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<ミラノ・コルティナオリンピック(五輪):スノーボード>◇女子パラレル大回転予選◇8日◇リビーニョ・スノーパーク
7大会連続出場の竹内智香(42=広島ガス)の競技生活が終わった。2回の合計タイムで競う予選は1分36秒88の22位。上位16人による決勝トーナメントへ進めなかった。昨年5月に会見し、今季限りでの引退を発表。大会前にはこれが最後のレースとなることを明かしていた。夏冬合わせて五輪7度出場の橋本聖子に並び、女子最多記録の金字塔を打ち立てた。
競技後はすがすがしい表情だった。「スタートに上がれたことに感謝です。本当に27年間やってきた最後の締めくくりとして、すごくふさわしい1日になったんじゃないかなと思います」とうなずいた。そして「年を重ねれば重ねるほど『スタートに立てるかな』っていう怖さであったり、続けるということがどれだけ難しいかっていうのは、時間を重ねたからこそすごく感じていた。そういった意味では、ほんとに今日ちゃんとここのスタートに立てて、いいパフォーマンスができてほっとしています」と、安堵(あんど)感をにじませた。
98年長野五輪を見たことをきっかけに14歳で競技を開始。14年ソチ五輪パラレル大回転で、日本女子初の表彰台となる銀メダルを獲得した。その後は「これが最後」と言い続けてきた。18年平昌五輪後は2年半休養。23年末からは腰痛に悩まされ、24年の夏は「痛くて歩くのも厳しい状態だった」。何度も引き際を考えながらも、走り続けたのは競技への愛ゆえだった。
25年1月のW杯で3位。全日本スキー連盟が定める五輪への派遣基準を満たし「神様が『もう1回オリンピックまで全力で頑張りなさい』と言ってくれているのかな」と五輪シーズンの現役続行を決めていた。最後の五輪で、目標とした金メダルには届かなかった。それでも、レジェンドは最後まで全力で雪上を駆け抜けた。
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◆竹内智香(たけうち・ともか) 1983年(昭58)12月21日、北海道旭川市生まれ。クラーク高3年時の02年にソルトレークシティー五輪に初出場し22位。14年ソチ大会の女子パラレル大回転で銀。5位だった18年平昌大会後に2年半休養して20年8月に復帰。22年北京大会も出場。W杯優勝1度。実家は東川町で旅館を経営。165センチ、62キロ。
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