限定公開( 6 )

スマートフォンを枕元に置けば、時刻も確認できる。目覚ましにもなる。雨音や環境音を流したければ、動画や音楽配信サービスを使えばいい。そんな時代に、バルミューダが5万9400円の置き時計「The Clock(ザ・クロック)」を発売した。
2026年3月の予約開始時には1000台を超える注文が入り、8月時点で国内外の累計出荷台数は5000台を突破。7月に新機能「ナイトルーティン」を追加し、8月25日には、特別カラー「シャンパンゴールド」(6万1600円)も発売した。
一見すると「時計に約6万円?」と思ってしまう商品だ。では、なぜ売れているのか。バルミューダで「The Clock」のマーケティングを担当する、プロダクトマーケティング部長兼経営企画室長の原口邦敏氏に話を聞いた。
●「時計」をつくろうとしたのではない
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The Clockの開発の出発点は、意外にも「時計をつくりたい」という発想ではなかった。きっかけは、バルミューダの寺尾玄社長が「ぐっすり眠りたい」と感じたことだったという。
当時、寺尾氏は寝る前にタブレットで雨の音を流し、枕元には目覚まし代わりのスマホを置いていた。しかし、そこには「違和感」があった。
タブレットやスマホは便利な一方、通知などによって、完全にオフになった気分にはなりにくい。寝室という本来リラックスする場所に、仕事やSNSなど「社会とつながるためのデバイス」が2台もある。
そこで考えたのが、スマホを寝室から遠ざけ、より良い睡眠環境をつくるための道具だった。
「睡眠が良くなれば、人のパフォーマンスも良くなる。そこからスタートしました」と原口氏は話す。つまり、The Clockの目的は「正確な時刻を伝えること」だけではない。
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バルミューダは、トースターや扇風機などでも、単なる機能ではなく、その道具を使うことで生活そのものがどう変わるかを商品にしてきた。The Clockもその延長線上にある。
●時刻ではなく「時間」を売る
The Clockには、一般的な置き時計にはない機能が並ぶ。75個のLEDを使い、針ではなく光で時刻を表現する「Light Hour」を搭載。毎正時にはチャイムとともに、振り子のような光の動きを見せる。
さらに、設定した起床時刻の3分前から環境音が小さく鳴り始め、徐々に音量が大きくなるアラーム、周囲の雑音を覆い隠すホワイトノイズを最大60分流して、集中を助けるタイマー、雨音やピアノなどを流す「Relax Time」を搭載する。専用アプリ「BALMUDA Connect」と組み合わせれば、アラームや音、文字盤の光り方なども設定できる。
ここで重要なのは、これらが「時計の機能を増やした」だけではないことだ。
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朝は「気持ちよく起きる時間」、仕事や勉強のときは「集中する時間」、夜は「落ち着く時間」。The Clockは、1日のさまざまな場面に合わせて「時間の過ごし方」を提案する。
原口氏は、The Clockの提供価値について、「時刻ではなく、時間の過ごし方を良くする。そこに共感してもらえたのではないか」と話す。
●6万円の価格を支える「見えないこだわり」
The Clockは、アルミニウムのブロックからボディーを削り出し、表面に質感を加えるテクスチャーブラストや、表面を保護するアルマイト処理など複数の工程を重ねている。7.5センチほどの小さなボディーに200以上のパーツを組み込み、75個のLEDで均一な発光を実現する。
原口氏によると、開発ではボディーの形状や質感をミリ単位で詰め、接合部分がどこなのか分からないほど、一体感のある仕上がりを目指した。
特に難しかったのが、文字盤の「光」だという。単にLEDを光らせるのではなく、夜に美しく光って見えるよう、見えない部分までつくり込んだ。
音にも工夫がある。小型ボディーの中に低い音を担当するウーファーと、高い音を担当するツイーターを配置し、低音、中音、高音を異なる方向から響かせる。例えば、雷の低音は背面から遠くで鳴っているように感じさせ、雨音などの中音域は横方向から、高音域は前方から聞こえるよう設計したという。
「音を鳴らす」のではなく、「空間をつくる」という発想だ。バルミューダの公式Webサイトでも、The Clockの音響構造について「音を使って『空間』をつくり出すこと」を目指したと説明している。
●「スマホでいい」に、どう対抗するのか
The Clockを考える上で興味深いのが、「スマホで代替できる機能」があえて多数入っていることだ。目覚ましも、タイマーも、環境音もスマホでできる。
それでもThe Clockを買う理由は、機能そのものではなく、「スマホを触らずに、それを使えること」にある。
実際、購入者からは「スマホを寝室に持ち込まなくなった」「音を聞いてリラックスするようになった」といった声が寄せられているという。つまり、スマホでできることを、あえて端末から切り離した。
これは、スマホなどから意識的に距離を置きたいという、現在の「デジタルデトックス」ニーズとも重なる。The Clockを購入した人は、想定通り40〜50代が中心で、男性が6〜7割。モノやデザイン、ガジェットに関心の高い層が初期購入者になった。
一方、想定外だったのがインバウンド需要だ。実店舗では購入者の6〜7割が訪日外国人だったという。
韓国では発売後24時間で100台が売れ、米国でも先行発売分が数日で完売。ホテルからの引き合いもあったという。
●「時計」ではなく「時間」を商品にする
バルミューダがThe Clockで挑んでいるのは、時計市場そのものではない。例えば、従来の時計なら「正確な時刻を表示する」という機能に対してお金を払う。しかし、The Clockが提案するのは、「朝をどう始めるか」「集中する時間をどうつくるか」「夜をどう終えるか」という生活そのものだ。
これは、同社がかつてトースターで「パンを焼く」という機能だけでなく、「おいしいパンを食べる体験」を商品にしたこととも重なる。
原口氏によれば、5万9400円という価格の妥当性について、発売直前まで社内で議論が続いたという。それでも、既存の時計にはない価値を、素材やデザイン、音、光まで含めてつくり込んだ上で、価格を設定した。
The Clockも「時計」というカテゴリーを超え、「時間の過ごし方」という新たな価値を提案している。 7月には、眠る前の習慣づくりをサポートする「ナイトルーティン」を追加。設定した時刻に向けて音と光を段階的に変化させる機能で、発売後もソフトウエアによって体験を拡張できる製品になっている。
8月には、一人一人の暮らしや感性に合う1台を選んでほしいという思いから、特別カラー「シャンパンゴールド」をラインアップに追加した。
スマホが時計代わりになる時代に、あえて専用の時計をつくったバルミューダ。今後の展開にも注目したい。
(熊谷ショウコ)
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