使いこなしていた世代からは懐かしむ声が上がった。この投稿から2日が経過した1月8日17時、ドコモは正解を発表。答えは「アイシテル」だった。前者は数字の語呂合わせによる表現、後者はかな入力に対応した末期の入力方式である「ベル打ち」を模したものだ。
ポケットベルという呼称で親しまれた無線呼出しサービスの歴史は、現代のモバイル通信の礎となっている。日本におけるその幕開けは、1968年7月にまでさかのぼる。
当時は日本電信電話公社(通称=電々公社、現NTT)が、150MHz帯の電波を利用した自動ダイヤル交換方式のサービスとして、東京23区で開始したのが始まりだ。当時の端末は、現在のような液晶画面など存在せず、ただ電子音が鳴るだけの極めてシンプルな仕様だった。できることは、ただ電子音が鳴るだけだ。主に外回りの営業マンが会社からの呼び出しを受けるために使っていた。街中でベルが鳴れば、持ち主は急いで公衆電話を探し、会社に電話をかけ直す。
ビジネスの道具として始まったこの端末が、のちに若者たちの間で爆発的に広まるとは、当時の開発者たちも想像していなかったはずだ。
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●ポケベルブームの到来と「ベル友」という社会現象
1987年に数字表示式の端末が登場したことは、通信文化における1つの転換点となった。それまでの呼び出しを受けるだけの道具から、限定的ではあるが情報を視覚的に受け取る道具へと進化した。当時、高校生を中心とした若年層がこの変革を察知した。若年層は数字しか送れないという制約を逆手に取り、0840を「おはよう」、0906を「遅れる」、そしてクイズにもなった14106を「アイシテル」と読み解くなど、限られた数字の羅列に感情や状況を詰め込む、いわば語呂合わせを流行させた。これは、当時の若者たちの間で共通言語となり、ポケベルを通じて知り合うベル友という言葉も生まれた。
1995年にはドコモグループ全体の契約数が600万台を突破し、街の至る所にある公衆電話には、プッシュボタンをたたく若者たちの列ができるという光景が日常となった。
その後、かな文字の入力に対応した機種が登場し、より直接的な言葉のやりとりが可能になったことで、コミュニケーションの密度はさらに増した。しかし、技術の進歩は止まることがなかった。1990年代後半に入ると、携帯電話やPHSが急速に普及し、端末そのもので音声をやりとりできるだけでなく、ショートメール機能によって双方向の文字通信が可能になった。
ポケベルは、刻一刻と変化する通信市場において次第にその優位性を失っていくこととなる。需要の減少に歯止めがかからず、2004年6月30日に新規申し込みの受付が終了し、2007年3月31日をもってクイックキャストとしてのサービスは幕を閉じた。
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●ポケベルの技術は生命を守るためのインフラとして活用されている
かつて一世を風靡(ふうび)したポケベルの技術は、決して過去の遺物として消え去ったわけではない。東京テレメッセージはポケベルが持つ独自の強みを生かし、地方自治体向けの防災情報配信サービスへと注力している。ポケベルが利用する280MHz帯という低い周波数の電波は、建物内や地下にも届きやすいという特性を持っている。一度に不特定多数へ情報を届ける一斉同報性にも長けており、災害時など通信網が混雑する状況下でも確実に情報を配信できる点が、生命を守るためのインフラとして最適だった。
ドコモがXに投稿したクイズは、私たちが歩んできた通信の歴史を振り返る良い機会となったはずだ。ポケベルは個人の持ち物としての役割は終えたが、その技術思想や電波の特性は、今も私たちの暮らしを足元で支えている。
今回、記事で紹介したポケベルの歴史はほんの一部にすぎないが、NTTドコモ歴史展示スクエア(東京都墨田区)ではポケベルをはじめとする移動通信技術が進化していく過程を自動車・携帯電話等の展示品を通して体感できる。ポケベルの展示品を見てみたい方は、一度足を運んでみてはいかがだろうか。
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