限定公開( 10 )

日本のアニメ・エンタメ産業は、海外展開の追い風を受けてかつてない好況を迎えている。そして、その制作現場を歩けば気付くことがある。クレジットに並ぶ名前の中に、外国出身のスタッフが決して少なくないという事実だ。声優、原画、動画、仕上げ……アニメを支える現場のあちこちに、日本のアニメにあこがれて海を渡ってきた人たちがいる。
その1人である声優のジェーニャさんは、自身の「X」で、永住許可を巡る制度変更への戸惑いを投稿していた。
筆者はその投稿をきっかけに連絡を取り、話を聞いた。あわせて、フランス出身で来日7カ月というアニメーター、ユナ・ル・ルーゾさんにもメールで取材を申し込んだ。
20年近く日本で活動を続けてきた声優と、来日したばかりの新人アニメーター。立場も経歴もまったく異なる2人の言葉から見えてきたのは、「日本のアニメを支えたい」という共通の思いと、AIがもたらしつつある変化、そして日本の外国人政策が抱える課題という、それぞれが直面する壁だった。
|
|
|
|
●セーラームーンにあこがれた16歳が、声優になるまで
ジェーニャさんがアニメに出会ったのは16歳のころ、ロシア・ノヴォシビルスクで暮らしていた時期だった。テレビで放送されていた『美少女戦士セーラームーン』に衝撃を受けたという。「日本語の響きに引かれて。当時、最初に覚えた日本語が『うさぎ』でした」と振り返る。「ロシア語のボイスオーバー版では『バニー』という名前だったのに、日本語の音声にはかすかに『うさぎ』と聞こえる言葉がある。それが気になって、自分で意味を調べたんです」。その1つの単語をきっかけに、日本という国そのものへの興味が一気に膨らんでいったという。
ノヴォシビルスク国立経済経営大学のIT学部一期生として、当時はまだ珍しかったインターネット環境にいち早く触れられたこともあり、1998年ごろからアニメ感想サイトを立ち上げて運営し、日本語楽曲をそのまま日本語で歌う活動も始めた(ロシア語に訳して歌うことは相対的に少なかったという)。日本語で歌っていたからこそ、日本国内でも話題になった面が大きい。音声データだけがやりとりされていた時代に、そのサイトは日本の「2ちゃんねる」で話題となり、一晩でアクセスが殺到してサーバがダウンするほどの反響を呼んだという。
02年、そうした活動を見ていた日本のファンの支援と、CSなどで放送されていた「MONDO21」(※当時)の番組出演をきっかけに初来日。声優になりたいという思いを固め、05年には東京での生活を本格的に始めた。しかし、そこからの道のりは平たんではなかった。ファンの支援を受けられたのも最初のうちだけで、生活は苦しかったという。秋葉原のメイド喫茶でのアルバイトやロシア語のレッスンで生計を立てながら、なかなか声優としての仕事にはつながらない時期が続いた。
転機となったのは、知人の紹介で『BLACK LAGOON』のロシア語翻訳を手伝ったことだった。それがきっかけとなり、片渕須直監督の紹介で同作のロシア人キャラクター「バラライカ」(声:小山茉美さん・旧ソ連軍出身の女幹部)のロシア語監修・演技指導としてアフレコ現場に立ち会うことになった。それ以外の回にも見学者として通い、アフレコ現場の実際を肌で学んでいったという。「その時の日本語力は、日本語能力試験でいうN3程度(基礎的な日常会話がある程度理解できるレベル)。何が起きているのかもよく分からなかったけれど、見学することがすごく大事だと感じた」という。
|
|
|
|
声優デビューは09年の『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』。以来、『ガールズ&パンツァー 劇場版』(15年〜)のクラーラ役(プラウダ高校所属、戦車操縦や格闘に長けたロシア人留学生)をはじめ、数々の作品に出演してきた。近年の大きな転機は、22年の『アキバ冥途戦争』だ。ゾーヤ役(アキバのメイド喫茶「とんとことん」に加入した、元地下格闘技選手のロシア出身メイド)として初めてメインキャラクターを演じ、主題歌の歌唱にも挑戦した。26年10月からは『魔法少女育成計画restart』(第2期)にも御世方那子役で登場予定だ。
●「ウエルカムじゃないんだ」――ベテランが抱く不安
永住許可には、在留資格や状況に応じて幾つかのルートがある。
