限定公開( 2 )

「バーチャル背景は使わないように。素の部屋で大丈夫だから」
入社して間もないAさんは、オンライン会議の冒頭で言われた上司からの一言に戸惑った。
なぜ、こんな謎ルールが生まれるのか。筆者の周りで最近、リモートワークに関するこうした不満の声を聞くことが増えている。リモートで働けると聞いて入社したのに、現場では理解しがたい制約が次々と課される。
今回は、テレワークの現場でよく見られる2つの謎ルールを取り上げ、労務の観点から本来どうあるべきかを解説する。テレワークで働くビジネスパーソンはもちろん、テレワークを管理する立場の人にも、ぜひ最後まで読んでもらいたい。
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●「バーチャル背景禁止」で家庭の事情が丸見えに
Aさんの家は決して広くない。会議用のスペースとして使えるのは、トイレの横のわずかな一角だけだった。
初めてのリモート会議の朝、Aさんはバーチャル背景を設定した。トイレのドアが映り込むのは、さすがに気が引けたからだ。無難なオフィス風の背景を選び、安心して会議に参加した。
ところが画面に顔が映った瞬間、チャットに通知が届いた。上司からだった。
「バーチャル背景は使わないように。素の部屋で大丈夫だから」
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Aさんは仕方なく背景をオフにした。すると間もなく、同居している祖母がトイレに立つ姿が、画面にしっかり映り込んでしまった。
Aさんはもともと、祖母の介護をしながら働けるからと、この会社を選んだはずだった。それなのに、バーチャル背景一つ使えないせいで、家の事情が会議のたびに丸見えになってしまう。
結局、Aさんは在宅勤務を諦め、出社することにした。リモートワークができる会社を選んだはずなのに、なぜそうなってしまったのか。今もよく分からない。
●「テレワーク中は残業禁止」なのに業務量は同じ
別の会社のBさんも、入社して間もなく、ある厳しいルールに直面した。
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「テレワーク中の残業は禁止。休日勤務も、原則として認めません」
理由を聞くと、上司はもっともらしく答えた。
「在宅だと、仕事とプライベートの境目があいまいになるだろう。健康のためにも、ちゃんと定時で切り上げなさい」
なるほど、と思いながらBさんはテレワークで仕事を始めた。しかし与えられた業務量は、出社していたときと全く同じだった。定時で終わるはずがない。それでも「禁止」だけは厳格なので、Bさんは時計を気にしながら、こっそり作業を続けることになった。
ある日、思い切って正直に申請してみた。
「すみません、今日30分だけ残業になりそうです」
すると上司から、ものすごい速さで返信が届いた。
「テレワークなんだから、残業はダメ!」
Bさんはつい聞いてみたくなった。「では、仕事量を減らしていただけますか」。すると、しばらく既読がつかないまま、時間だけが過ぎていった。
結局、その日も「禁止」という言葉だけが残り、仕事は1つも減らないままだった。
●これらの謎ルールは、労務上どうなのか
ここからは、労務の観点から本来どうあるべきかを見ていこう。
1. バーチャル背景禁止は、法的根拠が弱い
2. 残業禁止だけでは、会社の義務を免れない
3. 在宅勤務でも労働時間管理の義務は変わらない
それでは、一つ一つ解説していこう。
バーチャル背景禁止は、法的根拠が弱い
まず、バーチャル背景の使用を一律に禁止する業務命令には、明確な法的根拠は乏しい。
会社が業務上の指示を出せるのは、業務遂行に必要な範囲に限られる。例えば情報セキュリティー上の理由で「会社が許可した背景以外は使用しない」というルールを設けることはあり得る。しかし、それと「個人のプライバシー保護のためのバーチャル背景」を一律に禁止することは、目的と手段のバランスを欠いている可能性が高い。
厚生労働省のテレワークガイドラインでも、在宅勤務の環境整備については労働者本人の事情に応じた配慮が求められている。家族の介護や生活空間の事情がある社員が、バーチャル背景を使用するのは、どう考えても妥当だろう。禁じる合理的な理由は見当たらない。
「素の部屋を見せてほしい」という管理側の意図が、もし「在宅で本当に仕事をしているか監視したい」というものであれば、それは別の方法でやるべきだ。例えば業務報告や成果物の確認ですればいい。
残業禁止だけでは、会社の義務を免れない
「テレワーク中は残業禁止」というルール自体は、就業規則に明記し周知されていれば、原則として問題ない。
しかし、ここに重大な注意点がある。
残業禁止や事前許可制を定めるだけでは、会社の義務は果たされない。残業をさせないよう、業務量そのものを調整する義務が会社側にあるのだ。
明らかに就業時間内に終わらない量の業務を与えていたりしたら、話は別だ。
「形式的には禁止しているが実態としては残業させている」と判断される可能性がある。これは「黙示の残業命令」と呼ばれる。会社の指揮命令下にある労働時間とみなされ、残業代の支払い義務が発生する。
Bさんのケースのように「残業禁止」と言いながら業務量を変えないのは、典型的なパターンだ。残業代を支払わずに労働力だけを得る行為になりかねない。
会社が本当に残業をなくしたいのであれば、ルールを定めるだけでなく、業務量や納期の調整をすべきである。スキル不足というのなら、スキル開発の支援をすべきだ。それをせずに「禁止」だけを叫ぶのは、責任を従業員に押し付けていると受け止められるだろう。
在宅勤務でも労働時間管理の義務は変わらない
そもそも、テレワークであっても労働基準法の適用は変わらない。会社には、従業員の労働時間を適正に把握する義務がある。
「在宅だから管理しにくい」という会社側の事情は理解できる。しかし、管理が難しいことと、義務がなくなることは別の話だ。
つまり多くの企業では、テレワークであっても、自己申告やシステムの記録による勤怠の管理・運用が必要だ。もし「禁止すれば管理しなくていい」という発想があるのなら、これは大きな間違いと言えるだろう。
●謎ルールが生まれる本当の理由
では、なぜこうした謎ルールが生まれるのか。
おそらく、管理する側が「テレワーク中に何が起きているか分からない」という不安を抱えているせいだ。その不安を解消する方法が見つからず、とりあえず「禁止」というシンプルなルールで対応しようとしてしまう。
バーチャル背景の禁止は、「ちゃんと仕事しているか確認したい」という監視欲求の表れかもしれない。残業の禁止は、「労働時間を管理する自信がない」という責任回避の表れかもしれない。
しかしどちらも、本質的な課題には向き合っていない。バーチャル背景を禁止しても、業務の生産性は上がらない。残業を禁止しても、業務量が減らなければ意味がない。社員の働きやすさ、働きがいをしっかり考慮して、対話を繰り返してマネジメントすべきである。
著者プロフィール・横山信弘(よこやまのぶひろ)
企業の現場に入り、営業目標を「絶対達成」させるコンサルタント。最低でも目標を達成させる「予材管理」の考案者として知られる。15年間で3000回以上のセミナーや書籍やコラムを通じ「予材管理」の普及に力を注いできた。現在YouTubeチャンネル「予材管理大学」が人気を博し、経営者、営業マネジャーが視聴する。『絶対達成バイブル』など「絶対達成」シリーズの著者であり、多くはアジアを中心に翻訳版が発売されている。
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