錦織圭が今季限りでの引退発表「エア・ケイ」武器にジョコビッチも撃破、世界ランク最高4位

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2026年05月01日 06:38  日刊スポーツ

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錦織圭(2024年撮影)

男子テニスの錦織圭(36)が4月30日、今季限りでの現役引退を発表した。


自身のSNSで「今日は皆様にご報告があります。このたび、今シーズンをもって現役を引退する決断をしました」とした。


日本のテニスを世界水準へ押し上げたパイオニアが、大きな決断を下した。


すべては異例ずくめだった。5歳でテニスを始め、13歳で単身渡米。フロリダのIMGアカデミーで腕を磨いた。07年にプロ転向すると、翌08年2月のデルレイビーチ国際選手権でツアー初優勝。92年の松岡修造以来日本勢2人目の快挙を、18歳1カ月の若さで達成した。その後も、12年全豪オープンで4大大会初の8強入りを果たすと、同年のロンドン五輪でもベスト8と躍進。短期間で偉業の数々を打ち立てた。


キャリアを決定づけたのは14年。マドリード・オープン準優勝で手応えをつかむと、全米オープンで歴史の扉をこじ開けた。準決勝で当時世界1位のノバク・ジョコビッチを撃破。アジア男子史上初の4大大会決勝進出という伝説を成し遂げた。


身長178センチ。決して大柄ではない体格ながら、鋭いストロークと世界屈指のリターンでトップ選手と互角に渡り合った。空中で体をひねりながらショットを放つ代名詞「エア・ケイ」は、守勢から一転して主導権を奪う象徴的な一打として世界に知られた。


16年にはリオデジャネイロ五輪で銅メダルを獲得。3位決定戦でラファエル・ナダルを破り、日本男子では1920年大会以来96年ぶりの表彰台に立った。同年の全米オープンでも4強入り。日本テニス界に残した足跡は、計り知れない。


度重なるけがとの戦いにも、打ち勝ってきた。17年の右手首負傷による長期離脱、19年以降も肘や股関節の故障に苦しんだ。何度もランキングを落としながらも、必ずコートに戻ってきた。18年には復帰後すぐにモンテカルロ・マスターズで準優勝し、健在を誇示。21年東京五輪でも、ベスト8に駒を進めた。


その闘志は衰えなかった。4年ぶりに出場した25年全豪オープンでは、初戦で4時間を超える死闘の末に大逆転勝利。6年ぶりに2回戦進出を果たした。満員の観客を沸かせた姿は、「錦織圭」だった。


4月30日現在で、ツアー通算勝利は450勝以上、優勝12回。世界ランキングの最高は、アジア男子歴代最高位の4位。4大大会では全米準優勝を始め、2度の4強に、9度の8強入り。五輪は4大会に出場するなど、金字塔を打ち立てている。


体格の劣るアジア人でも、世界と互角に戦えることを証明し続けた挑戦者。その軌跡は、日本テニス界の「基準」を変えた記録と記憶として、語り継がれる。


◆錦織圭(にしこり・けい)1989年(平元)12月29日、島根県松江市生まれ。5歳で競技を始め、17歳でプロ転向。12年全豪で日本男子80年ぶりの8強入り。14年全米でアジア男子初の4大大会準優勝。15年2月、当時、男女通じて伊達公子と並ぶ日本最高位の世界ランキング4位。16年リオデジャネイロ五輪では、日本テニス界に96年ぶりのメダルをもたらす銅を獲得。178センチ

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  • �㤭�� 日本の至宝が、、、
    • イイネ!2
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