いずれのルートも、永住許可そのものにかかる手数料は一律だ。25年4月にはこの永住許可の手数料が8000円から1万円に引き上げられたばかりだが、26年7月に出入国在留管理庁が公表した政令案では、26年10月から一気に20万円(現行の20倍)へと引き上げる方針が示されている(経済的な事情による減額規定も設けられる見通し)。
また、永住許可とは別の手続きである在留資格の変更・在留期間更新についても、手数料の引き上げが予定されている。こちらは25年4月に4000円から一律6000円へと改定されたばかりだが、26年10月からは許可される在留期間に応じて1万円〜7万5000円の段階制に変わる見通しだ。8月には、永住許可の取得要件そのものを厳格化する改定案も法務省から示された。あわせて、24年の改正入管法では、税金や社会保険料を故意に滞納した場合や一定の重大犯罪を犯した場合に、永住許可そのものを取り消せる規定も新設されている(施行は27年4月の予定)。永住許可は取得後の在留期間更新審査という仕組みを持たないため、今後はこうした形で納付状況などが事後的に確認されることになる。
|
|
|
|
今回の取材の出発点となった永住権を巡る話題について、ジェーニャさんは制度の実情をこう説明する。「永住権はいつでも取れると思って後回しにしていたのが、自分の甘さだった」と振り返る。日本人の夫と結婚しているジェーニャさんにとって、人ごとではない話だが、気に掛けているのは、取消事由そのものというより、手数料の引き上げと要件の厳格化が、これほど立て続けに、しかも急なペースで打ち出されていること自体だという。
日本国籍への帰化という選択肢もあるが、ジェーニャさんはロシア国籍を手放さない道を選んでいる。「この数年、コロナや国際情勢の変化で、世界がどうなるか分からない。子どもは日本人だけれど、いざというときに自分の立場がどうなるか分からない不安がある」。その「子ども」への思いがにじむ投稿を、ジェーニャさんはXにも残している。
かつて8歳で家族とともにソ連からチェコスロバキアへ移り住んだ自分と、いま8歳になる娘。国境を越えて生きるという経験は、世代を超えて重なっている。それだけに、配偶者ビザに依存する立場の脆さは切実だ。「配偶者と死別すれば、いずれにせよ今の在留資格のままではいられない。子どもが未成年のうちは監護養育を理由に在留が認められやすいと聞くが、成人した後の自分の立場がどうなるのか、正直よく分からない」という。
声優という専門的な職業自体に対応するビザ制度がほぼ存在しないことも、ジェーニャさんは指摘する。多くの外国人声優は、配偶者ビザやモデル事務所経由の在留資格に依存しているのが実情だという。「アニメで安定して稼げる声優はごく一部。それでも日本のアニメに関わりたいと願う人たちが、もっと安心して活動を続けられる仕組みがあってほしい」。
その背景には、経済的な厳しさもある。「アニメというコンテンツ自体、出演するだけで大きく稼げる仕事ではない」とジェーニャさんは明かす。配信やイベント出演があってようやく成り立つ収入構造であり、「アニメは声優のためのプロモーションビデオではないはず。それなのに、配信で収益が入ってくるのは製作委員会や原作者であって、声優には還元されにくい」という業界構造への率直な指摘もあった。日本に住み続ける外国人が納める年金についても、途中から来日した場合は納付期間が短くなり、将来受け取れる額に影響が出る構造的な課題があるという。
言葉に最も力がこもったのは、次の一言だった。「手数料の値上げや要件の厳格化が次々と進んでいくのを見ていると、外国人だからというだけで、否定されているように感じてしまう瞬間がしんどい。あなたたちはウエルカムじゃないんだ、と言われているような気がしてしまう」。
●スタジオが後押しした来日、そして「量より質を」――新人アニメーターの視点
ここまで見てきたジェーニャさんは、日本での活動が20年近くに及ぶベテランだ。一方、もう1人の取材対象であるユナ・ル・ルーゾさんは、フランス出身でアニメ制作スタジオM2(Netflixオリジナルアニメ『PLUTO』などで知られる)に所属する、来日してまだ7カ月のアニメーターである。同じ「外国人材」でありながら、その日本行きの経路は、ジェーニャさんとはまったく異なるものだった。フランスのアニメ学校を卒業後、その学校が日本のアニメスタジオとの連携を強化しようとしていたタイミングで、校長から複数のスタジオを紹介され、その1つであるスタジオM2への就職が決まったという。来日してから、まだ7カ月だ。
「自分1人で膨大な手続きをこなして日本へ行く勇気が、まだ足りなかったのかもしれません」。メールでの取材にユナさんはそう率直に振り返った。学校とスタジオという組織的な後押しがあったからこそ実現した来日だった。ビザや各種手続きについても「スタジオのサポートのおかげで、特に問題を感じたことはない」という。一方で、「日本のアプリは日本語設定しかなく、個人での手続きは難しく感じる」とも指摘する。例えば、行政手続きのオンライン申請などに使う「マイナポータル」は、メニュー画面など一部を除き英語表示に対応しておらず、実際の申請手続きは基本的に日本語のみで進める必要がある。こうした生活面での言語の壁は、多くの外国人材に共通する課題といえそうだ。
在留資格について、ユナさんはまだ具体的な不安を抱えるところまでは至っていないという。「SNSでビザに関する新しい法律や手数料の話題をよく見掛けるが、詳しくは調べられていない」と前置きしつつ、「もしビザが更新できなくても、フランスにも同水準のアニメ業界があるので、自分は幸運な立場だと思う。ただ、母国のアニメ産業がまだ発展していないために日本で働く他国籍のアニメーターにとっては、ビザ更新の不安はより深刻なのではないか」と語った。
●「量より質を」――AIを巡る対照的なスタンス
ユナさん自身、日本語のやりとりで難しい部分は翻訳ツールを介することが多いと明かしており、AIは言葉の壁を越えるための心強い味方でもある。異国で働く外国人材にとって、AIは単なる業界のトレンドではなく、より切実な意味を持つ。その一方で、AIが自らの専門技能そのものを奪いかねないという脅威も、外国人材にはより重くのしかかる。恩恵と脅威、この両面性への向き合い方は、ジェーニャさんとユナさんとで対照的だった。
ジェーニャさんは、AIと敵対するのではなく共存していく、というスタンスを取る。自身も日常的にAIツールを活用しているといい、AI自体への忌避感はない。ニュースのナレーションのような仕事は今後AIに代替されていくだろうとしながらも、アニメの声優という仕事については見方が違うという。「せりふを正確に読み上げるだけなら、AIでもできるようになるかもしれません。でも、キャラクターに魂を乗せる部分は、人間にしかできないと思う」。
そのうえで、「コストを重視する案件はAIに、予算をかけられる作品は人間に、というすみ分けが進んでいくのではないか」と予想する。その根拠として挙げたのが、「新人にしかできない音」を大事にする日本のアニメ制作文化そのものだ。ベテランの技術ではなく、あえて経験の浅い新人ならではの、荒削りで一度きりの声や演技を評価し、起用する土壌が日本のアニメ現場にはある。「そういう『その人にしか出せない音』を求める文化がある限り、AIに簡単には置き換わらないと思うんです」。
それは、ジェーニャさん自身のキャリアにも重なる話だ。「私も日本語は完璧じゃない。でも、だからこそ私にしかできない演技がある。それはAIにはまねできない」。ネイティブではないことを弱みではなく、唯一無二の武器として捉え直す発想が、そこにはあった。
その背景には、ジェーニャさん自身が声優業と並行してロシア語の演技指導・監修という「もう1つの専門性」を長年培ってきたことがあるのかもしれない。『チェンソーマン レゼ篇』では、レゼが歌う劇中歌の発音指導を担当したほか、実写映画『THE NEXT GENERATION -パトレイバー-』シリーズのロシア語指導、『クジマ歌えば家ほろろ』でのロシア語監修・発音指導だけでなく、俳優への指導実績などもあるという。声優という仕事の一部がAIに置き換わったとしても、人に教える・伝えるという仕事は簡単には代替されない――そんな実感が、すみ分け論の根底にあるようだった。
一方、ユナさんが語る危機感は、また違った角度から向けられている。
「アニメ業界は生産ペースを落とし、質を高めるべきだと思う。AIは創出しているのではなく、既存のものを再現しているにすぎない」。ユナさんはそう言い切る。AIが利用するデータセンターが環境に与える負荷にも触れながら、「人間はトレンドに乗る癖がある。そもそも、トレンドやステレオタイプを再現していない作品を生み出すことの方がよっぽど難しい」と指摘する。アニメ業界の生産ペースが年々速くなり、世間からの期待も高まる中で、その変化に適応するためにAIを使えば、アニメーターの仕事はさらに独創性を失っていくのではないか――そんな懸念だ。
そのうえでユナさんが引き合いに出したのが、米Disneyが手描きアニメーションから3Dアニメーションへ移行した際の歴史だ。「たった数十年で手描きアニメーションの技術力は大きく失われ、新旧のアニメーター間で技術の引き継ぎがされなくなった」。同じことが生成AIでも起きかねないと、ユナさんは訴える。「アニメーションはアートであり、貴重な文化遺産の1つ。技術力が失われ、技能の伝承がなくなれば、早く消えていくと思う」。アニメーターとして仕事を志す人は世界に大勢いるのに、その受け皿となる仕事自体が失われていくとしたら、AIは長期的に見て誰の利益になるのか――「これまでAIは、アニメーターや観客のためではなく、業界の経済的利益を優先するために使われてきたと思う」というのが、ユナさんの率直な見立てだった。
●「選ばれる国」であり続けるために
アニメーターや声優という仕事は、個人の才能や技能にひもづいているだけでなく、その一人一人の存在が日本のアニメ産業そのものを支えてくれている。とりわけアニメーターの人手不足は、業界内で長らく指摘されてきた課題だ。帝国データバンクの調査でも、国内の人材不足に加え、円安を背景に海外への外注単価まで高騰し、多くの制作会社の収益を圧迫している実態が指摘されている(※1)。もはや国内の人材だけでは、今の制作本数・クオリティを支えきれなくなっているのが実情であり、海外人材の存在は「あれば助かる」ものではなく、産業を維持するうえで欠かせない前提になりつつある。
そうした中で、歴史的な円安という経済的には決して有利とはいえない状況にもかかわらず、日本のアニメに関わりたいという熱意だけを頼りに海を渡ってきてくれる人材が、確かにいる。
実際、諸外国ではクリエイティブ人材の獲得を国家戦略として位置付け、専用のビザ制度を設けている例が少なくない。
こうした制度と比べると、日本の永住許可制度は依然として「一般的な在留」の枠組みの延長線上にあり、クリエイティブ人材を名指しで優遇する仕組みは見当たらない。手数料の値上げや要件の厳格化ばかりが先行する現状は、その方向とは逆を向いているように、筆者には見える。日本政府がコンテンツ産業を成長分野・基幹産業の1つと位置付けるのであれば、こうした貴重な外国人材を、むしろ積極的に優遇していくような政策があってもよいのではないか。クレジットに刻まれた名前の向こう側には、それぞれの覚悟と葛藤を抱えながら日本のアニメを支え続ける、一人一人の姿がある。
追記(2026年9月26日午後8時30分)
本稿公開後、「日本政府もかつて声優・アニメーターら『クールジャパン人材』向けに、高度人材ポイント制で最短1年での永住許可取得を可能にする構想を検討していたのではないか」との指摘があった。実際、2017〜2018年ごろ、政府内でクールジャパン戦略の一環として、こうした構想が報じられたことは事実だ。
高度人材ポイント制(高度専門職)は、学歴・職歴・年収・年齢・研究実績・日本語能力といった項目に配点し、合計70点以上で認定されるポイント制だ。とりわけ配点の比重が大きいのは年収と職歴で、年収は「主たる受入機関から受ける報酬の年額」を基準に段階的に加点される仕組みになっている。令和8年4月時点の同制度でも、当時検討されたようなアニメ・エンタメ分野向けの特別加算は実装されていない。
こうした年収・職歴重視の設計は、出演契約ごとに報酬が変動する声優や、経験年数に応じて評価が固まっていく職人的なアニメーターの働き方とは、なじみにくい面がある。また、制度の公式資料には「主たる受入機関」「就労する機関」といった、雇用関係のある組織の存在を前提とした表現が使われており、事務所に属さず指名で仕事を受けるジェーニャさんのような個人事業主的な働き方が、この枠組みにどこまで当てはまるのかは、資料上明確には規定されていない。
つまり、「クールジャパン人材を優遇する構想」は過去に確かに存在したが、それが現在の制度設計に反映されているとは言えないのが実情だ。本文で触れた「クリエイティブ人材を名指しで優遇する仕組みは見当たらない」という指摘は、この経緯を踏まえたものであることを補足しておきたい。
|
|
|
|
|
|
|
|
Copyright(C) 2026 ITmedia Inc. All rights reserved. 記事・写真の無断転載を禁じます。
掲載情報の著作権は提供元企業に帰属します。